第57話 企業努力の賜物

「じゃまするぞ――この匂いは……」


 登場、四人。

 ただ、先陣を切って入って来たマジャリスさんがカレーの匂いに気付いて立ち止まり。


「マジャリス、止まるな」


 そんなマジャリスさんを押し出すように入って来たラベンドラさんも、足が止まる。

 

「ほれ、さっさと進まんか」


 マジャリスさんと同じように押し出されたラベンドラさんの後ろから、ガブロさんが登場。

 そして、


「ん? この匂いは……。初めてこの家でこの世界の食べ物を食した時の香りに似とるのぅ」


 だそうで。

 そういやこの中で唯一カレーを食べたことがあるんだったなガブロさん。

 カップ麺のカレー味だけど。


「お邪魔しますわ。……まぁ! 既に美味しそうな匂いがしていますわね!!」


 最後に入って来たリリウムさんも、カレーの匂いを嗅ぐやいなや、ニッコニコで軽く身体を浮かせてたりする。

 ……いや、家の中で浮くな。


「煮込みが必要な料理だったんで、先に作っちゃいました。詳しい作り方はこちらで……」


 ラベンドラさんに突っ込まれるより早く、そう言ってカレールゥのパッケージを渡し。


「チーズが合う料理ですけど、不要な方居ます~?」


 と聞くも、該当者なし。

 うん、知ってた。

 というわけでお皿にご飯を盛っていくわぞ~。

 あっつあつのご飯の上に、ピザ用チーズをわんさと乗せて。

 カレーをかけたら、お皿の脇に福神漬けとらっきょうをちょんちょんと。

 そういや福神漬けもらっきょうも要るかどうか聞いてないけどいいでしょ。

 どうせ俺が食ってるの見たら欲しがるだろうし。


「というわけでお待たせしました」

「もう匂いだけで美味そうじゃわい」

「見た目は……シチューか?」

「色は何と言うか、あまり食欲をそそる色とは言えませんが……」

「鼻に刺さる匂いは間違いなく香辛料のソレだ」


 カレーを目の前に出したら、こんな反応でしたわよ。

 まぁ確かに? 言われてみたら色はそこまで美味しそうな色はしてないよな?

 味を知ってるから見た目で食欲が湧くのであって、何も知らない人が見たらなにこれ? とはなりそう。


「俺らの国の一番人気の料理ですよ。大人から子供まで、この料理が嫌いって人はなかなかいないと思います」


 日本を代表する魔改造された料理、カレー。

 その魔力は、食べた人にしか分からない。

 というわけで、


「じゃあ、待ちきれないんで先にいただきますね」


 俺が率先して食べます。

 ――うっま。

 これだよこれ! 口に放り込んだ瞬間に爆発的に広がる風味とうま味!

 一気に体温を引き上げる辛さと、後からじんわりと感じる鍋の元スープの出汁の風味!

 それらがバターやら、コーヒー牛乳とかで丸くなり、柔らかくなったトリッポイオニクをコーティング!

 さらにはトッピングのチーズの塩味も合わさり脳みそに直接『美味い』と刻み込んでいく感覚!!

 断言しよう。カレーは麻薬である。

 しかも、通常の麻薬と違い、どれだけ断ったところで完治しない、最悪なタイプの麻薬だ。


「お、俺たちもいただくぞ!」


 そう言って掻っ込み始めた四人は……。


「んはぁっ! 辛い! 辛いが美味い!!」


 想像以上の辛さだったのか、一瞬辛さに驚きながら。

 それでも、辛い辛いと言いながらスプーンを動かす手は止まらないマジャリスさん。


「ふふ。程よい刺激で美味しいですわ。お肉も、柔らかくて最高です」


 対してリリウムさんは、辛さは平気なご様子。

 他の人達みたいにガツガツと搔っ込んではないけど、それでも、絶え間なくスプーンは動いてる。


「ん!! ん!! ん!!」


 で、ガブロさんなんだけど……。

 この人あれだ。カレーは飲み物とか言っちゃうタイプの人だ。

 ものすごい勢いでカレーが消えていくわ。

 ……あれ? ラベンドラさん?

 頭を抱えてどうされました?

 まさか、辛いのダメだった?

 ……でもキムチは食べてたよな? 


「ラベンドラ? どうかしたか?」


 マジャリスさんも気になったようで声を掛けた。

 すると……、


「これは……いいのか?」


 と。

 低く、唸るようなその言葉に、一同首を傾げ。


「こんなに香辛料が大量に含まれた料理を俺たちに提供して、いいのかと聞いた!」


 急に声を荒げられ、思わずびっくりしてしまう。


「どうしたんじゃい」

「どうしたもこうしたもない!! この料理を食べて感じただろう!? 大量の香辛料が使われている事に! しかも一つや二つじゃない! 何種類も使われているんだ!!」

「美味しいならいいのではなくて?」

「良くない!! こんな贅沢な香辛料の使い方をした料理は王族でも滅多に口にしない!! そんな料理を我々に振舞って、カケルは大丈夫なのか!?」


 怒ってるのか心配してるのか分かんないやこれじゃあ。

 でも、何となく言いたいことは分かったかな?


「大丈夫ですよ。これ、別にそこまで高いものでもないですし」

「そうなのか?」

「はい。……この間貰った指輪あるじゃないですか? あれ一つで……多分あと10回はこの料理作れますよ?」


 なおも騒ぐラベンドラさんは、どうやら沈黙魔法的なものをリリウムさんから掛けられたらしく。

 口は動いていても声は届かないという状態にされ。

 代わりにマジャリスさんが、俺に対して尋ねてきて。

 

「この世界では、香辛料は珍しいものではないんですね」

「そうですね。もちろんピンキリで高いものもあるでしょうけど、どの香辛料も比較的安価で手に入りますよ」


 リリウムさんの質問に答えたあたりで、ようやく落ち着いたらしいラベンドラさんが沈黙魔法が解除されて入って来た。


「じゃ、じゃあ、この料理には一体いくつの香辛料が使われているんだ!?」


 過去一顔を近付けられて問われたその問いに、記憶を掘り起こす事二秒。

 確かカレールゥのパッケージには……。


「35種類?」

「…………」


 ええと……なんでみんなして絶句してるんですか?

 た、食べましょう? ホラ、美味しいですよ?

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