第3話 微妙すぎる距離感
「ハァ~……」
「……『巡り行く運命の狭間に
主君と騎士は出逢いて
奏で合う律動の軌跡に
忠義は夢幻爪弾く』」
「その台詞本当好きだよなお前」
「だって……かっこいいし。ごくごく、お代わりだ!」
出張販売から数日後、エリス達はアーサーと一緒に暮らすことになった。他の村人からは好奇の目で見られていたが、それも次第に落ち着き受け入れられていった。
――剣が光を纏うとか、連れている犬が出たり消えたりするとか、鎧と私服を瞬時に切り替えられるとか、そのような事情を知らない村人達には。
「どうだ。お気に入りの台詞を言って、気は落ち着いたか」
「もーちょいもーちょい。んぐっ、んぐっ……ああ~……」
「あなた、本当に大丈夫? こんな調子じゃこの先やってられないわよ」
「いやあ……うん。大丈夫。大分持ち直した……」
そんな一変した日常の昼下がり、ユーリスはホットミルクに愚痴を混ぜ込んで飲み干していた。ジョージとエリシアとクロも一緒である。
「ねえねえ、ジョージとクロはどうよ。同じナイトメアとしてアーサーのことどう思ってるの」
「……よくわかんないにゃ、あいつ。一切表情変えないし、会話も必要最低限しかしないし」
「俺も全く同意見だ。何も言わずに黙々と仕事を……あ、仕事を手伝ってくれるのはいい所だな。まあエリスに言われないとやらんが……」
「そうなんだよ~~~、そこなんだよ~~~」
本日五杯目となるホットミルクを飲み干す。
コップをエリシアに渡すとすぐにお代わりが注がれる。
「まあうん、正直彼はすごくかっこいいと思うよ。エリスにお似合い。もうエリスは可愛いから仕方ないって思うことにしたからそれはいいの」
「でもさ、自分はエリスの騎士だって言うけどさ、それだけなんだよ。頑なにそれしか言わないの。じゃあナイトメアなのかって聞いてもまともな答えは得られないし、仮にナイトメアだとしてもぽっと出の奴だよ?」
「素性がわかんないのに任せられる??? そもそも出会い方があまりにも運命的だから我々しれっと受け入れてるけど、ナイトメアだって一切証明されてないからね???」
「もしもナイトメアじゃなくって魔物か何かの一種だったらどうすんのさ??? どうにもエリスがとんでもないことに巻き込まれるような気がして僕はそれが――」
「……ねえあなた。お客様が来たみたい」
「……本当かい?」
ユーリスは目を細めて村へと続く道を見つめる。
そこには人影が二つあり家の方へと向かって来ていた。
「ああ……ありゃあこっちに来るな。皆で来客の準備をしようか。納まれ納まれ」
ユーリスが呼びかけると、ジョージとクロは忽ち魔力の奔流に姿を変える。そしてそれぞれユーリスとエリシアの身体に吸い込まれていった。
「ととっ……ジョージ急に来るな! 転びそうになったぞ!」
「はいはい、もう身体に入っちゃった相手に悪態つかないの」
「昔々、ログレス平原のどこかにフェンサリルってお屋敷があってね」
「……」
「そこで出会った一組の男女がこの村にやってきてね」
「……」
「苺の栽培を始めたからこの村は栄えた……っていうおとぎ話があるの」
「……」
「ワン!」
「……あ、ありがとう……ワンちゃん」
エリスはアーサーに話しかけながら村を散歩している最中。今は集落から少し離れた小道を歩いている。
「着いたよ、これ見てみて」
「……岩か」
「うん、岩だよ」
到着したのは小高い丘にある大きな岩だった。岩は二人の身長よりも少し高く、階段が設置されて頂点を見ることができるようになっている。
二人は階段を上り岩を観察し出す。
「ほら、ここ見てみて。ここに横長の穴が空いているでしょ?」
「……」
岩に手を当て、エリスは穴を指差す。そこには綺麗な長方形の穴が開いている。最近雨が降ったのか中には少し水が溜まっていた。
アーサーもエリスに続き穴を観察する。白い犬も興味津々で首を上げるが、どうしても届かない。
「昔この岩には剣が刺さっていたんだって。岩に刺さっている剣なんてありえないから、その剣は女神様が作ったとか言われていたんだって。その剣がどこに行っちゃったのか誰もわからないけど……」
エリスは言いながらアーサーを一瞥する。
「もしかしてアーサーの持っている剣がそれだったり……しない?」
「……」
彼は何も答えない。静かに穴を見つめているだけである。
「まあそんなだから、この岩は村の観光名所とかになってるんだよね。あとはさっきのおとぎ話とかでそこそこ人が来るんだ。今日は雨だから誰もいなかったのかな……」
エリスは説明を終え、階段を下りていく。勿論アーサーと白い犬もそれに続く。
「えーと……もう一度村に戻ろうか、アーサー」
「ワン」
「……」
白い犬がやや小さめな声で吠え、それに反応したアーサーも階段を降りる。
