第105話 ズル過ぎだろ……

「ラベンドラ、翔から貰ったもんを早速食うぞい!」

「待て。しっかりと火を通してからだ」


 翔の家から戻ってきて早々、ガブロは翔から貰った牡蠣を食おうと急かし。

 それに対しラベンドラは、別れ際に翔の言った、


「食べる前に十分に火を通してください」


 という言葉に従い、牡蠣を殻付きで茹で始める。

 本来、ラベンドラ達の世界に存在する牡蠣そっくりの果実――スコブコの実を食べるには必要のない工程。

 それはつまり、この食べ物が自分たちの知る食べ物ではない事を意味し。

 それを理解しているラベンドラは元より、マジャリス、リリウムに至っても、この牡蠣について密かに『鑑定』スキルを使っていた。


(なるほど、貝類か)

(かなり栄養価が高いですわね)

(見た目に騙されそうになった、危ない危ない)


 なお、そんな事は露知らず、食事後のデザートに持ってこいだとテンションが上がっているガブロは。


「まだか!?」


 はやる気持ちを抑えきれず、ラベンドラに催促。

 そんなガブロを見ながら、


(これは焦らした方が面白いものを見られそうだ)


 と、いたずら心が芽生えたラベンドラは。


「もう少しだ」


 既に火は十分に通ったであろうにも拘らず、まだだ、と告げ。

 たっぷりと時間を使った上で、


「よし、もういいだろう」


 と宣言。

 その瞬間、何も言わずに熱湯へと手を差し込み、茹で上がった牡蠣を鷲掴みにし。

 そのまま引き上げ、殻は自慢の力で無理やりにこじ開け。


「むっひょ~~! たっぷり汁が出ておるじゃあないか!!」


 と、プリプリに茹で上がった牡蠣の身を、勢いよく口の中へ。


「んむっふっふ~♪」


 機嫌が良かったのは、口に入れて一口噛むまで。


「んぎょろぴっ!?」


 一口噛んだ瞬間、自分の知っているスコブコの実とはまるで違う味、風味。

 それらが襲い掛かってきた結果、ガブロの脳は理解を拒絶。

 口から出た言葉は、おおよそこれまでも、これからも。

 二度と口にしないであろう、意味不明な悲鳴。

 そして、ようやく自分の望んだ食べ物ではないと理解したガブロは、


「ぺっぺ! な、な、なんじゃあっ!?」


 口の中の牡蠣を吐き出し、涙目になりながらラベンドラを睨む。


「向こうの世界の貝類のようだ。……ふむ、かなりクリーミーだな」

「海の風味が鼻に抜けますわね」

「スコブコの実と見た目や食感が同じなのがかなり嫌だが、別に味は不味くないぞ?」


 そんなガブロを無視し、『鑑定』でどんな食べ物かを把握していた三人は、味について協議を開始。


「むしろ美味い」

「ですわね。まろやかさやコクも感じられます」

「カジュの実の搾り汁なんかが合いそうだな」


 三人でわいわいと協議する中、しばし呆然としていたガブロは。


「も、もう一個くれ」


 今度は、ちゃんと貝だと理解した上でのテイストを望み。

 ラベンドラから受け取り、今度は恐る恐る口の中へ。


「ふ、……ふむ。ス、スコブコではないと知って食えばこんなもんよ!」


 と、やや戸惑いながらも無事に牡蠣の身を口に入れることに成功し。

 今度は吐き出さないようにゆっくりと味わう。


「む、確かにまろやかでコクのある味じゃな」

「だろう? ……? どこかで食べたような……」

「シージャックマイコニドの笠がこのような味ではなかったかしら?」

「そうだ。確かに似たような味をしていた覚えがある」


 どうやら、牡蠣の身に似た味の魔物が存在するらしい。


「であればシージャックマイコニドをカケルに渡せば――」

「美味しく調理してくれるって事ですわね!?」

「塩茹でにするか、焼いて食べるくらいしかした記憶はない。新たなレシピを手に入れるチャンスだ」

「早速ギルドへ向かおう! シージャックマイコニドなら海辺の方が目撃情報もあるだろう。海に近い町に飛びたい」


 もはやガブロ抜きで話が進んでいるが、いつもの事、と慣れた様子のガブロは。

 口直しとばかりにカケルから貰った日本酒をチビリ。


「……ん? この貝の風味を邪魔せずに鼻に抜ける香り。舌に感じる米由来の甘さが、口の中に残った貝のうま味と調和するのぅ」


 予定を立てる三人をよそに、ガブロだけ、茹でた牡蠣と日本酒のハーモニーに気が付いたのだった。



 ちぇっ。

 ラベンドラさん達、牡蠣食っても驚かねぇでやんの。

 でもまぁ、ガブロさんがトンデモ面白反応だったからいいか。

 仕事から買い物をして帰り。

 四人が来て、早速料理に取り掛かろうと思ったら、


「カケル、何も言わずにこれを見ろ」


 なんてラベンドラさんが言うからさ。

 何事かと思ったら、ラベンドラさんから渡された水晶に、ガブロさんが映ってて。

 どうやら昨日、異世界に戻った後を魔法で記録してたらしい。

 その記録を見せてくれた。

 んで、内容が、牡蠣を果物だと思って素っ頓狂な声を上げるガブロさんだった、と。

 ラベンドラさんマジでいい仕事っす。

 この反応が見たかったんすわ。……欲を言えば三人のこの反応も見たかったんですけどね?


「私たちは、知らない物を見たら真っ先に『鑑定』しますもの」


 だってさ。

 ズルいや。食べる前に分かるとか。

 俺にもその能力くれやい。


「それで? 今日のメニューは?」

「はい。シンプルに豚丼になります」

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