第234話 ドキドキの初体験

 というわけですき焼きを作っていくわけなんだけど、調理は全てテーブルの上で。

 カセットコンロを用いて行おうと思ってて、一人の時は適当に鍋にぶち込んですき焼き! ってやるんだけどさ。

 こう、めっさいいお肉だし、相手異世界人だし、ちゃんとしたすき焼きを作ろうかなと。


「まずは野菜を焼いて行きます」


 コンロに鍋をセットし、牛脂を塗って加熱。

 そこにラベンドラさんへ指示を出し、切られた野菜たちを並べさせる。

 ……こう、焼く順番とかも戦争の火種だよね。

 肉が先か野菜が先かって。関西と関東で違うんだっけ?

 俺はどっちでもいい派だけど、お肉が高級な時に限り野菜が先派かな。

 理由は後述。


「野菜に火が通ったら、お肉を焼いていただきまして」

「随分と薄いな」

「頑張りました」


 野菜の次は、メインのお肉。

 焼き肉の時に切った焼きしゃぶ用よりもさらに薄く切ってある。

 鍋に乗せたらすぐに色が変わるくらいには薄く切れたよ。


「片面焼けたら、ひっくり返して焼けた野菜に被せます」


 で、俺が肉を後から焼く理由がこれ。

 肉を蓋にして野菜を蒸し焼きにするのよ。

 こうすることで肉のうま味とかを野菜に吸わせることが出来るってわけ。


「そしたらこの割り下を注いで、絡めたら完成です」


 で、登場する割り下ね。

 注いだ瞬間に焼ける音と、いい匂いが鼻と腹を刺激しますわ。

 ……私はここらでちょいと必要なものを冷蔵庫に。


「いい匂いですわ」

「すきっ腹に響く匂いじゃわい……」

「よし、食べられるぞ」


 ラベンドラさんの言葉を合図に、皆が皆、焼けた肉に箸を伸ばすが。


「少々お待ちを」


 俺がそれを制止。

 そして、みんなの前に小皿を置いて……。


「カケル?」

「まさかそれは……」


 俺の手に持ったものにみんなの視線が集まって。


「この料理は――生卵を絡めて食べる料理なんです」


 当たり前だよなぁ!?

 すき焼きには生卵。これは、コーラを飲んだらゲップが出る位当たり前の事なんじゃ。


「わ、我々は生卵は……」

「絶対に安全ですから、一度試すだけでも……」


 俺は決めたんだ。引いてたら、この人達は一生生卵の味を知らないままだ。

 俺は押す。今この瞬間、この人達に生卵を食べさせるために……押す!!


「か、鑑定では生食可、寄生虫無しと出てはいますけれど……」

「やはり卵の生は抵抗が……」


 まぁ、そうすんなりいくとは思ってないよ。

 というわけで言い出しっぺがお手本を見せよう。

 卵を小皿に割り入れ、カラザを取り、かき混ぜてっと。


「じゃあお先にいただきますね?」


 誰よりも先に、肉をたっぷりと卵に浸し……パクリ。


「……」


 言葉はいらない。

 というか、声を発したくない。

 口を開いたら、この旨味が抜けてしまいそうだったから。

 静かに目を閉じ、咀嚼する事だけに集中し。

 口の中に溢れるジューシィな肉と、甘辛い割り下のハーモニー。

 そこに合わさる卵のコクとクリーミィさが、俺の知ってるすき焼きのレベルを五段くらい引き上げる。 

 美味い。ただただ美味い。

 勿体なさを感じつつ、肉汁を出し切った肉をゆっくりと嚥下して。

 四人から見守られる中、口の中に残った旨味が無くならない内に、白米を掻っ込む。

 この口の中に残った脂が白米と絡むの最高に美味い。

 マジで最高のひと時だった。


「うま」


 白米まで飲み込んで、ようやく漏れたその一言は。

 固唾を飲んで俺の動向を見ていた四人をつき動かすのには十分で。


「と、とりあえず試してみるか」

「ですわね」


 と、各々卵を割り、かき混ぜて。

 ……あ、マジャリスさんはカラザを取るタイプで、他三人は気にしないタイプらしい。

 で、混ぜ終わったらそれぞれ肉に箸を伸ばし、ガブロさんはたっぷり、マジャリスさんとリリウムさんが半分くらい。

 ラベンドラさんが恐る恐る先っちょとチョンと浸してお肉をパクリ。

 ……結果は?


「むひょひょひょひょひょひょ!!」

「美味しいですわ!!」

「う、美味いぞ!!」


 ガブロさんがほぼ奇声をあげてるけど、反応的には美味しかったらしい。

 リリウムさんとマジャリスさんも、驚いた様子で白米掻っ込んでるし。

 ……ラベンドラさんは?


「驚いた」


 咀嚼しながら、自分で溶いた卵をまじまじと見つめてたよ。

 肉の美味しさもだけど、そっちよりも卵が気になるらしい。

 どうだ、凄いだろ? 我が国の生卵は。


「かなり厳格に取り締まられているのだろう。こんな卵をカケルは毎日使っていたのか……」

「あー……厳しいってのは確かにそうですね」

「私たちの世界では考えられませんわ。卵を生で食すなんて」


 とリリウムさんが言うけどさ。

 管理された鶏と、野生で過ごしてる魔物とじゃあそりゃあ勝手が違うよ。

 殺菌処理とか、そっちの世界じゃ出来ないだろうし。

 ……あと、卵の中にも何か住み着いてる場合があるし……。


「食べるまでは抵抗があるが、食べてみて味わうと抵抗は無くなるな」

「じゃな。というか、この料理は素晴らしいぞい」

「甘辛いタレと卵の調和。肉の味を殺さず引き立て、さらには米が進む」

「肉はまだまだあるんで、随時追加しながら食べていきましょ」


 どうやら受け入れられたらしい生卵にホッとしつつ、そう四人に言いまして。

 大皿にきれいに並べた薄切りデリシャスビーフイッシュを見せたら、四人とも目が爛々と輝いてた。

 本来肉は最初に焼ききって、後から割り下で煮た野菜を食べるもんだとは思うんだけども。

 四人がそれじゃあ満足するはず無いしね? 柔軟に対応していきましょ。

 なにせ相手は異世界人なんだし。

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