第130話 閑話 待望の……
「はぁ~……」
レシュラック領、冒険者ギルド本部。
ギルドマスター室内にて、書類の山に埋もれながら。
大きなため息を吐くのは、ここのギルドマスターを任せられているアキナ。
ギルドマスターにしては珍しい女性ではあるが、その実力は自他共に認めるほどに高いものを有しており。
特に、罠や毒に関係する知識においては、右に出る者はいない程。
そんな彼女がなぜため息をついているのかと言うと……、
「美味しいご飯が食べたい……」
ラベンドラ達の食事を欲しているからだったりする。
「ていうかさ、あまりにもレシュラック領に寄らなすぎじゃない? そりゃあ冒険者には魚より肉ってのは理解出来ますけども!? 魚には魚の魅力があるんだしさぁ」
と、誰にも聞かれない事をいい事に、大きな独り言を呟いていると。
不意に、扉をノックする音が響く。
「どうぞ~」
「失礼します! マスター、港の方に先日まで『OP』枠だった冒険者が立ち寄りました。問題を起こすことは無いとは思いますが、念のためマスターに報告を――」
そこまで報告を終えたギルドの職員は、ようやく気が付く。
アキナの姿が、既に椅子の上に無い事に。
そして、職員は気が付かなかった。
『OP』枠だった、という言葉を聞いた瞬間、アキナが港にすっ飛んでいったことに。
「やはり、マスターにとっては不安材料か。……よし、『夢幻泡影』の動向に注視するよう、職員に通達しておこう」
職員は知らなかった。
アキナのこの行動の理由が、マスターという職務そっちのけの個人の欲望に忠実な行動であるという事に。
*
「また新たな食材を探しに来たはいいが……」
「どれもこれも味が想像出来そうなものばかりだ」
「ですわねぇ。バーサーカーロブスターでもあれば良かったのですけど……」
「そんなもんがあったらここには並ばんじゃろ。貴族様がお買い上げ確定じゃわい」
翔邸から戻り、一夜明けた四人は、レシュラック領の港町、ビードンへと足を運び。
多数決の結果決まった、翔への次なる食材を探しに市場を物色。
ただ、どれもこれもあまりピンと来ない様子だった、そんな時。
「や~~~~~~っと見つけたぁっ!!!」
突風のような速度での悪質タックル。
突如として襲ってきたそれは、寸分狂わずガブロを捉えており。
それを受けたガブロは……。
「ぬんっ!!」
数センチ後ろに下がったものの、あっさりとそれを受け止めて。
「何事だ!?」
臨戦態勢へと移った三人は、その突風の正体を確認。
そして、
「確か……この辺りのギルドマスターの――」
「アキナ!! 久しぶり過ぎて名前忘れてるでしょ絶対」
「ああ、私たちの『OP』枠脱却の為に一肌脱いで頂いた……」
「それがなぜこんな場所に……?」
正体の確認が済んだところで、
「ご飯!! お腹すいた!!」
アキナは、一方的に自分の要求を四人へと伝えるのだった。
*
「ん~、潮風が気持ち~」
アキナに連れられ四人が来たのは、海が見晴らせる丘の上。
潮風の吹くその場所は、いわゆるピクニックをするには最適で。
「ほら、持ってるんでしょ! ご飯!!」
「はぁ……」
あまりにも一方的な要求に言葉を失うも、相手はギルドマスターであり。
なおかつ、自分たちの為に『OP』枠脱却の承認を与えてくれた人物でもある。
無下にするのもとの思いで、ラベンドラは翔から渡されたねこまんまおにぎりをアキナに渡すと。
「キャットフードと呼ばれる料理を手軽に食せるように工夫したものだ。名前はアレだが味は保証する」
と、説明。
なお、翻訳魔法はその職務を放棄していたらしい。
「名前が最悪だけど美味しいならいいや」
そう言って、早速おにぎりにガブリ。
「――ん~!!! この甘辛いタレが絶妙な美味しさね!! あと何この中の食べ物!! もちもちしてて美味しいし、何よりタレをたっぷり吸ってる!!」
初めての米に驚きつつ、更に食べ進めていくと……。
「ん? ――ひゅっ!!? ひゅっっぱっ!!?」
どうやら梅干しに辿り着いたらしく、顔がしわくちゃに。
その様子に噴き出しかける四人だったが、数秒後には同じ顔に。
「びっくりした……。んでも酸っぱいけど美味しいわね。何より、強い酸味で口の中がさっぱりする感じ」
「ほんのわずかに感じていたタイラントソードフィッシュの臭みも掻き消える。いやはや、この漬物という食べ物は本当に奥が深い」
「漬物……?」
「ピクルスじゃな。わしらも色々と食べておるが、そのどれもが個性的で美味い」
「何より米に合う」
「米……?」
「この黒いもので包まれているものですわ。農業ギルドには新種の主食として連絡済みですし、そう遠くない内に栽培方法が広まるのではなくて?」
「米、ねぇ……。って、ちょっと待った! 今タイラントソードフィッシュって言った!?」
食事をしながらの何気ない会話。
と思いきや、アキナにとって――いや、ギルドマスターとして見過ごせない単語が出現し。
「言ったぞい。このキャットフードに使われとる身はタイラントソードフィッシュの尻尾の部位じゃしな」
「素材は!? あんたなら奇麗に解体してるんでしょ!? 素材はどこ!?」
冒険者ギルドとして、様々な使い方の出来るタイラントソードフィッシュの素材は何としても欲しい所。
ましてや、『解体神書』の異名を持つガブロが解体したとなれば、その素材は状態も確約されたも同然。
――だが、
「弟の工房に卸したあとじゃわい」
「くっ、遅かったか。……ん? 弟?」
「うむ、ペグマ工房の長じゃな。最近有名になってきたと言うとったぞ?」
「――はぁっ!? ペグマ工房と言えば、今じゃ全冒険者の憧れる装備品加工のトップよ!? それがあんたの弟!!?」
「うるさいのぅ。耳元で叫ぶな。……そうか、あいつはそんなに有名か」
「有名か、じゃないわよ! 先日国王から工聖の称号を与えられていたわよ!?」
「ほっほー、兄として鼻が高いわい」
「いやそうじゃなくて、紹介! 紹介して!! お願い!!
と、ガブロとアキナで盛り上がってる脇で。
「梅干しが一番バランスがいい」
「いや、歯ごたえの追加は単純なバランスだけでは語れない部分がある。たくあんが一番だ」
「アクセントという点では高菜も凄く美味しいですわ。私は高菜を推しますわよ」
エルフの三人は、どの中身が一番美味しいかという議論で、バチバチに火花を散らしていた。
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