第548話 ルシュドとキアラの初デート
それから更に日時が過ぎて翌週土曜日。そろそろ生徒達が前期末試験に向けて焦り出す所であるが、そうでもない日もまた大切なのである。
「……」
「……」
「お、おはよう」
「こ、こんにちは……えへへ」
薔薇の塔の一階ロビーで待ち合わせていたのは、ルシュドとキアラの二人。
ルシュドはよそいきのワイシャツとスラックスに身を通し、キアラはゆったりとした袖のブラウス、絹でできた白いスカートを着用していた。
誰がどう見ても、おしゃれにこしらえたデート用の服である。
「じゃ、じゃあ……行こうか。どこに? えーと、おれ、忘れちゃった。確か……」
「先輩落ち着いてください……私が言えたことじゃないんですけど」
「あ、買い物。お揃い、買う」
「そうです……今日はお小遣いたっぷり持ってきましたから。城下町で何か買いましょうね……」
「そ、そうだ。おれも小遣い、持ってきた。い、行こう」
「はい……」
優しくエスコートしてされて、二人は塔を出ていく。
そんな雰囲気で城下町に向かっていく二人を、追跡する影が六つ程――
「見ろ! 見たか! あの二人結構いい感じだぜぇ!」
「うふふ、見てるこっちも恥ずかしくなっちゃうわぁ~」
「……ルシュドの奴、結局いつものツンツン頭で行ってしまったけど」
「マジでどういう原理してんだろうな……どれだけ水付けても変わんなかったぞ」
「ふふん、やはりキアラは可愛いです。ぼくがコーディネートした甲斐がありますね」
「押しつけがましい感じもしたけど、結局それで正解だったね!」
先ずナイトメアであるジャバウォックとシャラ。別にデートにはナイトメアを置いていくという規則はないのだが、こうして傍観している方が二匹の性に合ってるらしい。
続いてアーサーとイザーク。今朝ルシュドの着替えを手伝って、その流れで最後まで見守ろうという話に。
最後にセシルとファルネア。セシルが一枚噛んでるのは彼自身も述べた通り。ファルネアはルームメイトとしての付き合いである。
「にしても城下町かあ。何買うんだろうな」
「アクセサリーでも買うんじゃないですか? おデートの鉄則ですよ」
「アクセサリーか……オレもこの機会に店を把握しておこう。自分の時に役立つかもしれない」
「エリスせんぱいとのイチャラブに備えてですね!」
「レディがイチャラブなんて言葉を使うんじゃないわー!!!」
それだけ叫んで帰っていくリップル。
お陰で追跡していた二人が、その声が聞こえたようで一瞬振り向いた。
「あああああー……!!」
「しっ!!」
呼吸ごと気配を殺すことにより、どうにか気付かれずに済んだ。
「……おいクソ妖精!! オマエ今は空気読めよ!!」
「そんなの知らないわよクソ茶髪!! クソみたいな「やめようリップル!!! 主君命令!!!」
「……優雅なレディとは一体」
「ほれ先行っちまうぞぉ」
城下町はいつも通りの赤煉瓦と石仕立ての優美な建物が並ぶ。その中を歩けば自然と心も踊るものだ。
「先輩……」
「何だ?」
「私、ちょっと不思議な気分です……」
「そ、それは、どうして?」
「えっと……先輩といるから、かな? 見慣れている城下町なのに、何だか新鮮に感じます……」
とか話しながらのんびり歩く二人。当然のように恋人繋ぎだ。
<凄いわかる
<アーサーもやっぱそうなのか
<それっぽい会話だなぁー!
「あ……ロリポップキャンディですって」
「買おうか。おじさん、二つください」
「はいよー。味は何にしますかね」
「え……えと……」
「い、苺と檸檬で!」
「はいよー。銅貨二枚だ」
手に持てるように棒がくっついた、それなりに舐め応えがありそうな球状のキャンディが渡される。
<新商品かしらぁん?
