二節 魔術戦

第276話 ローザ・エンシス

「ちわーっすトレック様ー」

「何の用事だクソチビ」

「うむ、まあ……そこに座れ」




 言われた通りに、応接室のソファーに座るローザとアルシェス。




「何すか何すか? 紅茶の用意なんてされて。随分と物々しいじゃないっすか?」

「接待して面倒臭い案件引き受けさせようってもそうはいかねえぞ」

「……これを見ても同じことが言えるか」




 そう言ってトレックは、書類を二人に渡す。






「……」

「……」






 それらを読み進めていく度、二人の表情が強張っていく。




 読み終えた時にはどちらも青褪めた顔をしていた。






「……ここに書いてあること、マジなんすか?」

「医術師は本当のことしか書かん。治療の方針に関わるからな」

「ですよねぇ……」


「……何でだよ……」




 ローザは膝を強く掴み、




 机を何度も叩き、




 そして、悔し涙を滲ませていた。






「何で、何で、どうして……臨海、遠征、でっ……くそ……」

「……」




「おいチビ、この案件私にやらせろ――いや、元から私にやらせようとして持ってきたんだな?」

「そうだ……学園からの要請だ。お前がカフェであの子と語らっていたという話があってな。それで、お前なら安心するだろうと……」

「……」




 はっとした表情になったのも束の間、誤魔化そうと紅茶を一気に飲み干すローザ。


 味に慣れていないのか、苦そうな表情に変わった。




「んでも、ローザは次のアルーイン……あー。俺に代われと、そういうことっすね」

「お前の話も聞いている。聖教会の人間に散々困らされていると。暫く離れられると思った矢先に済まないな……」

「いやいや。俺が困るのとあの子が困るのだったら、俺が困った方が十分マシっすよ。それが宮廷魔術師、あるべき大人の姿ってもんです」


「……アルシェス」

「つーわけだローザチャン。メンドイ仕事はぜーんぶ俺に任せて、あの子のこと頼むわ。俺にできるのはそれぐらいだ」

「……言われなくても、はなっからそのつもりだよ」











 夏が終わって暦は九月。楽しいことも為になったことも、様々なことがあった臨海遠征の経験を胸に、気を引き締め直して勉学に励む――






 それができたら、どれだけ幸福だったことだろうか。










 

 この日、ローザ・エンシスは数年ぶりに眼鏡を外した。


 普段使っているあれは、レンズが入っていない伊達眼鏡。眠そうだのサボりそうだの言われるので、頭良いアピールのために付けている。


 そんな彼女が眼鏡を外す時は、気を引き締めなくてはならない大一番の時。




 そして今日がそれだと判断したのだ。











「……ローザ・エンシス。患者との初回面接の為、王立診療所に参った」

「ああ、ローザ様ですね……はい、患者は――」




 エリス!!

 落ち着いて!!




「――!!」




 エリス!!

 アーサーとイザークだ!!

 あいつじゃない!!




 エリス、ここはグレイスウィルだ!!

 もうアイツに襲われる心配はねえんだ!!




 だから落ち着いて――クソッ!!

 このままじゃ……!!




 




「この声は――!」

「三〇一号室からです!! 該当の部屋には――」

「どけ!!!」




 通路の人々を押し退け、ローザは走る。













         ――!!! !!!、――!!!




「っ……」

「イザーク!!」

「悪い……ボク、ヤベえことしちゃったなあ……」




           ――――、!!、――!!




「エリス……もう、終わったんだ、何もかも――」






「――てめえらちょっとどけろ!!!」






 鬼気迫ったローザが扉を開け、




 そして流れるようにネムリンを呼び出し、エリスに近付く。






「ローザさ……「黙ってそこで見ていろ。先ずは口出しをするな――」






 ベッドの上で暴れ回り、拒否反応を示していたエリスは、




 ネムリンから放たれる魔法によって、徐々に落ち着きを取り戻す。






「よーし……いいぞ、いいぞ……そのまま横になろうな……」






 ローザに手を取られ、呼吸を安定させながら、ベッドに横になっていく。




 呼吸を荒げているが、その間一切






「そのまま、目を閉じたまま聞いてくれ。私はローザ、宮廷魔術師のローザ・エンシスだ。色々縁があって、お前の治療を担当することになった」




「今日来たのは初回面接、お前の治療の方針に関する話をする為だ。それについてなんだが……」




「おい、目を開けて――ああそうだ、そこにいるのはアーサーとイザークだ。カタリナもいる。お前の友達だな。私も知っているし、お前もよくわかっている」






「でもな、心や頭はそう思っていても、身体は言うことを聞いてくれなかったんだ。今のお前はそういう状態なんだ。それについても話をするんだが――」






「今は大丈夫でも、またさっきのように拒否反応を起こすかもしれない。カタリナは同席してもらう。だがアーサーとイザークにどうしてもらうかは、お前に決めてもらいたい」




「別に二人には出て行ってもらってもいい。その場合は、後で個別で説明しておくからな。一緒に聞きたいっていうのなら、それでもいい。また拒否反応を起こしても、私がこうして対処してやるからな」




「んじゃあ……決まったら指を上げてくれ。二人共同席していいなら右手の親指、無理なら人差し指だ」






 エリスが考え込んでいる間、





 ローザはアーサーとイザークに向かって、申し訳なさそうな表情を見せる。





 そして数十秒後、





 大きく深呼吸をしながら、エリスは右手の親指を上げた。

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