第350話 閑話 犬以上の嗅覚

 柔らかいタン元と、歯ごたえがあり旨味が強いタン下を叩いて作ったハンバーグ。

 タン中を薄くスライスし、たっぷりのネギと炒めてレモン果汁と塩コショウで味付けした牛タン丼。

 そのどちらもを流れるような手際で調理したラベンドラは、皿に盛り付け。

 淀みなく、王へと献上。


「ラベンドラと言ったな」

「何か?」

「この米の上に乗せるスタイルはお主考案か?」


 手を付ける前に、見たことが無いスタイル――すなわち、丼に対する確認を取る王だったが、


「私ではない。が、考案者は自分から広めようとはしていない」


 と、ラベンドラは説明する。

 ……自分から広めようとしないというか、ここで言う考案者に当たるであろう翔は、そもそもこの世界に居ないのだが。


「そうか」


 そう言って、ようやくスプーンを手に取った王は。

 一切の躊躇いなく、豪快に丼を掻っ込むと。


「驚きだな。……しっかりとした歯ごたえの肉と、この米の相性がいい」


 と、感想をポツリ。

 そうして、また豪快に掻っ込んで。


「そうだった、こちらもあるのだったな」


 と、今度はナイフとフォークに持ち替え、ハンバーグへ。

 ちなみにハンバーグにソースはかかっておらず、シンプルに塩コショウのみで味付けされている。


「なんと……押すだけで肉汁が溢れてくる……」


 切ろうとナイフを当てた瞬間、泉のように噴き出る肉汁に、まずは驚嘆。

 そして、一口サイズに切り、それを口に含めた瞬間。

 王は、大きく身体を仰け反らせた。


「――っ!?」


 毒でも盛ったか? と周囲の見張りがラベンドラに殺意を向けるが、すぐに王から制止の命令が。

 

「ふふ。美味いな」

「舌に合ったならば」

「お主たちは普段からこのような食事を?」

「多少のばらつきはありますが」

「そうか。……上を目指したくなるのが分かるな」


 会話は短く。お互いに多くは語らない。

 王は、自分が聞いてしまえば全てを話さなければならなくなるラベンドラを思い。

 ラベンドラは、自分の発言から全てを聞かなくてはならない王を思って。


「この料理のレシピ。私が買い取るぞ?」

「その為の物です」


 そうして、誰よりも先にラベンドラの料理を平らげた国王は、ラベンドラからレシピの書かれたメモを受け取り。


「急ぎ全員分を作らせろ」

「御意」


 近くにいたソクサルムにそのレシピを渡し、命令。

 そうして数分後には、この王城に仕える料理人が全員広場に集結。

 集まった皆の前で、牛タン丼とハンバーグが作られることに。


「ガブロ」

「なんじゃい?」

「醸造ギルドに話を付けて来い」


 そんな料理を待つ時間。皆が、『夢幻泡影』直伝のレシピを目に焼き付けている最中。

 ラベンドラが、ガブロに耳打ち。


「なんと?」

「この料理には赤が合う。振る舞え、と」

「任せとけ」


 そうしてラベンドラから密命を受けたガブロはコソコソと醸造ギルドの代表へと寄っていき、二言三言会話をし。

 振り返ったガブロは、ラベンドラにサムズアップ。

 満足そうに頷いたラベンドラは、次にリリウムへと耳打ち。


「ソクサルムにテレパシーを」

「なんと伝えれば?」

「醸造ギルドの計らいで赤ワインが提供される。全員分のグラスを、と」

「かしこまりましたわ」


 そうしてエルフ的耳打ちテレパシーをされたソクサルムは、最初は僅かに体を震わせたが。

 理解したのか、王へと何かを告げ、その場を後に。

 ……残りは――。


「マジャリス」

「どうした?」

「『ヴァルキリー』がもしかしたらチョコレートを隠し持っているかもしれない」

「……確かに、懐からチョコの香りがする」


 半分冗談、半分推測。

 よもやSランクのパーティが、招かれるだけで手土産を持参していないとは考えにくい。

 そして、『ヴァルキリー』は『夢幻泡影』が調理をさせられることを知っていた。

 ならば、手土産として、スイーツを寄越すのではないか?

 そしてそれは、自分たちが教えたチョコレートを加工したものではないか?

 そこまでの推測を確かめるため、こちらも冗談半分でマジャリスをけしかけたのだが。

 ――まさかどちらも当たるとは、とラベンドラも驚いただろう。


「時を見て早めに出した方がいいと伝えろ。赤ワインが醸造ギルドから提供される」

「皆が酔う前に、か」

「いや、チョコとワインも合うだろうからな」

「なるほどな!!」


 そうして、気配遮断の魔法を発動し、皆が料理に熱中する中を、特に察知されることも無く『ヴァルキリー』と接触。

 数言話して、最初は『ヴァルキリー』が驚いた様子を見せたが、マジャリスが自分の鼻を指差していたあたりから、そもそもチョコレートを持っているとバレたことに対する驚きだと理解出来た。

 ……ここで、次からは、チョコレートは食べる直前に精製しようと固くラベンドラが決めたことは一旦置き、マジャリスが帰還。


「頃合いを見て出すそうだ」

「そうか」


 そうして『夢幻泡影』の暗躍もあり、様々なギルドやパーティが巻き込まれた会食も、牛タン丼とハンバーグが完成した事で、いよいよ終盤へ。


「順番に取りに来るように!」


 という大臣の言葉に、いの一番に動き出すリリウム。

 マジャリスやラベンドラ、ガブロが驚く中。


「あら? 何をしておりますの? 本日の主役は私達ですのよ? 主役が受け取らねば、他の者たちが動けないではありませんの」


 と、本来ならば階級序列。貴族でも高い身分の者から順番が回ってくる状況に流されようとしてた三人へ声をかける。

 そして同時に、その通りだ、と小さく頷く国王。

 そうして、名実共に参加者全員から認められたSランクパーティ『夢幻泡影』は。

 誰よりも先に、牛タン丼とハンバーグ、赤ワインを受け取るのだった

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