第3話 卵も捨てがたい

 というわけでお代わりの陣。

 一応四人に聞いたんだけど、さっきと同じ味がいいって強く言われた。

 それだけ衝撃的だったんだろうね。


「そう言えばなのですが……」


 流石にポットの中のお湯では足りず、追加でケトルを働かせてお湯を確保中。

 リリウムさんがおずおずと、


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 俺の名前を聞いてきた。

 ……あれ? 名乗ってなかったっけ?

 …………名乗ってねぇわ。四人に名乗らせてそのまま居間に行ったんだったわ。

 やっべー……失礼な事しちゃったな。


「ごめんなさい、てっきり名乗った気になってました。俺、『臥龍岡ながおか かける』って言います」


 頭を下げつつ自己紹介。


「ナガオカ? カケル? どっちが名前だ?」

「翔が名前だけど……」

「じゃあカケルって呼ぶぞ?」

「好きに呼んでください」


 と話していたら、ケトルのお湯が沸いた。

 早いね。まぁ、某野球選手が一球投げるよりも早いらしいし。

 というわけで早速全部のカップ麺にお湯を注ぎまして。

 ――あ、今回は俺の分を除いた四つね。

 流石にカップ麺二個は無理。

 お湯を注いでそれぞれの前に持っていくと、みんならんらんと目を輝かせるんだよね。

 エルフやドワーフがそれでいいのかと笑っちゃうよ全く。


「また少し待つんかい?」


 すぐにでも食べたそうなガブロさんに急かされるが、カップ麺だしなぁ。


「三分待ってください」


 と伝えると、四人で顔を見合わせはじめ。

 三分が通じなかった? と心配になるも、


「百八十秒待てばいいのか?」

「あ、はい。そうです」


 と、秒換算ながら伝わっていた。

 そう言えばだけど、一番最初ってこの人たちが何言ってるか分からなかったんだよね。

 でも、今はこうして普通に日本語で会話出来てる。

 ……どうなってるんだ?

 聞いてみるか。


「そう言えばなんですけど、皆さん日本語上手なんですね」

「ニホンゴ……? ああ、カケルが話している言葉か」

「非常に難解なんですよねぇ。上手く翻訳出来ていない時がありますし」


 マジャリスさんとリリウムさんが腕を組んで首を傾げながらそんな事を言ってくる。

 翻訳って言ったか? ……つまり、どういう事だってばよ?


「翻訳?」

「ええ、我々に『万能言語』の魔法をかけておりまして、私たちが発する言葉をカケルさんの話す言葉に。ここで耳に入る言葉や、目に入る文字などを自動で私たちの世界のものに翻訳しているんですけれど……」

「カケルの使う言葉も、先程の容器に書かれていた言葉も、いくつも翻訳出来ていない言葉があってな……」

「今までそんな事無かったからのぅ」

「実はカケルって、物凄く頭がいいとかないか?」


 とうとう魔法なる単語が出てきたが、聞いたところ完全万能ってわけじゃなさそうだ。

 というか、異世界相手にも難解と言わしめるか、日本語よ。


「この国に住む人なら普通ですって。俺はそこまで頭良くないですよ」

「エルフの魔法で翻訳できない言葉を駆使して普通? ……この世界の普通とは?」


 なんか段々と話が面倒な方向に転がり始めたので、ここで正真正銘魔法の言葉を発したいと思う。

 ボチヤミサンタイ。ごめんなさい、冗談です。


「そろそろ三分経ちますね」

「なぬっ!?」


 真っ先に反応したのはガブロさん。

 まぁ、予想通りだよね。

 目の前に置かれたカップ麺のフタを剥がしている四人へ。


「さっきの味そのまんまってのもあれ何で、ちょっとアレンジしてみませんか?」


 と尋ねてみる。

 ふっふっふ。気になるだろ? 美味しいものをアレンジしたら、味がどう変化するのか。

 試してみたくなるだろ? さぁ!!


「是非お願いしてみたいですわね」

「興味がある」

「俺も頼む」

「早う持って来んか!!」


 という四人の好意的な反応を受け取り、よっこいせっと立ち上がり。

 冷蔵庫と、調味料を置いている棚に足を運び、あれとそれとこれと……。

 ふふふ。イカレたメンバーを紹介するぜ!!


「リリウムさんにはこれです」


 まずはシーフードのアレンジに使うのはコイツ!!

 ポーションミルク!! コーヒーフレッシュって言った方が分かりやすいか?

 友人に勧められて試してみたことがあるんだけど、これを入れるとまろやかでクリーミーになるんだよね。

 まぁ、クリームを入れてるから当然ちゃ当然だけど。

 ちなみにその友人はチキンラーメンに牛乳ぶっこんで輪切りにしたバナナを添える。

 流石にそこまでは試す勇気は俺には無いけど。


「これは……どう使うのでしょう?」

「先端を折って開けてください。後は中身を入れるだけです」

「なるほど……」


 リリウムさんに説明し、次はマジャリスさん。

 マジャリスさんにはこいつだ!!

 バター!! 説明不要!! しょうゆにバターが合わねぇわけねぇだろ!!

 以上!! 終わり!! 閉廷!!