そして二人と一匹は集落に戻ってきた。木でできた家が立ち並び、石畳が整然と敷かれている。中央には噴水があり、その周囲には移動式の屋台が立ち並ぶ。
「あらエリスちゃん。今日はカレとお散歩?」
「あうう……その言い方やめてくださいってばぁ……」
「照れなくていいぞ照れなくて! わしらはそういうの大好物だからな!」
「はぁ……」
噴水近くの屋台の前で二人と一匹は止まる。そこの店主と猿が話しかけてきたからである。そこはアイスキャンディーを売っている出店で、色とりどりの商品が陳列されている。
エリスが品定めをしている間、アーサーは奇妙な物を見るように、猿をじっと見つめていた。
「えっとね、あのお猿さんは店主さんのナイトメアなんだよ。だから喋るの。喋らないナイトメアもいるけど……あ、アイスキャンディー二つください。苺味で」
「あいわかったわ。お代は青銅貨二枚だけど今回はサービスよっ」
「持ってけ泥棒! いやカップル!」
猿がアイスキャンディーを渡そうとした瞬間。
「うきゃーっ!?」
「わっ!?」
エリスと猿の間に何かが転がってきた。
それは次の瞬間近くの家の方に向きを変え、柵にぶつかり動きを止めた。
アーサーは怪訝な視線をそれに向け、臨戦態勢に入る。
「待って、待ってアーサー、あれは敵じゃないからっ」
「……メル! 何やってんだよおおおおおおっ!」
転がってきた方向から若い男性が駆け付け、未知の物体に駆け寄る。
それは黄色いアルマジロだった。勢い良く転がり壁にぶつかった衝撃で、絵に描いたかのように目を回している。
「いやすみません! こいつ僕のナイトメアなんですけど、何を思ったのか丸まったまま坂の方に向かいまして……!」
「いえいえ、無事なら大丈夫ですよ。怪我もありませんでしたし」
「よかったよかった、でもってこっちは……おや、エリスちゃんじゃないか! びっくりさせちゃってごめんね!?」
「いえ、もう大丈夫です。それよりもメルのこと労わってあげてください」
「そうさせてもらうよ。それでは!」
男性は一礼して小走りで去っていった。
「ね、敵じゃなかったでしょ?」
「……」
エリスはアーサーに言ってみるが、彼は納得し切っていない表情を浮かべていた。白い犬は彼の足下で、他人事のように自分の尻尾を追いかけ回している。
「……あ、アイスキャンディーもらっていいですか」
「……おうよ! 改めて持ってけ!」
「はい、それじゃあありがとうございました」
「また来てくださいね~」
猿はエリスに苺味のアイスキャンディーを二つ渡す。エリスは片方をアーサーに渡し、近くのベンチに座った。
「猿とかアルマジロとか、色々見たでしょ。あれがナイトメア。十二歳になったら与えられる自分だけの友達だよ」
「……」
二人はアイスキャンディーを食べながら噴水広場を観察する。
広場を行き交っているのは商売をしている者、音楽を奏でる者、絵を描く者、特に何もせずだらけている者、実に様々だ。
そしてその一人一人には、大抵『何か』がそばについている。それは動物だったり、魔物だったり、精霊だったり、果てには無機物だったりと多種多様だ。
そういった人以外の存在が、人を支え、語らい、共に生活している。イングレンスとはそういう理の下に成立している世界なのだ。
「一応ナイトメアが使えている人間のことを指して主君って言うらしいけど……そういうのわたしはあまり気にしていないから。どっちかっていうと……友達になってほしいな」
「……」
「……うん」
アーサーはアイスキャンディーを食べ終え、広場を眺めていた。エリスはアーサーの顔を見て話しかけるも、すぐに黙ってしまう。
沈黙が二人の間に訪れ、広場を観察することを勧めてきた。
(……これでよくないよね……こんな気まずい感じじゃ、この先が辛いよ……)
(わたしの元にやってきたからナイトメア……ってことにしているけど。叙任式を経ていないから、本当にそうなのかもわからない……)
(一体どうやって、アーサーと接すればいいんだろう……)
ゆっくりと瞬きをしながら次の言葉を考えていると、視界に見慣れた姿が入った。ジョージとクロである。
「エリス、ここにいたかにゃ……シャァー!」
「ワンワンッ!!」
クロと白い犬は、出会って早々互いに威嚇をし合うが、ジョージがそれを牽制する。
「クロ、今はそんなことしてる場合じゃない。おいエリス、お前に客が来ている」
「……わたしに?」
「ああ、あとアーサーとそこの犬っころにもな。とにかく一緒に家に戻るぞ、キャンディーの棒はそこら辺に突っ込んどけ」
「うん、わかった。それじゃあ行こうか、アーサー」
「……」
二人は立ち上がり、近くにあったゴミ箱に棒を捨てて家に向かう。
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