第107話 素材の話

「調理中から思っていたのだが、漂ってくる匂いで暴力的なまでの美味さが予想出来る」

「本当に、匂いだけでご飯がいけそうでしたわね」


 この腹ペコエルフ達はさぁ。

 いや、分からんでもないけどね? うなぎのタレの焼ける匂いって、それだけで食欲そそるの。

 子供の頃に昔話で読んだ気がする。うなぎの焼ける匂いで飯食う話。

 で、匂いで食ってる分の代金を店側が請求したら、お金だけ並べて、俺は匂いを嗅いだだけだからそっちも金を見るだけな、って言って終わるやつ。

 思い出したわ、懐かしいなぁ……。


「思うんじゃが、匂いというのも飯には欠かせん要素なんじゃな」

「今更か?」

「匂いと見た目も料理の美味しさに関係しますよ?」


 んで、ガブロさんは今更になってなーに言ってだ。

 料理ってのは三位一体。

 味、匂い、見た目で美味しさが決まるものでしょうが。

 だから日本食は彩りを気にしたりするんだぞ。

 フランス料理とかは盛り付けを気にするけど。


「確かに、視覚に訴えてくる料理は美味いという思いが強くなるような気が……」

「それで言うと、この料理は今はラベンドラが一番美味しそうと感じていますわね。先程、このタレの味見をしていたのでしょう?」

「うむ。大まかな材料は想像出来るが……そうだな。何か決め手になるような材料が思いつかない味だ」

「毎回思うんじゃが、ラベンドラの再現する腕というのは本当に規格外じゃな……」


 あー……それまーじで思う。

 ラベンドラさん、こっちでも余裕でホテルのシェフとかやってけるスペック持ってると思うんだよな。

 ……ラベンドラさんが料理服にコック帽の姿想像したけど似合い過ぎたわ。

 

「とりあえず食べよう。もう我慢が出来ない」

「そうですわね。それでは……」

「いただくぞい!」


 と、食事前の雑談が終わって四人は箸を取り。

 肉を掴んで豪快にガブリ。

 ――すると、


「あぁ^~口の中ががぴょんぴょんするんじゃぁ^~」


 先陣を切ったのは翻訳魔法バグを引き起こしているマジャリスさん。

 絶対にバグ。こんな顔整ってるやつがこんな事口走るはずがないからな。


「タレが!! タレが美味すぎるわい!!」


 肉を口に残したまま、ご飯を掻っ込むのはガブロさん。

 分かる。このタレはマジで美味すぎるんだ。


「はふぅ……。幸せですわぁ~~」


 で、リリウムさんは文字通り幸せを嚙み締めてらっしゃいました。

 まぁ、あのめちゃクソ美味い肉にうなぎのタレ。

 美味しくないわけがないからね、しょうがないね。


「…………」


 ラベンドラさんはタレを前もって味見したでしょ?

 なんでそんなドン引いた顔して丼ぶり見つめてるの?


「ここまでか……」


 何か信じられなかったみたいな……。

 いいか、食べよう。いただきます。

 ――。


「うま」


 うま。

 ……待って、美味い。

 いや、リリウムさんじゃないけど美味いしか言えんわ。

 なんだこれ? ……その、なんだ?

 タレも美味い。肉も美味い。

 ここまでは前提。

 んで、うなぎのタレってかなり味が濃いから、最終的にはタレの主張に基本素材が負けると思うんだけど、このブタニクタカメウマメはそんな事無い。

 うなぎのタレと押し合いへし合いして、ずっとうま味も供給してくる。

 で、うなぎのタレにも意地があるから、そのうま味を上書きしようとしてきてさ。

 口の中で、何度も何度もうま味の上書きが行われる。

 これちょっとヤバいぞ? 店とかですら食ったことない美味さしてる。


「このタレはマジで素晴らしい」

「是非とも! あちらの世界で再現したいですわ!!」

「カケル、このタレだけはこちらの世界でのレシピを聞いていいか?」

「本当に頼むぞい」


 四人がうなぎのタレに一瞬で落ちたわ。

 まぁ、分からんでもないけど。


「少しだけ待ってくださいね」


 レシピは教えるけど、まずは余韻に浸らせて欲しい。

 口に入れてから飲み込むまでが幸せ過ぎて、飲み込んだ後はしばらく次を入れたくないな、これ。

 お茶を飲んで、はりはり漬けをポリポリ。

 みそ汁をズズーっとすすり、ヨシ。

 ――うっまぁ~。これヤバいわ。

 ……はぁ、まずは満足。

 ええっと、スマホスマホ。


「んーと、料理酒と本みりんを沸かしてアルコールを飛ばして、うなぎの骨やアラを炙った奴を入れてダシを取りつつ、醤油と砂糖や水あめで味を調えるみたいです」


 以上、有名配信者の調理動画を参照。


「……骨を炙って入れるのか?」

「ですね。香ばしさと、骨から出汁が出るんで」


 ん? そんな変な事か?

 あ、まさか、出汁を取る文化が無いとか?


「そんな事、許されるのか?」

「少なくとも、冒険者ギルドや商人ギルドにバレたら〆られそうですけど……」

「どうりで知らない味なわけだ。貴重な素材である骨をわざわざ食事にのみ使うなど、誰もやって来なかっただろうからな」

「なんちゅう罪な食い物を食わせてくれたんじゃわい」


 ん? 責められてる?

 いや、違うな。めちゃめちゃ落ち込んでる感じ?

 何故?


「何かマズイこと言いました?」

「いや、カケルは悪くないんだ。……ただ――」

「私たちの世界で、魔物の骨や皮、ヒレなどといった素材は貴重な防具や武器の材料なのですわ」

「しかも、加工には様々な決められた手順がある。それを無視すると使い物にならなくなったりするんじゃわい」

「あー……。じゃあ酒や本みりんの中に入れてダシを取るなんて工程をすると――」

「間違いなく使い物にならなくなる」


 なるほどな?

 確かに、武器を煮込んでダメにしないと料理が出来ませんとか言われたら、誰もその料理は作らないか。

 ましてや武器なんて、リリウムさん達の世界では文字通り命を預ける存在だろうし。

 となると骨とかからダシを取る料理は出来ない……?


「勘違いしないで欲しいのは、そんな料理を出すな、と言ってるわけじゃあない」

「そうですわ。今はまだ見つかっていないだけで、探せばそれらの代替品になるかもしれない魔物が存在するかもしれませんわ」

「またダンジョンに潜る理由が出来たな」

「流石にスケルトンとぶち込むとかは考えとらんよな? どう考えても人骨じゃぞ?」


 うん、ガブロさん、黙ろうか。

 今食事中だぞ? そんな発言が許されるはずがなかろう。


「ちなみにカケル、今日の持ち帰りにもこのタレを使用して欲しいのだが?」

「任せてください。そのつもりでしたから」


 ここまで肉との相性がいいんだ。俺の明日の朝ご飯も兼ねた料理をお持ち帰りさせてやるさ。

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