第63話 約束された勝利のカツ

「これは……見た目も美しいな」


 牛カツの断面を見ながらそう言うマジャリスさん。

 やっぱり牛カツと言えばこの肉の赤い色ですよねー。


「乗せられた緑色のものは何なのでしょう?」


 お、いい質問ですね~。

 独断と偏見で乗せさせていただきました、こちら――ワサビになります。


「ワサビと言って、肉との相性がいいんですよ」


 ちなみにこちらの牛カツ。

 一先ずは四の五の言わずに俺のおススメで食えって事で、ワサビ醤油で食べてもらう。

 どこぞの陶芸家の息子も言ってたでしょ?

 牛肉に一番合うのは醤油だって。


「もう我慢ならんから頂くぞい!!」


 と、期待通りというか、裏切らないなぁという感じのガブロさん。

 誰よりも先に牛カツをガブリ。

 そして……。


「んのぉぉぅっっ!!?」


 盛大に鼻を押さえて立ち上がった。

 ん~? 乗せ過ぎたかなぁ?


「ガブロ、うるさいぞ」

「不意打ち過ぎて驚いただけじゃわい!」


 なんて言いながらマジャリスさんがパクリ。

 ――えーっと、涙目になって鼻を摘まみながら俺の方を見られても……。


「ま! かなり鋭い刺激ですわね!」


 リリウムさんを見てみろよ。

 ワサビに全く動じないぞ?


「ツンと来る刺激だが、その刺激の奥から肉の甘みが感じられる。サクサクとした衣だが、結局は油を吸っているもので、その吸った油分を感じさせないほどの強い香り。確かに合うな」


 ラベンドラさんとか食レポまで余裕だし。

 あ、まさか、ガブロさんもマジャリスさんもワサビがダメなおこちゃま舌なんじゃないの~?


「身構えておればどうってことないわい。衣の油分だけじゃなく、肉の油をも打ち消しとるな」

「同じくだ。醤油との相性も抜群で、米が進む」


 そんな事は無いようで、もっりもり食べ始めた。

 まぁ、杞憂だったか。

 結構外国の人とかはワサビがダメなイメージあったんだけどな。

 この人らにゃ関係ないか。


「おかわりも受け付けてますんで、欲しい方は――」


 言い終わる前に手が上がったよ。

 ハイハイ、全員ですねっと。


「スープが美味い……」

「ほんと、このスープはいつ飲んでも美味しいですわ」


 今回も定食スタイルでのご提供。

 ちゃんとたくあんも付けて完璧ですわよ。

 んで、みそ汁をしみじみと飲んでらっしゃる。

 本日は油揚げとわかめ、豆腐の入った定番のやつね。

 例によってインスタントでござい。

 それにしても……なんというか、合うなぁ。エルフとみそ汁。

 ――訂正、美形とみそ汁。

 上品に飲んでる姿が絵になるわちくしょう。


「この黄色いのは?」

「たくあん――大根の漬物です。前にタルタルソースに入れてましたよ?」


 ラベンドラさんは漬物に興味があるようだ。

 いや、違うな。新しい食べ物に興味があるだけだな。

 前の時はエビフライに意識が集中してたのかな?

 


「ふむ。……む、歯ごたえがいい。しかもこの味……。米が欲しくなるな」


 と、たくあん齧って米を掻っ込み。

 飲み込んでからみそ汁を飲む。

 日本人のソレと同じ動きなの笑うんだが?

 馴染み過ぎかよ。


「カケル、スマンが米のお代わりを貰えるか?」


 ガブロさんは安定のマイペースドカ食いですわね。

 お代わりのカツも揚げてるんだからカツも食べてしまえばいいのに。


「ガブロ、カツが余っているようだが?」

「絶対にやらんぞ? カツ一切れで米が進み過ぎて配分が合わなくなっただけじゃわい」


 なるほどな? ていうか、それも日本人らしい反応なんだよなぁ。

 外国の人って、口の中で混ぜるって言うの? おかずと米とを一緒に食べる習慣ってのが無いから、おかずを飲み込んでご飯を口に入れるらしく。

 どうしても白米が余るなんて話を聞いた気がするんだけど……。

 そう言えばこの人ら、来た時から米と一緒に食べてたような。


「ちなみに次のカツは、ソースでどうぞ」


 さっぱり食べられるわさび醤油もいいけどさ。

 肉なら肉らしく、ドカンと食いたいよね?

 というわけでお代わりはソースでのご提供。

 もちろん市販の。ごく普通のとんかつソースをご用意しました。

 結局これかけときゃ間違いないんだよね。


「ラベンドラ」

「分かっている」


 んで、マジャリスさんに言われてラベンドラさんがとんかつソースの成分表をガン見。

 今きっと、彼の脳内ではこのとんかつソースが異世界素材で作られている事でしょう。


「どうだ?」

「手間は掛かる。だが、ふむ……。素材は手頃に揃えられそうだ」


 そう言った瞬間、ガッツポーズの三人。

 えぇと、せめて一口でもソースを口にしてからにしません?

 もし口に合わなかったらどうする気で?


「むぉ!? 先ほどの味とは打って変わって、ズドンと来る旨味の波!!」

「先ほどの味が肉の味を引き立たせる味付けなのだとしたら、今回のは肉の味と一緒になって殴りかかってきているようですわ!!」

「先ほどのも米が進んだが、今回のも米が進むわい!!」

「酸味や甘み、塩味の奥底。舌の上に広がっていくこの旨味は……。肉の味を邪魔せず、むしろさらに引き上げながら訴えてくるよう」


 杞憂でしたわ。

 にしてもこの人ら、本当にいいリアクションするわ。

 傍から見てると、CMかよってツッコミを入れたくなるほどだわ。


「美味すぎる。……美味すぎる!!」

「もうカツと言うだけで約束された勝利でしたのに、このソースの登場でさらに盤石になっていますわね!!」

「このソースは……このソースだけはっ!! なんとしても! 再現をせねば……!!」

「むほほほほ。ワシは幸せじゃあ」


 ん~っと? ガブロさんだけ肉の幸せに浸ってない?

 そんな和牛を食べたわけでもあるまいに。

 ……食べさせてみたらどんな反応するんだろ? クッソ気になるな?


「カケル! おかわりはあるか!?」

「まだ出来ますよ?」

「お願いしますわ! それと……他にもこの料理に合うソースなどは……?」

「そうですねぇ……塩レモンってのも美味しいですよ?」

「じゃあそれを頼む」

「ワシもお代わりじゃあ!!」


 まぁ、そんな邪悪な企みは頭の片隅に追いやって。

 三枚目のカツを揚げるために席を立つ。

 どんどん食べてくださいね~。

 何故だか、驚くほどに肉はあるんで。

 何故だかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る