第171話 閑話:おすそ分け

 ヴルノース領。

 そこは、そのほとんどが山岳地帯で構成されており。

そのせいか、鉱石の採掘や装備品の加工といった産業が主流。

 また、それとの関係は定かではないが、この領内にあるダンジョンのほとんどが、炎属性の魔物が中心となる様なダンジョンである。


「それで……何用だ?」


 そんな場所の冒険者ギルドを任された、ギルドマスターであるカルボスターは。

自分を尋ねてきた冒険者パーティ――『夢幻泡影』を前に、警戒を露にする。

 元々彼女らのOP枠脱却に反対だったカルボスターだが、結局は『夢幻泡影』から与えられた料理や、急速に積み上げられた実績から、OP枠だろうとそのランクに居ていい存在ではない、と判断し。

 最終的には、『夢幻泡影』のOP枠脱却に対する推薦状にはサインをした。

 だが、それは『夢幻泡影』の実力を認めたに過ぎず、そもそも一度OP枠に押し込まれた件からも警戒は必至。

 ゆえに、こうして露骨な警戒をしているのだが。


「確か、妻子持ちだったな?」

「それがどうかしたか?」


 警戒対象に家族の事を言われ、思わず鎧の中で表情が強張る。

 まさか、家族に危害を加えるつもりか……? と。

 だが、


「差し入れだ。中々こちらに足を運ばなかったもので、他のマスター連中よりは遅くなった事、心から詫びよう」


 差し出されたのは、バスケット。

 それを受け取り、中を覗いて見ると……。


「これは――なんだ?」


 中にはシュークリームがぎっしりと詰まっており。

当然見たことのないカルボスターはその正体について説明を要求。

 すると、


「要らんなら返せ」


 誰よりも早く口を開いたマジャリスはそう吐き捨て、


「しばらく黙っていましょうか?」


 リリウムに引きずられ、その場から離される。


「シュークリームというスイーツだ。主な原料はルフ鳥の卵。他のスイーツとは隔絶した美味さがある」


 その光景を無視し、シュークリームについての説明をするラベンドラ。

 さらに、


「王へはレシピを献上済み。じゃから気兼ねなく食えるぞい」


 とガブロが補足。

 この時点で、


(王へと献上されてもおかしくない程の代物か)


 と、カルボスターは一層警戒し、バスケットを返そうとするが。


「まぁ待て」


 それを見越したラベンドラから待ったがかかる。


「これからこの領でいくつかのダンジョンに挑む。その際に手に入れた素材について、優先的に処理してもらいたい」

「もちろん解体はわしがするが、解体出来ても素材が捌けんと持ち腐れじゃわい」

「つまり……これを対価に融通しろ、と?」

「無理を通せとは言わん。だが、私たちの実力はある程度知っているな? それならば、どの程度の素材が収集可能かも想像は出来るだろう?」


 つまるところ、珍しい素材を優先して買え、と言っているのだ。

 そして、その対価として、王へ献上するようなスイーツを手渡した、と。

 見ようによっては露骨すぎる賄賂。ただ、希少な素材を優先して買い取りするのはむしろギルドとしては自然すぎる対応で。


(ほとんど何も要求していないのと同じではないか。……何を企んでいる?)


 カルボスターはむしろ困惑するが……。

 特に拒否するような理由も無い。


「分かった。……どのダンジョンに挑むか、事前に報告しろ。優先的に入れるように手を回しておく」

「助かる。……そうだ、一つ尋ねるが」

「なんだ?」

「バイコーンの目撃情報があるダンジョンとか……ないか?」



「パパ―、おかえりなさーい」


 ギルドでの仕事を終え、帰宅したカルボスターは。

 愛する子供と妻に迎えられ、


「お帰りなさい、あなた。……あら? その荷物は?」

「ああ、とある冒険者たちから貰ったスイーツだ。何でも、王へ献上するような代物らしい」

「まぁ! 凄いものなのね」


 早速、『夢幻泡影』から渡されたシュークリームの話題に。

 そのまま食事を済ませ、いよいよ実食となったところで。


「んむっ!!?」

「まぁ!!」

「これおいしー!!」


 幸せそうな家族の声が、とても大きく響いたそうな。



「探知には何体引っ掛かった?」

「三体ですわ。一時、三時、十一時の方角」

「深度はどうだ?」

「溶岩内二十メートルっちゅうところじゃな」

「マジャリス、いけるか?」

「任せておけ」


 ヴルノース領内のとあるダンジョン。

 ほとんどの冒険者が引き返し、踏み入る者が珍しいほどの下層にて。

 『夢幻泡影』は見つけた獲物に向けて準備を始めていた。


「糸は万全か?」

「道中で見つけた炎蛾の繭から作りましたもの。これを焼き切れるのはドラゴンのブレスくらいなものですわ。むしろ竿の方が不安ですわよ?」

「任せんかい。ラヴァセンチピードの外殻を加工して作ったもんじゃ。こっちもドラゴンすら釣りあげても折れもせんわい」

「針は我々が魔力を込めた特注の氷針。たとえマグマの中に落ちても溶けることはない」

「よし、ここまで準備すれば奴らでも余裕だろう。……釣るぞ! ボルケーノサーペントを!!」


 ……本人たちはもちろん至って真面目なのだろうが、もしここに翔が居たら大声で突っ込んでいたに違いない。

 餌が――シュークリームであることを。

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