第323話 世界を跨ぐ実験

 いよいよドーナツも最後の一つとなり。

 残ったのはカスタードなクリーム。

 俺の中でのドーナツ三羽カラス、最後の一つでもある。

 残りはもちろんフレンチなクルーラーとポンデなリングね。


「先ほどのと変わらんように思えるが……」

「中身がカスタードになってるんです」

「もう美味い」

「ですわね」


 という事でもうみんな早速ガブリ。

 反応の方は……?


「先ほどのエンゼルなクリームとは違ってギュッと濃厚な味じゃな」

「最後に相応しい濃さと甘さですわね」

「コーヒーが……美味い」

「フワフワの生地とカスタードなクリームの相性が最強過ぎる。もう優勝だろコレ」


 当然好評、と。

 あと、マジャリスさんは何かと戦っていたのか?

 突然優勝とか言い始めちゃって。

 ……それ言いだすなら、食べたドーナツ全部優勝でいいと思うよ。


「油で揚げてあると聞いて、もっとグッと重いものばかりだと思っていたが……」

「中々どうして、軽い口当たりの物ばかりでしたわね」

「揚げとる油の質がいいんじゃろ」

「揚げてあるのに表面の砂糖と合わさってべた付いていないところも凄い事だと思う」


 あのドーナツショップの油は、確か独自改良みたいなのをしてるんじゃなかったっけ?

 ちょっと調べてみるか。

 ……ほらね、日本人好みの揚げ加減とかになるよう、フライオイルから研究開発してるってさ。

 そりゃあ美味しいわけだよ。

 というわけで俺もカスタードなクリームをパクリ。

 ――これよこれ。

 ふわっとした生地と、トロリと中から溢れてくる濃厚なカスタードクリーム。

 口の中にカスタードの風味と甘さが一気に広がり、生地と混ざり合う事で最高のバランスに仕上がるんだ。

 ……そこに、香りがよく、苦みも十分なコーヒーを流し込めば、思わず笑顔でため息ですわ。

 美味ぇなぁって。


「ハッ!? もしかしてこのドーナツを揚げている油……植物のエキスか!?」


 なんて余韻に浸ってたら、ラベンドラさんがそうだったのか、みたいな表情で迫ってくる。

 えぇと……多分植物油なんですけど、詳しい情報とかは載ってなかったような……。

 何せ企業努力の根幹ですので。


「恐らく……」

「なるほど! クドさとしつこさが少ない油が植物エキスという事なのか……」


 で、俺からの返事を聞いて考え始めるラベンドラさん。

 大丈夫ですか? 主に食べかけのカスタードクリームが。

 狙われてますよ? リリウムさんとマジャリスさんに。

 

「実は、一つ俺に仮説があって、それを実験してもらいたいんですよ」

「ほう? どんな仮説だ?」


 ちなみに狙われていたカスタードクリームは、手が伸びてきた瞬間にラベンドラさんがノールックで回収。

 名状しがたいぐぬぬ表情をした二人を尻目に、俺の方を向きながら食べ始めるラベンドラさん。


「ラベンドラさんの情報では、油を吸って爆発したというこの身。植物油ならば爆発しないんじゃないかなーという」

「……確かに、有り得ない話ではない。分かった。向こうに戻り次第、植物油とやらで揚げ物をしてみよう」

「お願いします。植物油はこちらから提供するんで、それで大丈夫だったかだけ教えて貰えます?」

「了解した」


 家に買い置きしてるキャノーラ油はあるし、そもそもこっちの世界の植物油で実験して貰わないと、その油で爆発しないかどうかが分からないしね。

 これでラベンドラさんが用意した異世界植物油では大丈夫でも、現代植物油だと爆発する、とかなったら目も当てられん。

 揚げ物で爆発、一家吹き飛ぶ。みたいな見出しでニュースになっちゃうよ。


「ふぅ……とても美味しかったですわ」

「間違いなく、わしらは貴族よりいいもん食っとるな」

「食事に関しても、デザートに関しても、我々以上に美味しい思いをしている存在はいないだろう」

「初めは偶然転移魔法陣でこちらに来ただけだったのにな」

 

 ラベンドラさんの美味しい思いってのは、二重の意味でかな?

 狙って言ったのか、翻訳魔法さんの遊び心か、正解は神のみぞ知る……。

 あとマジャリスさんが言ってるけど、そう言えば最初は偶然だったんだよな……。

 帰宅したら襲われて、謝罪されて、カップヌードルご馳走して……。

 懐かしいなぁ。……カーペット洗うの大変だったなぁ……。


「それでカケル、持ち帰りのご飯なのだが」

「今日はパイを焼くだけにして持たせようと思ってますけど」

「是非頼む。あのパイは最高だったからな」


 というわけでまた一からパイを作っていきましょうかね。

 と言ってもタネ作ってパイシートで包むだけだけど。



「……普通じゃな」

「ですわね」

「だな」

「あっさりだったな」


 異世界に戻り、翔に頼まれた実験――植物油でのラヴァテンタクルの揚げ物を作ってみたところ。

 当たり前に油を吸収――することなく、大人しく揚がっている様子。


「思うに、体内に残存した魔力が油に移り、その魔力を取り込もうとしたラヴァテンタクルの作用で爆発に至るんじゃないかと思うんじゃが」

「研究機関に検体としていくつか送り、実験させるのがいいかもしれませんわね」

「それより植物油だ。こちらの世界でもどうにかして生成したい」

「そちらは農業ギルドに掛け合ってみましょう。あと、植物油の作り方をカケルに聞きませんと。全くの手探りでは時間がかかり過ぎますわ」


 この場に翔が居れば、エルフであるのに時間を気にするリリウムの発言に違和感を感じたかもしれない。

 ……ただ、別段寿命だとか、何かリミットがあるというわけでもなく。

 ただただ純粋に、植物油で作られた揚げ物を食べたいという思いからの発言であることは、本人以外誰の知る由もなく。


「やっと見つけた……」


 そして、周りがそれを気にするより前に、一人の来客が全員の意識を逸らさせる。


「すぐに農業ギルドへ。先日お主らが渡したが大変な事になっておる!」


 来客の名はダイアン。人間で唯一と言ってもいい転移魔法が扱える人物であり、リリウムのかつての教え子であり。


「全く、老体に鞭を打たせ過ぎじゃて……」


 現在、齢八十を越えながら、『夢幻泡影』を探しにパシらされている、悲しいギルドマスターであった。

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