第320話 穴まで美味し

「……これは?」

「小麦粉を練って油で揚げた奴です。砂糖が掛かってたり、クリームが中に入ってたりします」


 ドーナツの説明ってこれであってる?

 まぁ、あってなくても大体のニュアンスが伝わればいいか。

 

「説明だけで分かる。これは俺が大好きなやつだ」


 この発言は当然マジャリスさん。

 安心して欲しい、俺もそう思ってるから。


「種類が五つありますのね」

「本当はもっと一杯あるんですけど、今回は俺の独断で選ばせてもらいました」


 じゃないと、多分全種類買う羽目になるし。

 想像してみ? お店で店員さんに、全部4つずつください、とか注文する様子を。

 店員さんキョトンとするだろ。

 で、後ろに並んでたお客さんに動画撮られる。

 前の客が全種類買う猛者だったんだがwww みたいな。

 笑い事じゃないんだけどな?


「まだあるのか……」

「買って来てない分は、画像見せながらどういう物か説明しますよ」


 いくつか食べたことのない奴もあるけど、公式の説明とかも記載されてるし。

 それを借りれば、この翔にとって、赤子の手を捻るより楽な作業よ。

 ……どうしてそんなひどいことするの?


「最初はどれから食べる方がいい?」

「味が濃いものは最後に回したいですわね」


 との事なので、俺が買って来たラインナップだと……まぁ、フレンチなクルーラーとポンデなリングが一番シンプルかな?

 次にゴールデンなチョコレートで、エンゼルなクリーム、カスタードなクリームの順番っと。


「紅茶かコーヒー淹れますけど、希望は?」

「わしはコーヒー、ブラックで」

「私は紅茶ですわね」

「私も紅茶……いや、コーヒーにしよう。ミルクだけ有りで」

「ホワイ……紅茶で」


 マジャリスさん、またホワイトを注文しようとしたな?

 ミルクだからね? それ。

 

 紅茶とコーヒー二杯ずつね、了解。

 俺は紅茶にしよう……レモンを加えてレモンティーで。


「確かに柑橘系は合いそうですわね」

「リリウムさんもレモンティーにします?」

「する!!」

「是非お願いしますわ」


 なんでリリウムさんに聞いたのにマジャリスさんが真っ先に反応するんだか。

 よし、淹れ終わりましたっと。


「これらはどちらからでもいいのか?」

「味としてはそんなに変わらないので」

「ふむ……」


 というわけでフレンチなクルーラーとポンデなリングのテイストが開始。

 まずはポンデなリングを選んだガブロさんとリリウムさんの反応から。


「っ!? 柔らかいのですけどしっかりと弾力があって! 噛むと歯を押し返して来ますわ!!」

「そして軽い! 小麦粉を練ったものと言っておったから重いのかと思っておったが、思いのほか口当たりが軽いぞい!!」


 うむうむ。ポンデなリングは何と言っても食感だよな。

 あの歯が食い込むかどうかのギリギリのところの弾力が最高なんだよ。

 分かってくれるか。


「ガブロの言う通り、まったく重くない。そして、油っこく無い」

「油で揚げていると言っていたが、本当か? 手にもそこまで油が付いていないぞ?」


 こちらはフレンチなクルーラー組。

 最初の一口は既に食べ終えてますね。


「どうでした? そちらのドーナツは」


 てっきり鼓膜が破ける位の声量でマジャリスさんが叫ぶと思っていたから、こっちとしては若干拍子抜けなんだけど。


「美味い。間違いなく美味かった」

「ドーナツ外側の砂糖のシャリっとした食感と、ドーナツの中のしっとりとした食感の対比が素晴らしく、その砂糖もかけ過ぎておらず、過剰な甘さが無い」


 おっと? 今まで以上に饒舌な食レポですねマジャリスさん。

 ドーナツの油は手じゃなくて舌に付いたんじゃないですか? 滑りが良さそうですよ?


「軽さと美味しさとで、どこまでも食べられそうなデザートだ」

「コーヒーとの相性もいい。コーヒーの深い香りとコクが、ドーナツのバターの風味や甘さと見事に調和する」

「このレモンティーも凄いぞ。柑橘特有のフレッシュな酸味が、紅茶の香りをより高貴なものに押し上げている」


 ……反応的に思ったんだけどさ。

 向こうの世界って、フレーバーティーって無いの?

 こっちの世界だと溢れてるんだけど。


「フレーバーティーって無いんです?」

「……ありませんわね」

「無いな」

「無いんだ……」

「そもそも、上等な紅茶に何かを混ぜるという発想がありませんの。何かを混ぜるという事は、何かを誤魔化すことに等しく、香りや風味、味などの何かが劣っていて、それを隠すために何かを混ぜていると思われてしまいますの」

「貴族がそうだから一般にもそう伝わる。そうなると、このような何かを混ぜたフレーバーティーはそもそも売れない」

「売れないものを売るはずもなく、結果、フレーバーティーは存在せん、という事じゃな」


 ……なるほど?

 美味しいのにね。


「ちなみに、この世界、とんでもない数のフレーバーティーがあるんですけど――」


 って口走ったら何度目かのぎゅるんっ!! って全員が身を乗り出してこっちを見てくる状態に。

 だから怖いんだって、それ。


「どれくらい……?」

「マジで無数に、ですよ。フルーツなんかの香りを付けたのがまずありますし、それ以外に香草やら花やらで香りを付けたのもあります」

「つまり、この世界の果物や花の数だけフレーバーが存在する……と?」

「です。いくつか用意しましょうか?」

「是非!!!」


 別に、探せばいくつかはスーパーとかで手に入るし。

 ちょっとくらいならいいだろうと、思ったんだけどさ。

 ……大丈夫よね? これで異世界の紅茶事情に激震が走ったりしないよね?

 まぁ、それは神のみぞ知るという事で。

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