第253話 閑話 こっちの沼はあ~まいぞ
「……で、なんで自分が呼ばれたっすか?」
宿屋の一階、酒場部分。
本来ならば酒場であるはずのその場所は、今はまだ朝が早い事もあって客はほとんどおらず。
その場に居るのは『夢幻泡影』の四人と。
四人に呼びだされたギルド新聞冒険者ギルド課取材課長のアエロス。
突如として脳内に叩き込まれた、
「今すぐにこの町の酒場に来てくださいな」
という魔法メッセージにたたき起こされ。
眠い目を擦り、服を着替え、取材セットをしっかり握って家を出て……。
はたしてどこの酒場なのかと、探す事五か所。
ようやく四人の姿を見つけたアエロスは、促されるままにテーブルに着席。
で、ようやく自分が呼びだされた理由を尋ねたのだが……。
「飯はまだだな?」
呼びだされた理由に答えるどころか、こちらの質問を無視して質問してくるラベンドラ。
「そりゃあ、寝てるとこたたき起こされたっすからね」
そんなラベンドラに少しだけ不機嫌になりつつ、ぶっきらぼうに答えたその直後。
「だと思って朝食はこちらで用意させてもらった」
と、何やら美味しそうで甘い匂いが鼻に届き。
そちらの方へと視線を移せば、何やらペーストのようなものが湯気をあげながら山盛りになっていた。
「それは……なんっすかね?」
「マンドラゴラをペースト状にしたものだ」
「マンドラゴラ……っすねぇ」
そして、その材料を聞いて、訝し気に眉をひそめる。
そもそもとして、現代で言う野菜と同じ扱いのマンドラゴラをペーストにする事がそもそも少なく。
ペーストにしたとしても子供の離乳食として使う程度。
それを今更出されたところで……というのがアエロスの認識な訳であるが。
「ちなみに使用したマンドラゴラは、パープルマンドラゴラの倭種とビリジアンジャンボマンドラゴラだ」
「倭種……?」
それも、普通のマンドラゴラならば、という注釈が付く。
そもそも、『夢幻泡影』が扱う以上、未知、あるいは革新的な料理が出てくるという信頼が、アエロスはおろか『ヴァルキリー』や冒険者ギルドのマスター達。
果てには国王すらも持ち合わせているために。
「倭種の存在するダンジョン……見つけたっすか?」
誰にも教えていない、特殊なダンジョンでも隠しているのだろうと噂されていたのだが、どうやらそれは本当だったとアエロスは確信。
で、あるならば、今自分にすべきことは何か。
「つ、謹んでいただきますっす!!」
それは、自分に出されたマンドラゴラのペーストをしっかりと味わい、その味や風味、可能であれば作り方や材料を聞き出し、記事にする事。
その思いで、ペーストをスプーンで掬おうとして……。
「待て。これはパンに乗せて食べる」
横から、焼きたてのバゲットが差し出された。
「あ、感謝っす。じゃあ、気を取り直して……」
その差し出されたバゲットを受け取り、色が薄いペーストを控えめにバゲットに乗せまして。
ザクッ! という、焼けたバゲットを気持ちのいい音を立てて大きく齧る。
――瞬間、
「あっま! うめぇっす!! なんすかこの甘さ!! 上品で全然しつこくないっす!!」
初めてとも言える強烈な甘さに、思わず声が大きくなり。
「デザートとして食すのもいいですけれど、こうしてパンに乗せても美味しいですわね」
「こうなるとコーヒーが飲みたくなるのぅ……」
「もちろん淹れている、ホラ」
そうして現れた漆黒の飲み物……コーヒーなるものにも興味が湧く。
「ん~……この香りがたまらんわい」
というガブロを真似し、カップを取って匂いを嗅げば、
「ふわ……いい香りっすね」
香ばしく、澄んだ匂いが鼻腔をくすぐり。
そのまま、自然な流れでカップに口をつけ、コーヒーを飲んで……。
「んぶっ!!? 苦!! 苦いっす!!」
その想像すらしていなかった苦さに、思わず吹き出してしまう。
「じゃがこのペーストに合うじゃろ?」
「苦いのが苦手なら『シャジャの実』の果汁を入れると良い」
「ラベンドラ! 俺の紅茶はまだか!?」
そんなアエロスの様子を見て笑った『夢幻泡影』は、どこからか革製の水筒を取り出すと。
アエロスのカップに、『シャジャの実』の果汁――バカデカアーモンドッポイミルクを注ぎ。
「こちらの方が甘みは濃い。口直しが必要ならばこちらだ」
と、ビリジアンジャンボマンドラゴラのペーストを勧める。
「に、苦いなら苦いと教えて欲しかったっす」
なお、そんな事を言っていたアエロスも、
「こっちのペーストもうめぇっす!! てかさっきのより甘ぇっす!!」
と、ビリジアンジャンボマンドラゴラのペーストを口にすればご覧のあり様。
もうすっかり、甘味沼へと落とされてしまったらしい。
「甘いものは寝起きの頭を働かせ、このコーヒーという飲み物は思考を冴えさせる」
「朝ごはんにはぴったりでしたでしょう?」
「寝起きにぶん殴られたような気分っす……」
「そんで、お主をここに呼びだした理由なんじゃがな」
あらかたバゲットとペーストを食べ、コーヒーを飲み。
おおよそ異世界において恵まれ過ぎた朝食を終えた後、ようやく呼びだした理由について話し始めた『夢幻泡影』は。
「察したかもしれないが、倭種の生息するダンジョンを発見した」
「その事を記事にして貰いたいんじゃわい」
「……えーっと、新発見のダンジョンはまず冒険者ギルドや国王へと報告する義務があるのはご存じっすよね?」
「そこら辺は献上品で誤魔化しますわ」
「あ、そっすか」
静かに、新たな野望へと駒を進め始めている。
「我々が欲しいのは周囲の認識だ」
「認識?」
「そうなのです。我々『夢幻泡影』が優れた冒険者パーティなのだという認識。これが欲しいのですわ」
「既に多数の事例で認知されてると思うっすけどねぇ……」
おおよそ食に関係する事例に置いて、昨今の話題はもっぱらが『夢幻泡影』だったりする。
――が、『夢幻泡影』の狙いは……。
「真っ直ぐに言うが、『Aランク』への昇格を狙っとる」
「……へ? いやいやいやいや! 『OP』枠から脱却したのすら前代未聞っすのに、さらにそのパーティがランクアップとかなったら絶対に騒ぎになるっすよ!?」
そう、さらなるランクアップだったりする。
……ちなみに、『夢幻泡影』の実力を知る『ヴァルキリー』もまた、国王へ直接ランクアップの件を進言しているのだが。
アエロスの言った懸念と同じ理由で、未だランクアップへは至っていない。
「ほんの少し、記事で我々を持ち上げ、世論を動かして欲しいだけだ」
「無論タダでとは言いませんわ。こうしてたびたびご馳走しますし、新たな情報は真っ先に貴方へとお伝えします」
「倭種の魔物でなければ味わえない数々の料理、いくらでも存在するぞ?」
というわけで、つい数か月前までは、ただの取材隊長だったアエロスが。
異例とも言える速さで課長へ出世出来た、その理由が。
今、美味しい料理と共に目の前にぶら下げられてしまったのだから、誰も、アエロスを責めることは出来ないだろう。
(こ、これも皆に新たな食材やレシピを広めるためっす。ジャーナリズムっす……)
心の中で、必死に自分への言い訳を繰り返す、そんな彼の事を。
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