第17話 神秘という不安

「チャハ……ハーン?」

「そうだ。チャハハーンだ!! モンスターの脂身を高火力で熱し、香ばしさを出し! その脂が米を覆う事で、米の水分を損なわずにぱらりとした出来上がりになる!! 極めつけは最後に追加した特別な漬物! それが加わることで今まで味わったことのない最高の料理に仕上がった!!」


 マジャリスの肩を借り、フラフラと立ち上がったラベンドラはそう力説すると。


「おあがりよ」


 オズワルドに食ってみろと促して。


「お、おう……」


 ラベンドラの迫力に気圧され、やや困惑しながらも。

 オズワルドは、ゆっくりとスプーンでキムチチャーハンを掬い、口へと運ぶ。


「あむ……」


 口に入れ、一噛み、二噛み。

 咀嚼を続けると、急にカッと目を見開いて。


「な、なんだこの味はぁっ!?」


 そう、大声で叫ぶ。

 その様子に、満足そうな表情をする四人は、


「美味いだろ?」

「私たちもいただきましょう」

「その前に誰か魔力を分けてくれないか? このままだと立つこともままならん」

「勝手に俺から吸え。……吸い過ぎるなよ?」


 と、自分たちも食事モードへ。


「むほほ!! あっちで食った料理も美味かったが、この料理も負け取らんわい!!」

「材料は提供して頂いたとはいえ、ラベンドラの料理の腕前のおかげですわね」

「火を通すことで辛みがマイルドになっている気がするな。ほんの少し舌に来る程度でそこまで気にならん」

「我ながらうまく出来ているな。肉もタマゴも漬物も、見事に調和している」


 四人がそれぞれ感想を口にしていると、


「お前ら、こんな美味いものを……」


 と、何やら涙目のオズワルドが話しかけてきて。


「言っただろ? 俺らは推薦が貰えるならお前に美味いものを食わすって」

「約束は違えませんわよ?」

「その代わり、対価は必要じゃがのぅ」

「これだけじゃない。前にも言ったが、まだまだ美味いレシピは確実に存在する」


 全員でキムチチャーハンを頬張りながら、口々にそう言うと。


「お、俺に万事任せておけ!! 次のギルドマスター会議であんたらの昇格を議題にしてやる!!」


 負けじとオズワルドもキムチチャーハンを掻っ込む。

 その姿を見る四人の視線は、とある一言を物語っていた。

 すなわち、


『堕ちたな』


 と。



「いやぁ、美味かった」


 キムチチャーハンを平らげ、満足そうなオズワルドは、


「それで? これにいくら払ったんだ?」


 と四人に尋ねた。


「払う? 代金をか?」

「そりゃあそうだろ。前に言ってた内容だとお前らが提供したのは肉なんだろ? あんな香辛料がどれだけ使われているか分からないものを貰ってきて、まさかタダです、なんてことはあるまい?」

「……いや、気前よく無料で渡してくれたが……」


 オズワルドは知らない。

 四人が異世界に行っている事を。

 オズワルドは知らない。

 異世界では――日本では、香辛料は特別高価なものではない事を。

 オズワルドは知らない。

 レシピを持つ料理人が異世界人であるゆえに、この世界で価値のあるほとんどの物が、相手にとってそこまでの価値を持たない事を。


「お前ら……それじゃあ駄目だ」


 ゆえに、オズワルドは自分の感性で四人へと説教を開始。


「いいか? お前らの言う料理人がどんな奴か知らんが、誰も知らない未知のレシピをタダで教えて貰ってるんだろ?」

「まぁ、そうだ」

「どんなお人好しでも、自分の飯のタネになるレシピをタダで教えるなんざ、料理人としてあり得ねぇ」

「何が言いたい?」

「……試されているのさ、お前たち」

「試されている?」


 異世界の、そして、翔の事を知らないオズワルドの独自解釈が。

 徐々に翔の人間性を勝手に構築していく。


「そうだ。恐らくその料理人に出会った冒険者は過去にも居たはず。だが、その情報は今まで誰にも伝わっていない」

「……本人が、口止めをしていたからか」

「そうだ。これが最初の試練。本当に自分の事を秘匿とするのか、それを見られたんだ」

「そして次の試練が……」

「今まさしくお前たちが行っている最中だろう。希少な食材を無償で提供し、どのような反応を取るのか見られている」

「レシピも渡し、そのレシピに必要な材料も渡す。料理人としてここまでやったのだから、次はお前たちの番だ……と?」

「そう考えるのが自然だろう」

「つまり俺たちは……」

「早急に対価を持っていくべきだろうな。料理人の所へ」


 元々は四人の誤魔化しで出来上がった料理人だが、それもオズワルドは知らない。

 だから、四人はそれを加味してオズワルドの話に乗っかったのだが。


(言われてみれば確かに。料理を作って貰う対価が食材の提供では見合わないのでは?)

(食材の調達と調理、どっちが楽か考えれば、言うまでもないわい)

(最悪食材は買えますもの。でも、調理はレシピを知らないと出来ませんわ)

(もしかして、カケルに負担をかけていたのではないか?)


 四人はそれぞれそんな事を思い、一つの最悪なシナリオに辿り着く。


(このままでは、カケルがもう料理を作らないと言い出しかねない?)

(そうなったら、今ある異世界のレシピだけで飯をローテしなければならない?)

(これからも、まだ見ぬ美味いレシピがあることが確定しているというのに?)

(耐えられるわけないわい)


 そうして神妙な顔になった四人は、オズワルドに一言。


「急用が出来た」


 と告げ。

 それぞれ顔を見合わせて、どこかへと走って行く。

 その後ろ姿にオズワルドは、


「また美味い飯のご馳走を頼むぞ~!!」


 と声をかけ、冒険者ギルドへと出勤した。

 ……キムチ臭い口臭を、垂れ流しながら。

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