第75話 異世界トラップ

 今、かつてない興奮を覚えている。

 俺の目の前には独特な形状の殻が四つ。

 ……これはそう、先程の事だ。

 リリウムさん達に持ち帰り用のかに玉サンドを持たせ、見送ろうとすると。


「そういや、こんなもんがあるが、食うか?」


 とガブロさんに見せられたのは、見覚えしかない形状の殻。

 白や灰色、黒が断層的になっているその殻は、俺の大好物のソレ。


「食べます!!」


 満腹で動けないとか言っていたはずなのに、それを見た瞬間飛びついたね。

 それは紛れもない牡蠣。そう、牡蠣! オイスター!

 おほほほほほほ。まさか異世界にも牡蠣が存在していようとは!!

 というわけでガブロさんが持ってた四つを巻き上げ――もとい、受け取り。

 今はこうして塩茹でにするためにお湯を火にかけている所。

 本当は生で食べたいんだけどなー。

 衛生とか、新鮮さとか、何より異世界産の物を生で食う勇気は俺には無い。

 牡蠣ならなおさらだ。

 かつて、古くなった牡蠣で見事に当たりを引いてしまった経験からするに、とにかく新鮮でないなら火を通すに限る。

 とはいえレモンやポン酢、醤油はバッチリ準備済みですけども。

 というわけでお湯の準備も終えたので何故か家にある牡蠣の殻剥き用のピックを使って殻を開け、そのままお湯へ。

 へへ、一つ一つゆっくり味合わせてもらいましょうか。

 軽くかき混ぜながら茹で、身から透明感が抜けてカッチリしてきたら引き上げまして~。

 そのまま、レモン汁を絞ってまずはこのまま。

 息を吹きかけ、程よく冷まし。


「いただきま~す」


 ご機嫌のままに口へ含み。


「ぶほっ!?」


 一回噛んだ瞬間、噴き出して、吐き出した。

 ――なっ、なっ……なっ――っ!?

 なんでバナナの味がするんだ!!?



「カケルのやつ、妙にスコブコの実に熱心じゃったな」

「珍しく甘みの強い果実ですもの。好みなのでしょうね」

「スコブコの実をカケルがどう食べるのか興味があるが……」

「焼くか、煮るか。火を通すと甘みが強くなるからな。ジャムなどにしても美味い」



 ……酷い目に遭った。

 人間、脳内のイメージした味とかけ離れたものを口にしたら吐き出すらしい。

 たった今、身をもって実感したよ。

 にしてもマジかー。

 今まである程度見た目準拠だったじゃんかー。

 なんでここに来て牡蠣そっくりな甘いものなんて出てくるんだよさー。

 ……貰ったからには食べるけども。

 まぁ、バナナっぽいとさえ分かっていれば、どうにでも出来る。

 とりあえず残りの三つも同じく塩茹でにして、パンに挟んで明日の朝ご飯にしよう。

 味だけで言えばチョコバナナサンドと洒落こむ。

 見た目はマジで気にしたら負け。

 というか、姉貴に見せたら正気を疑われるだろうな。

 まんま牡蠣をパンに挟んで上からチョコソースとか生クリームとかかけるなんてさ。

 ……次から、肉なのか魚介なのか果実なのか、ジャンルくらいは貰う時に聞こう。

 もう二度と、こんな悲劇を繰り返さないために。



 まぁ、はい。

 美味しかったです。チョコバナナサンド。

 断じてチョコバナナサンド。牡蠣とか微塵も関係ない。いいね?

 塩茹でにした後に薄くスライスして、業務用の冷凍生クリームとチョコソース。

 更に薄くスライスしたクリームチーズを挟んで、見た目重視で上にミント。

 はい完成。脳みそに糖分を送りまくる朝ご飯です。

 ……うん、食べてる時に断面見て脳が受け付けなくてさ。

 一回えずいた。もう本当に、二度とこんな事が起きないように食材を受け取る時はカテゴリーを聞くことを徹底します。

 ただまぁ……その、なんだ?

 牡蠣と思わなければというか、見た目さえ気にしなければ普通に美味しいんだよね。

 味はバナナなんだけど、食感は牡蠣。というか、かなり柔らかいバナナみたいな感じでさ。

 茹でてもそこまで変わらなくて、本体を見さえしなければマジで美味いの。

 本体が俺にとって壊滅的に終わってるってだけで。

 ……んでね? これを踏まえて、最初は何か仕返しでもしようかと考えたわけ。

 でもさ、絶対に悪気があってじゃないじゃん? あの四人。

 だからまぁ、俺の不注意というか、確認不足というか。

 思い込みによる事故って事で処理しようかと。

 仕事でもそうだけど、ダメだね、思い込み。

 確認大事。ヨシ!

 というわけで今夜は普通にご飯を作ります。

 当たり前なんだけどね。

 そんなわけで今日はレシピを探してたら見つけた、作ってみたい奴を作ろうかと。

 ただまぁ、調理工程もクソもないようなものだから、ラベンドラさんには申し訳ないかな。 


「舞茸と、人参と……」


 仕事帰りに必要な野菜を購入し、帰宅。

 で、早速カニミタイナカタマリを切り出し塩茹でにして。


「……殻が欲しい。そしたら出汁取ってみそ汁とかで来たのに――」


 トリッポイオニク以来二度目の無いものねだり。

 エビダトオモワレルモノの時も少し思ったんだけどさ、カニとかエビの出汁の入ったみそ汁って異様に美味くない?

 俺大好きなんだけど。

 今日作る料理にも添えたいと思ったのに……。

 まぁ、しゃーなし。

 塩茹でにしている間に人参を薄くスライスして、舞茸はほぐしてバラバラに。

 そしたらそれらと茹で上がったカニミタイナカタマリもほぐして、炊く前の炊飯器にドーン!!

 水はいつもより少なめに、そこにめんつゆ、酒、醤油を加えて軽く混ぜて。

 スイッチオン!!

 以上!! 調理終わり!!

 ――本日のメニューはカニの炊き込みご飯也。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る