第277話 姉貴の特技

「ふっふふ~ん♪ チョコ~♪」

「鬼のようにご機嫌ですわね」

「チョコに狂ってしまったようじゃの……」

「うるさい! この世界のチョコは全部美味いんだ! 俺は知ってるんだぞ!!」


 はい。

 普段一緒にいる三人からすら、今のマジャリスさんは変みたいです。

 その理由はまぁ……チョコが使われたパンを食べるからなんだけども。

 記念すべき最初に食べるパンは、リリウムさんがクロワッサン。

 マジャリスさんがパン・オ・ショコラで、ガブロさんが明太バターフランス、ラベンドラさんが宇治金時のカンパーニュ。

 それぞれ焼き戻してのご提供。


「姉貴は?」

「あんパン取って」

「あいよ」


 姉貴は焼かなくていいあんパンを俺から受け取り、そのままパクリ。

 焼き戻しをしない為、誰よりも早くに食べ始めた姉貴に、四人の視線が集まる。


「それの中身は何だ?」

「あんこ」

「……?」

「豆を甘く煮て潰したものです」

「美味いのか?」

「最高」


 いや、いいなぁ、みたいな目で見らんでもろて……。

 ほら、パンが焼き上がりましたよ。


「焼けたか」

「各々の前に持ってきますわね。そ~れ」


 なんて掛け声で、トースターが開き、パンが浮遊し。

 それぞれ、選んだ人たちの前で制止して、着地。

 ……鍋掴みを装備した俺の時間を返せ。


「焼き戻すと香ばしさが際立ちますわね」

「バターの香り。……それから、チョコの強い香りだ」

「ただの食パンがあのクオリティだったんじゃ、こっちも期待できる」

「では、いただくぞ」


 そう言って、それぞれの選んだパンにパクリ。

 ……熱くない?


「むほっ! バターとこの魚卵の違った塩味が土台のパンにいいアクセントになっとる!」


 ちなみに食べる前に明太子については説明済み。

 まぁ、明太とバターの組み合わせは鉄板よな。

 パスタとかにそのまま流用出来るもん。


「やはりパン自体のクオリティがずば抜けて高いですわ!!」


 焼いて表面がザクザクになったクロワッサンを食べ、ご満悦のリリウムさん。

 やっぱり、パン屋さんのクロワッサンって美味いよね。

 それが一番有名になるまであるし。


「何層にもなっている生地が、表面はパリパリ、中はしっとりフワフワでモチモチ。層を重ねる事で、この素晴らしい噛み心地を生み出しているのですね!」

「パン自体……ちゅうか、小麦自体が美味いわい」

「同意ですわね。香りが高く、それでいて味にもほのかに甘みがある。とても上質な小麦なのでしょう」


 やっぱこう、食べ物が褒められると嬉しいよなぁ。

 海外からの評価も高いって聞くし、日本のパン屋は侮れないのよ?


「マジャリス!? 大丈夫か?」


 そう言えば大好物のチョコが入ったパンを食べたはずなのに静かなマジャリスさん。

 その様子を確認しようとしたら、ラベンドラさんの珍しく焦った声。

 すぐに何事かを確認してみるとそこには――。


「最……高……」


 上半身を仰け反らせ、手に持っていたパンは宙に浮かせ。

 上半身の力が抜けて、放心状態になっているマジャリスさん。

 ……あのパンにそこまでさせる力があったか……。


「香ばしくサクサクパリパリとした表面。そこを歯で破ると、口の中から鼻に抜けるバターの香り。そうして固い表面の先にあるのは、柔らかく弾力のある生地と甘さは控えめだが濃厚なチョコ」


 凄い、誰も聞いてないのに自分に言い聞かせるようにレビューし始めたぞ。

 あ、コーヒーと紅茶置いときますね。

 好きなの飲んじゃってください。


「ふぅ……。バターの香りやチョコが紅茶に合うのはもはや周知の事実」

「この紅茶……前回飲んだものと違うな」

「香りがかなり強く、渋味はスッキリ……とてもいいお茶ですわね」


 エルフ組は紅茶をチョイスか。

 今回の茶葉は姉貴に奢らせたウバ茶でござる

 キーマンをこの間飲んだしね。どうせなら、三大茶葉を攻略したいなって。


「ふぅ。このスッキリした苦みがパンに合うわい」


 で、ガブロさんは姉貴が店でブレンドチョイスしたコーヒー。

 酸味を抑えたコクとキレ重視の苦みそこそこ……だそうです。

 どんなブレンドかは知らん。

 ちなみにそんな姉貴はというと……。


「出来た」


 一人で何をしていたでしょう?

 ちなみに俺は姉貴がそんな事出来ると思ってなかった。


「? それは?」

「ラテアートって言ってね、ラテの泡で色々絵を描くの」


 はい、ラテアートやってました。

 と言ってもSNSでバズるような奴じゃなく、葉っぱの模様とか、ハートとか、そんな感じのやつ。

 でも俺は出来ないからな。素直にすごいと思う。

 ……あと、当たり前にコーヒーを焙煎して挽いて淹れたのも姉貴。

 俺に入れろとか言いつつ、自分の方がしっかり出来るんだから世話ないじゃん。


「見て楽しめますのね」

「そ、結構この国だと往々にしてそうなんだよね。まず見た目、みたいな」


 とかなんとか言ってますけど? 目で見て楽しむは料理の基本ぞ?

 ほら、ラベンドラさん見て見なよ。

 後方腕組みシェフ面して頷いてるでしょ?

 ……あ、そういえばラベンドラさんが食べた宇治金時のカンパーニュ、どうでした?


「このパンにはバターが使われていないようだ。だが、だからこそ、この複雑で繊細な香りの邪魔が無い」

「バター無し?」

「美味しいのですの?」


 あんたらのバターに対する絶対的な信頼は何だよ。

 いやまぁ、確かにパンとバターはセットみたいなところあるけどさ。


「うまい。ふっくら、というよりはずっしりとした重量感のある生地だが、だからこそこの香りを強く楽しめる」

「先ほど言ったあんこも入ってますしね」

「なるほど、何の舌触りか分からないものがあったが、あれがあんこか」

「多分そうです」

「チョコのように強い甘さではなく、舌の上でゆっくりと広がる優しい甘さ。素朴だが、そこに確かな美味さがある」


 大好評みたいです。

 そう言えば、抹茶味って味わうの初? 受け入れられて日本人として嬉しいねぇ。

 さて、じゃあ俺もいただきますか。


「カケルのそれは?」

「見たところあまり特徴が無いようですけど……」

「これは塩バターパンです。美味しいですよ」


 ちゃんと人数分買って来てるんで、食べたいならどうぞ。

 焼き戻してカリカリになった表面に歯を立てる瞬間がたまんねんだわ。

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