「とりあえず一片入れときますね」

「ああ」


 パキッとリリウムさんがポーションミルクを開ける音を聞きつつ、マジャリスさんのカップ麺にバターを投入。

 それだけでいい匂いしてくる。

 というかバター醤油って最強だよな。某漫画でもバター醤油で炒めればコンクリも食えるって言ってたし。


「ラベンドラさんにはこれですね」


 褐色肌エルフのラベンドラさんは、一目見た時からピンと来ていたものがあるんだ。

 あんた……マヨネーズ好きだろ?

 って事でラベンドラさんにはマヨネーズ!! 海外だと、カップ麺にマヨはそこそこ有りらしいよ?

 俺も何回かやったけどクッソジャンキーな味になる。

 深夜に食べると背徳感凄くなる感じのやつね。

 マヨ醬油もバター醤油と並んでハズレのない味だから是非お試しあれ。


「これは?」

「マヨネーズです。……酢と油とタマゴを混ぜたものですね」

「酢……と油とタマゴ……」


 カップ麺にこれくらいかな? って量を出したんだけど、かき混ぜる前にマヨだけちょっと掬ってペロリとするラベンドラさん。

 しばし硬直の後、


「これも……美味いな」


 と、ニコニコしながらかき混ぜ始める。

 フッ。俺の見立てに狂いはなかった。

 さて……、


「ようやく儂かい。待ちくたびれたぞい!」


 一番うるさそうだったから最後に回したガブロさんが、早く早くと急かしてくる。

 まぁまぁ待ちたまえ。

 古来よりカレーには何を入れるか決まってるんだから。

 というわけでカレー味にはコイツ!!

 粉チーズ!! カレーにはチーズだ!! 古事記にもそう書いてある!!


「何を入れとるんじゃ?」

「粉末状にしたチーズですよ」


 興味津々で鼻息荒く聞いてくるガブロさんの質問に答えながら。

 気持ち多めに粉チーズをふりかけ、完成。

 みんな律儀にガブロさんのが終わるまで待機してたみたいだし、


「お待たせしました」


 と声をかけると、一斉にがっつきだした。

 こう言うと怒られそうだけど、待てされてる犬みたい。


「これ――先程とはまた味が変わって……」

「かなりコクが出てきたな。……美味い」

「調味料一つでここまでとは……」

「もはや言うべき事も無いわい」


 と、みんなそれぞれの感想を口にしながら、一個目よりも早いペースで食べ進め。

 完飲完食。見てて気持ちがいい食べっぷりですこと。


「満足しました?」

「ええ! とても美味しかったですわ!」

「味もさることながら待ち時間もいい。あんなにすぐ出来るのは画期的だろ」

「俺は味に感動したな。何とか向こうでも再現出来ないものか」

「再現に必要なものがあればなんだって作るぞい」


 みんな大満足みたいで良かったよ。

 ……んで、ラベンドラさんが向こうでも再現みたいなこと言ってるけど、みんな戻れるの?


「あの……ちょっとお聞きしたいんですけど」

「? なんでしょうか?」

「元の世界に戻れるんですか?」

「戻れるぞ?」


 あ、戻れるんだ。

 漫画とかアニメだと、ここから居候とかになるパターンばっかりだったから帰れるのは新鮮と言うかなんというか。


「魔法陣の模様は記憶しているし、魔力の強さも解析済みだ。あとは、それと逆の魔法陣を描けばいい」

「なんて簡単に言っとるが、他の連中にはまず出来んぞい」

「リリウムとマジャリスが転移士として優秀過ぎるんだ」

「俺は解析しか出来ないぞ? 俺の解析を元に魔法陣生成出来るリリウムがおかしい」

「伊達に国お抱えの転移士をしていませんでしたから」


 なんか四人で凄そうなこと言ってる。


「それではカケルさん。大変お世話になりました」


 そう言って立ち上がったリリウムさんに続き、他の三人も立ち上がる。


「美味い飯をごちそう様。一生忘れることはないだろう」


 とはマジャリスさん。

 エルフの一生ってどんくらいなんだろ?

 どれくらいにせよ、カップ麺一つで大げさすぎると思うんだけど。


「感謝する。カケルにも、祝福があらんことを」


 ラベンドラさんに祈られたんだけど。

 エルフの祈りってなんかすごい効果ありそうじゃない?

 明日宝くじでも買ってみようかな。


「美味かったぞい! 何も礼を出来んのが口惜しいところじゃ」


 と、ガブロさんが言ったとき。


「お礼……? ガブロ! まだあの肉残ってたよな?」


 何かを思い出したようにラベンドラさんがガブロさんに言うと。


「あの肉……? おお! 残っとるぞい!!」


 何やらポーチをゴソゴソと漁り始めたガブロさんは、


「ホレ、受け取らんか」


 座布団くらいの大きさの生肉を俺に手渡してきて。


「は? え? ちょっ?」


 困惑する俺を余所に、


「繋がりましたわ」


 リリウムさんが作り出したであろう空中に浮かぶ紫色の魔法陣に向かって。


「じゃ、達者での」

「世話になった」

「元気でな」

「本当にありがとうございました」


 口々に俺に一言伝えながら、入って消えた。

 ……えぇっと。

 この何の肉かも分からない、滅茶苦茶デカい肉、どうしろってんだよ……。

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