第371話 『固形』

「うん、美味いな」

「美味しいですわね」

「落ち着く味じゃわい」


 ……だから言ったじゃん、ハードル上げるなって。

 トルティージャはトルティージャでしかなく、それ以上でも以下でもない。

 ちょっと色は緑だけど。


「これはソースが合うな」

「濃い方がいいですわね」


 チーズも、侯爵芋も、ほうれん草も。

 リボーンフィンチの卵も、間違いなく美味しいんだよ?

 でもさ、結局はオムレツの域を出ないんだよね。

 勘違いして欲しくないのは、普通に美味しいって事。

 ただ、コロッケとか、ポタージュほどインパクトがあるかと言われると……。

 侯爵芋はちゃんと固形だし、味も卵と馴染んで美味しいんだけどさ。

 

「パンもいいが、これならば米でも進むだろうな」

「だとするならベーコンとか、ソーセージとか刻んで入れたいですね」


 そして、うん。

 コロッケとかポタージュと違って、トルティージャなら米が進むかな。

 コロッケはほぼスープみたいなもんだし、米が進むかと言われると……。

 おかずになるのはトルティージャって感じ。

 

「コロッケのお代わりはあるか?」

「作ればありますよ?」

「作ろう。リリウム、手伝え」

「分かりましたわ」


 コロッケのお代わりを作りに席を立ったラベンドラさん。

 なお、リリウムさんを含めた全員が、無言で皿を突き出したというね。

 もちろん、俺は外れてるけど。


「カケル、侯爵芋は塩茹でだけか?」

「です。塩茹でして、潰した後に炒めた玉ねぎ、ひき肉と混ぜ合わせます」

「分かった」


 俺はゆっくり食べてるからね、好きなだけ作りなよ。


「……ところでカケル、今日のパンなんじゃが」

「前に食べたものとかなり違いましたわよね?」


 そういや、高級食パンにしたんだっけ。

 思い返せば、スープに浸した時とか、普段の食パンよりしっとりしてたような?

 あと、普段の食パンより甘かった覚えがある。


「焼き戻す前のパンを少し貰えないか?」


 とマジャリスさんが言うので、生の食パン……表現合ってる?

 焼く前の食パンを切って渡しまして。


「あ、私もいただけますかしら?」


 リリウムさんにも渡しまして。


「? ……なんじゃその眼は。わしはいらんぞい」


 ガブロさんは不要、と。

 ラベンドラさんは……。


「コロッケのお代わりが出来たら頂こう」


 予約ね、了解。

 ほなら一旦はええか。


「かなりしっとりしている。持つだけで指の形が残る程に柔らかい……」

「なのに指を離せば戻る弾力もありますし、触った感じもフワフワでとても上質なのが分かりますわ」


 あー……焼いちゃったら確かにこの柔らかさは消えちゃうかも?

 でも、表面以外はモチモチフワフワになって美味しくなるんだよなぁ。

 その辺の食感の違いも楽しいし美味しいよね。


「正直、このパンはそのまま持ち帰ってデザートと言っても通用するな」

「しっかり甘く、だけども甘すぎない感じですわね」

「生クリームのような感じだ」


 食べた二人のエルフがニコニコ顔で感想を言い合ってるよ。

 実を言うとこの二人、コロッケが出来上がるまで食べるものが無いんだよね。

 サラダもスープも完食してるし、コロッケもトルティージャも言わずもがな。

 という事で、口寂しい部分を高級食パンで凌いでるんだろうなぁ。

 ……高級食パンがそんな扱いでいいんかな? いいか。

 エルフだしな。食パンよりエルフの方が希少性高いし。

 金を払えば手に入る高級食パンと、金を払っても出会えない異世界人どちらを取るかって話。

 折角だから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ。


「リリウム、固定魔法を」

「はい」


 んで、コロッケのタネが出来たみたい。

 ここまでくれば後は揚げるだけですね。

 涎凄いですよ三人とも。

 そう言えば……あの液体コロッケタネは冷凍したら固まってくれるんかな?

 卵の天ぷらみたく、一度凍らせて、凍ってる間に衣とか付けたら、ワンチャンリリウムさんの魔法不要説ない?

 後で試してみるか。


「おら、揚がったぞ」


 なんて色々考えてたら、コロッケお代わりが出来上がりました。

 揚げたてでまだ音が出てるよ。

 ……美味そうだな。


「ラベンドラさん、俺にも一つ」

「ほれ」


 感謝。

 いやぁ、なんで人が食べようとしてるんのって美味しそうに見えるんだろうね?

 さて、今回はケチャップでいただきますか。


「カケル、タルタルソースは無いんかい?」

「ありますよ?」


 そうか、タルタルって手もあったな。

 ガブロさんナイス。


「タルタル……」

「そうだラベンドラ、自作したタルタルは今は無いのか?」


 え? 何々? 異世界で再現したタルタルあるの?

 普通に気になるが?


「全て使い切った本人が聞いてくるのは喧嘩を売っているという事だな?」

「なんでもない」


 おいマジャリス。

 食いしん坊ここに極まれりかよ。

 ラベンドラさん、マジで向こうの世界で大変そうだな。

 いっそこっちの世界が癒しとかになってそう。


「『――』のフライの時に使った、いくつもの種類のタルタルがあると嬉しいんじゃが……」


 ガブロさんゴメンね? ちょっとその言い方だとどれの事か脳内検索に時間掛かるからちょっと待ってね?

 いくつかの種類のタルタル……。

 多分、エビダトオモワレルモノフライの時の四色タルタルの事かな?

 残念ながらあれは市販品じゃなくて俺の手作りなんですよ。

 なので手元には一般的なタルタルしかないですね。


「無いですね」

「そうか」


 うん、ガブロさんががっかりするのは分かる。

 でもね? 話を聞いてたマジャリスさんもシュンとするの面白いなって。

 元気出しなさいな。この後はお待ちかねのデザートなんだからさ。

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