第8話 クソデカ肉切り崩し

 本日のメニューはとんかつ!

 外国人人気も高い、日本人人気も高い、大人も子供も大好きな料理。

 これならあの四人も満足するでしょ。

 というわけで早速下ごしらえ。

 準備を早々に終わらせて、四人が来るまでゆっくりしましょうね。

 買ってきたばかりの米を、普段の倍ほど研ぎまして。

 炊飯ジャー二台体制で米を炊いていく。

 なんでうちには炊飯ジャーが三台もあるんだろうね?


「さて、次はっと」


 続いては仕込みで一番大事と言ってもいい肉の成形。

 ……いや、普通はほとんどしないと思うんだけど、なにぶん今日使う肉は今だ座布団サイズなわけですよ。

 この座布団サイズの肉を、俺らが想像するとんかつ用の肉の形にしていくっていう。

 普通なら存在しない工程なだけに、変な緊張感が入るものの。


「どっちにしろ肉は肉だし、まぁ失敗しても大丈夫か」


 と、耳にワイヤレスイヤホンを突っ込んで。

 好きな音楽聞きながら、気楽にやろう。

 曲は――ヴィヴァルディの『冬』に決定。

 四季の中でも一番好きだわ。

 さてと、まずはそれっぽい形に切っていきますか。

 適度な脂身のある部位に包丁を入れ、断面を確認。

 うっわ……。半分くらい脂身じゃん。こんなのカツにしたら胸やけするってレベルじゃねーぞ。

 こっちとかどう? ……うーむ。

 脂身が二ミリくらいしかなかった。もう少し欲しいよな……。

 なんて、俺の思う理想の脂身と赤身の比率を求める事少し。


「お、ここなんていいじゃん」


 聞いてる曲が一番盛り上がるところに差し掛かったあたりで、ようやく満足できる比率の部位を発見。

 あとはそこを、ぶ厚めに五枚ほど切り出して。

 おおよそ普通ではしないであろう、肉の成形の下ごしらえが終了。

 いよいよここからが本番ですわよ。

 まずは……わざと分厚く切った肉を切り開いていく。

 赤身の方から包丁を入れ、脂身の部分で切り落とさないよう細心の注意を払いながら包丁を抜き。

 今しがた入れた切れ込みから開いて拡げ、肉の厚みを半分に、面積を二倍に。

 これを五枚全部にやったら、脂身と赤身の境目に何本か切れ込みを。

 筋を切る目的なんだけど、やった感じ筋がないっぽい?

 もしかしたらこの肉にはしなくて良かったかも。

 後はここに塩コショウで下味をつける――と思うじゃん?

 俺はここでガッツリ塩コショウを振るね!!

 もうこの段階で味を確定させちゃって、ソースとかを使わないで食うのがうち流のとんかつ。

 ……正確に言えば、ばあちゃんのとんかつだけども。


「衣付けまでやっちゃっとくか」


 四人が来るまでまだしばらく時間はあるし、ここまででもいいかとも思ったけど、もう油で揚げる以外の工程を終わらせることに。

 溶き卵を用意しまして~、肉に小麦粉まぶして~、溶き卵に浸して~、パン粉をドーン!!

 余分なパン粉を軽くはたいて落として、終わり! 閉廷! 終了!!

 油の用意、ヨシ! 皿、ヨシ! お箸、ヨシ!

 と指差し確認をしていた所……。


「あ、やっべ……キャベツ無い」


 とんかつには欠かせない千切りキャベツが無い事に気が付いた。

 やって良かった指差し確認。

 というわけで、車を走らせスーパーに買いに行きました。

 ついでに、切れかかっていたカラシもお代わり。

 あと、カツと言えばという事でパンも購入。

 思ったんだけど、カツサンドにしてやれば、元の世界にも持っていけるんじゃないかと思ってね。

 ちなみにこれ、善意ももちろんあるんだけど、何よりあの肉をさっさと消化してしまいたい一心からくるものだったりする。

 減らねぇの! ぜんっぜん減らんの!!

 だから、持って来たあの人らに消費を手伝わせようって魂胆。

 んっん~。名案だなこれは。

 さてさて、買い物も終わったし、あとはあの人らが来るのを待って、油で揚げれば完成。

 それまでは、ゆっくりさせてもらいますかね。

 忘れずにカツサンド用の肉も成形して下ごしらえしとかないとね。

 こっちはソース使う予定だし、塩コショウは控えめでいいや。



「ふぅ。結構しんどくなってきたわい」

「今何階層だ?」

「ここで18。最下層までもう二階だな」

「一気に踏破してしまってももちろんいいのですが、ここは安全を取って休息にしましょう」


 リリウム達四人は、最初に翔の居る現代へと転移した魔方陣があった階層からさらに進み、もう最下層が目前まで迫ったところに来ていた。

 だが、最下層近くになるとやはり魔物も強い個体が多くなり、それに伴って体力や魔力の消耗が激しい。

 そこで、パーティのリーダーであるリリウムは休息を選択。

 本来のパーティに当てはまる休息は、ダンジョンの大部屋や行き止まりの通路に結界を張り、気配遮断の魔法もかけて、魔物から気付かれないようにし。

 万が一の為に見張りを立て、食事と睡眠を交互に取ることを指す。

 だが、この四人の場合は……、


「今日はどんな料理が出てくると思う?」

「昨日は煮た料理だったから、焼きだと思う。昨日食った米に合うような、味の濃い未知なるタレの絡んだ焼き料理だ」

「もうその言葉だけで涎が出るわい」

「皆さん、それでは転移魔法陣を展開しますわよ?」


 食事は翔の料理で済ますのだから、冒険者によくある携帯食料という味気ない食事ではない。

 ただそれだけ。

 ただそれだけなのだが、そのそれだけの事が、活力やモチベーション、はたまた元気に繋がることをこの四人は良く知っている。

 何故なら、今まさに四人の心は、子供の様にワクワクと踊っているのだから。

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