第44話 閑話 食えぬ相手

「ほっほっほ。まさかこんなに早く呼び出しがあるとは思わなんだ」

「俺らは毎日飯を貰ってくるからな」


 早朝。

 リリウムの転移魔法でグリスト領に飛び、出勤前のダイアンを捕まえることに成功した四人は。

 冒険者の為に早朝から店を始めている酒場に入り、パンだけを注文。

 そして、調理場を借り、ラベンドラが餃子を焼き始める。


「はてさて、一体どのようなものをご馳走してくれるのかの」


 テーブルに着き、ニコニコと微笑むダイアン。

 そんなダイアンへ、


「それにしても、貴方がギルドマスターにまで出世しているとは思いもしませんでしたわ」


 小さく、ダイアン本人にしか届かない声で言ったリリウムは。


「ドビンバに居た頃に目をかけていたお尻の青い魔法使いが、まさかここまで大きくなっているだなんて」


 と、口元を押さえてそう言って。


「人間にとっては短くない時間が過ぎ去った。小生が小僧から皺まみれの爺になるくらいには、の」


 その事を意にも介さず、ダイアンは笑う。

 その笑い顔は、どこか子供のような面影を見せていた。


「待たせたか?」

「少しも待ってはおらんよ」


 と、餃子を焼き上げたラベンドラがテーブルに運んできて。


「これはまた不思議な見た目じゃのう。……何かを生地に包んだ料理か」

「具にはガーディアンシュリンプの身やカラフルスワンプトードとスノーボアの肉を細かく切って混ぜたものが入っている」

「ふむふむ。では、頂くとするか」

「待て」

「?」


 早速食べようと手を伸ばしたダイアンを制し、ラベンドラは懐から何かを取り出す。

 それは、瓶に入った黒く透き通った液体。


「フィックストレントの根を煮出したものにカジュの実を漬け込み、そこにボッツをすり潰して加えたものだ」


 それを、焼き上げた餃子へとかけていく。


「これは?」


 ダイアンは、その液体を薬指で掬うと、口元へと運び。

 ぺろりと舐めて味見。


「……ん。一瞬、鋭い酸味が襲うが長続きはせず、そこから風味のある塩味が広がる。……鼻に抜けるさわやかなカジュの実の風味がたまらんのう」

「これが例の料理人から教わった調味料――ポン酢だ」

「ポン酢……」


 そうしてラベンドラからフォークを受け取り、さっそく餃子の一つを突き刺すと。


「では、頂くぞ」


 一口で頬張った。


「…………う~む。美味いのぅ」


 ゆっくり、噛み締める様に咀嚼したダイアンは、にっこりと笑顔を咲かせる。


「話だけ聞くと肉が重いかと思ったが、かけられたポン酢なるもののおかげかさっぱり食せる」


 そう言ってパンにかぶりつき。


「パンとも合うのぅ」


 と言ってご満悦。

 その様子を見た四人はお互いに顔を見合わせて。


(気に入ったようだ)

(大丈夫そうですわね)


 とアイコンタクトを送り、自分達も食べ始める。

 

「ガーディアンシュリンプの方も美味い」

「肉も魚介系も美味いのは凄いよな」

「ある程度は万能な調理法のようだぞ」

「サーカスクラブの蒸し身などで作っても美味しいのでしょうね」


 と、五人で食べていると貰って来た餃子百個ほどはあっという間に無くなって。


「ふぅ。朝から美味なものを馳走になったわ」


 口元を拭きながら、そう言ったダイアンは。


「ところで相談なんじゃが――」


 ラベンドラを真っすぐに見つめると、


「このポン酢とやらのレシピ、売るつもりはないかの? もしよければ我らギルドで買い取らせていただくが?」


 食事中の雰囲気が吹き飛び、一気に仕事の顔へと変貌する。


「無論そのつもりだ。何のためにわざわざ調合まで教えたと思っている?」

「ほっほっほ。結構結構」

「だが大丈夫か? 料理士のギルドも存在するのに、冒険者ギルドでレシピを買い取ってしまって」

「そこはホレ、小生の腕の見せ所と言う奴よ」

「安心していいですわよ? ダイアンは昔から魔法よりも口の方が上手だったんですもの」

「ハイエルフと比べられては、我ら人間はみな魔法が不得手になってしまう。……さて、朝から美味いものを頂けた。ご機嫌でギルドに向かうとしよう」


 そう言ったダイアンは、ラベンドラからポン酢のレシピの書かれた紙を受け取ると。


「買い取り金額は追って伝えよう。なぁに、新たな調味料と聞けば料理士ギルドも手に入れようと躍起になるはず。絶対に納得出来る金額を渡せることを約束する」


 四人へ手を振り、一礼し。


「では、『OP』枠からの脱却、応援しておるぞ。近いうちに新たな依頼を頼まれるじゃろ」


 そう残し、どこかへと『転移』していった。

 その事実に、


「人間でも転移魔法を操れるやつが居たのか?」


 目を丸くしたマジャリスは、リリウムへと振り返る。


「自分の行ったことのある場所にしか飛べない、長距離の転移は不可能、と、私たちの操るものに比べれば大きく見劣りしていますわ。――それでも、人間にとっては希少でしょうけど」


 質問を投げられたリリウムは、マジャリスへとそう返し。


「さ、私たちも戻ってダンジョンへと向かいますわよ。カラフルスワンプトードの次の食材を調達しませんと」

「そうじゃな。次は何を狙うかのぅ?」

「ガーディアンシュリンプを使った料理が個人的にかなりヒットした。可能ならキャッスルロブスター辺りを狙いたいが」

「俺たちが入れるダンジョンに、キャッスルロブスターの発見報告がある場所なんてあったか?」

「聞き込みをして、なさそうなら適当なダンジョンに入りましょう? どんな食材でも、カケルなら美味しく調理してくれますわ!」



──────


フィックストレント:森などに生息する生きた樹木。枝の数が丁度15になる様に分かれており、そこからこの名前が付いた。

栄養などを地面の下にある根に蓄える性質があり、調理ではこの根を煮出して使われる。

どのような栄養を取ったかで根の煮汁の味が変わるため、地域ごとに味の差が生じる食材。

実も付けるが根の煮汁のように味は濃くなく、どちらかと言うと水分補給の目的で採られることが多い。

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