第343話 祓い給え清め給え

 と~どいた、と~どいた。

 姉貴に頼んでおいた和牛のセットが届きましたわよ~。

 米沢牛、松坂牛、近江牛、宮崎牛のセット。

 それぞれサーロインとカルビ、ハラミが食べ比べできるように入っておりまして。

 これはもうお祭りですわね? って感じ。

 というわけで本日のご飯が早速決まりましたわぞ。

 今日はもう握り寿司いっちゃう!

 肉寿司、ウニ鱗、コシャコナリケリにシャコナリケリ。

 俺の大好物しかない握り寿司! ……もちろん握るのはラベンドラさんに任せるよ。

 ウニは軍艦にするからそっちを俺が作る。

 んで、肉寿司にもシャコナリケリやコシャコナリケリの寿司にもウニ鱗を乗っけちゃってさぁ!!

 もう絶対に美味い奴じゃん! あぁ、早く来ないかなぁ、あの四人。



「炒り塩を聖水に溶かしてそこに魔物の肉を沈める? ……それでどうなる?」

「肉にかけられた呪いが解呪する可能性がある」

「……馬鹿馬鹿しい、聖水だけで解呪出来ないからって炒った塩なんか混ぜても変わらないだろ」

「材料は全てこちらで用意するのでやってみてくれ。たとえ何も起こらなくてもそちらに損害はない」

「……そこまで言うなら」


 現代から異世界に帰った四人は、翌朝。

 ウニクリームパスタを堪能し、オズワルドの元へ。

 夜の間に話し合った仮説、『現代世界の塩が特別ならこちらも塩以外を特別にすればいいじゃない』説に基づき、冒険者ギルドへと実験を依頼。

 ちなみに断られた場合は調理士ギルドや、漁師ギルドへと持ち込む予定だった模様。

 どちらも、解呪のやり方が確立された瞬間に恩恵を受ける管轄であり。

 ……そして、冒険者ギルドよりも力が弱いギルドである。

 もっとも、その力の弱さというのは、加入者の数に大きく左右されるものではあるが。


「呪われた食材は?」

「『クノッヘンフィッシュ』の鱗だ」

「鱗? あいつは骨だけの魔物だろう?」

「腐敗し、肉が腐る過程で寄って来た他の魔物。そいつらが強い呪いによって変容し、鱗のように引っ付いたらしい」

「かなり珍しい個体ですわよ? 何せ、ろくに文献にも載っていなかったんですもの」


 ……翔は知らない。

 あの高級品だーと喜んでいるウニ鱗が実は、正確には鱗ではない事を。

 そして『夢幻泡影』の四人は知らない。現代世界には『知らぬが仏』という言葉がある事を。

 そして――翻訳魔法の精霊と、異世界の神様だけが。

 この事実を翔には伝えない方がいいだろうと判断し、意図的に鱗以外の翻訳をしない事に決めた事を。

 翔と『夢幻泡影』の五人は知らない。


「マジか……お前ら、よくそんなものを食おうと思ったな」


 ……ついでにオズワルドも知らない。

 現代世界には、『よくそんなものを食おうと思ったな』と言いたくなるような食材が溢れている事を。

 具体的にはこんにゃくとか……ホヤとか……ナマコとか……。


「鑑定で食用可と出たからな」

「エルフの鑑定魔法で出たんなら安心だろうよ」


 などと言いつつ、用意された聖水に炒り塩を入れかき混ぜて。

 クノッヘンフィッシュの鱗を一つ、その中へ。

 特に変化が起きない時間が数秒流れ――そして。


「うおっ!?」


 鱗から、翔の見たものと同じ、緑の絵具のような呪いが滲み出し。

 聖水塩水を染めていく。


「マジで出てきやがった」

「だから言っただろう?」

「信用出来るかよ。炒った塩を入れたら解呪が出来るなんて」


 そうして待つことしばし。

 これも同じように時間経過で聖水塩水の色は元の透明に戻り、解呪が完了。

 解呪を終えた鱗一枚を水から取り出したラベンドラは。


「ほれ」


 オズワルドに食ってみろと差し出して。

 恐る恐る受け取り、何とか食べなくて済まないか? と横目で『夢幻泡影』を見るもしっかりとその視線は自分を突き刺しており。

 逃げられない、と理解し、意を決して鱗を口の中へ。


「っ!? 美味い!! 美味いぞ!!」

「そうだろう?」

「ふわりと香る磯の香! トロリと溶ける様な食感と、深く鋭いうま味! その後に来る軽い甘さが美味さを底上げしてやがる!!」

「どうだ? 解呪したての新鮮な食材は?」

「美味すぎる!! もっとやろう!!」


 人生初のウニ鱗を堪能し、舞い上がったオズワルドは。

 更に追加で鱗を五枚ほど、聖水塩水に落とし。

 解呪が始まるのは今か今かと待ちわびる――が。


「全然反応しないな?」


 一向に、先程のような呪いが出てくる様子はない。


「む、マジか」


 そんな様子を不思議に思ったマジャリスが、聖水塩水を鑑定してみると。


「どうした?」

「あの聖水塩水、既に解呪可能な呪いの上限に届いている」

「なんだと!?」

「まだ一枚ですわよ!?」

「一枚にも膨大な数の呪いが掛かっていたのだろう。ゾンビ系であり、しかも鱗になる過程でも複数の呪いが発動しそうだ」


 なんとこの世界で作った聖水塩水では、鱗一枚の解呪が限界であり。

 もうこれ以上、同じ聖水塩水では解呪が出来ないとの事。

 それを聞き、ガックリと項垂れるオズワルドを余所に、『夢幻泡影』は。


「ボウル一杯で全部の鱗を浄化したカケルの世界の炒り塩の効果はおかしくありません?」

「用意した聖水だってかなり高価なものだぞ? それこそ、アンデッドに直接かけるだけで倒せる代物だ」

「あの世界が平和な理由が分かる気がするわい」

「今度向こうの世界の塩を譲って貰おう。私たちの分だけでも、解呪用の塩水を作れるように」


 オズワルドに聞こえないよう、小さな声でそんな事を話し合い。

 ……そんな様子をはるか上空から覗いていたこの世界の神様は、


「まぁ、八百万の神様の力じゃからなぁ……」


 と、異世界の塩の効能にただただ舌を巻くばかりだった。

 ……足元に、実が無くなった巨峰の房が落ちていたことを知る者はいない。

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