見たことないわね
<美味しそう……
<後で買いましょうファルネア
「喉に棒を詰まらせると大変だから、ベンチに座って食べましょう」
「あ、果実水もある。おれ、買ってくる」
「味は桃でお願いしますね」
「うん」
そうして二人は暫く休憩を取ることに。
<ソフトクリームうめえ
<レモネードも買ってきたわよ~ん
<お前ら……
「……」
「……」
「せ、先輩、あの……」
「ん゛っ!!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、えーと、びっくりした。何かな?」
「わ、私、行きたい店があって……」
「どこですか? あ、えっと」
「そ、そこの店です……」
キアラが指差したのは自分達から見て北西方向。広場に面接する形で、その店はディスプレイを展開している。
「帽子?」
「はい……ここから見た限りだと、色んな帽子を売ってるみたいです。男性用も女性用も……」
「……」
「私、ちょっと気になる帽子を見かけまして……それで……」
「……おれ、帽子、被れる……?」
自分の髪を触りながら言うルシュド。
「で、でも、帽子以外にあるかもしれませんよ。ヘアアクセとか……」
「そ、そうか。じゃあ見に行こう……」
「はい。キャンディも食べ終わりましたしね」
「ゴミは、ゴミ箱! よし!」
こうして立ち上がり、店に歩いていく二人。一方で追跡者達は緊急の作戦会議を強いられる。
「……流石に買いもしないのに店入るのってどうなん?」
「城下町だから周囲をうろつくのも駄目でしょうねえ」
「なら一旦休憩して昼食にするか……」
「チキンステーキの屋台があります!」
「おっとこれは……見たことない料理です。ガレット?」
「すげえ、めっちゃ硬そう。でもホイップクリームもりもり入ってるな」
「じゃあこれとレモネード追加購入すっか~」
「いくら何でも食べすぎな気が……」
「いらっしゃいませ~」
帽子の店に入った二人は、すぐに店員に挨拶をされた。店内には客が数人いたが、いずれも大人である。
「あら、珍しい系統のお客さん。学生さんかしら?」
「はい! そうです!」
「そうでしたか~。ここは学生さんにもお気に召すようなカジュアルなアイテムが並んでますので、ごゆっくり見てくださいね」
「ありがとうございます……」
「でもそうですね……先ずは一つだけ、商品を紹介させてくださいね」
「?」
店員は会計口の近くに向かい、
中から色のそれぞれ違う瓶を九つ持ってきた。
「これはね、整髪料なんです。お兄さんはちょっと帽子を被るのに苦労しそうなご容姿ですけど、これを付ければ忽ちぺたんこに~」
「で、でも、効果ないです。何度もやりました」
「大丈夫です、これなら効果出ます。この整髪料は最新式でして。八属性の魔力がそれぞれ込められていて、自分に合った属性を選択できるんです。すると属性の親和効果で頑固な髪にも効くってわけなんです~」
「ほうほう……」
九本のうち、赤い火属性の整髪料に視線が向かうルシュド。
「一旦試してみます? それで気に入ったらご購入ということで」
「お、お願いします」
「わかりました。では試着室にどうぞ~」
「私はその間、帽子を見ていていいですか? 先輩に合いそうなのも選んでみますね」
「あ、ああ構わない。よ」
二十分後。
「どうです? 効果覿面でしょう?」
「す、凄い……!」
あれだけ頑なに尖り続けていた髪が、自分でも驚く程平坦に。これまでにない髪型に目を疑ってしまう。
「でも触らせてもらってわかりましたけど、お兄さんかなり火属性の傾向が強いようですね。整髪料切れたらまた元に戻ります。一度付けたら一ヶ月はそのままって人もいるにはいるんですが、お兄さんは一日で戻りますね」
「そ、それは、よかった。あっちの方、落ち着く。うん」
「では帽子も被れるようになったということで、改めてごゆっくりしていってくださいね」
「あ、これ買います。三本」
「ありがとうございます。もしも無くなっちゃっても、地上階や第四階層、第二階層とかにも取り扱っているお店あるので、そちらでも大丈夫ですからね~」
「ど、どうも……」
こうして試着室から出てきたルシュド。その変貌ぶりにはキアラも目を丸くした。
「せ、先輩……」
「えー……似合う?」
「似合います、とっても……! 普段の髪型も素敵ですけど、今の髪型も素敵です!」
「えへへ……」
手編みの籠にはキアラが選んだ帽子が幾つか入っている。ルシュドはその中でも、一際黒い帽子に目を留めた。
「これ……おれに?」
「はい! 先輩ってやっぱり黒ってイメージだから、黒い帽子にしてみました。キャスケットっていう種類なんですって」
「キャスケット……」
手に取って被ってみる。紺色の髪に、黒くて前日差しのあるやや丸く膨らんだ帽子が、ちょこんと乗っかる。
近くの台に鏡が置いてあったのでそれを使って確認も行う。
「に、似合うかな?」
「とっても……素敵です……」
「そ、そうかそうか……えへへ……」
籠の中にはまだ帽子が入っている。形は様々だが、色は明るい色が多い。
「これ……全部、買う?」
「あ、えっと、その……先輩に選んでほしいなって……」
「……おれに?」
「はい……」
「……」
心臓は高鳴る。体温は上がる。
身体が起こす反応全てが、幸福であることを実感させてくれた。
「じゃ、じゃあ、ここに……」
「……よろしくお願いしますっ♪」
「うっ」
そして彼女は可愛い。
「いやー食った食った」
「昼寝がしたいぜえ」
「本来の目的忘れてないかオメーら」
「珍しくイザークがまともだ」
「オメーらがまともじゃないからそうならざるを得……あっと!!」
ばっと立ち上がったイザークが全員を魔法で移動させる。
「あーソフトクリームが!! 落ちた!!」
「出てきたぞ!! このタイミングで!!」
「え゛っ!!」
わらわら物陰に隠れながらも、店から出てくる二人を目撃する。
「おお、おお……?」
「な、何かルシュドが別人……?」
「み、見ろ! あのツンツン頭がぺたんこに!」
「ルシュドせんぱいもですけど、キアラちゃんもかわいい……!」
黒のキャスケットを被った紺色の髪の少年と、橙色のクローシュを被った朱色の髪の少女が、
二人揃って仲良く店から出てくる――
「えへへ……」
「へへへ……」
「……似合ってますよ、先輩」
「キアラも。とっても、素敵」
「いい……思い出になりました……」
「おれも……嬉しい。えへへ……」
<<<ひゅ~~~~~~!!
「……?」
「どうしました?」
「今、声、聞こえた、ような……」
<<<ひゃーーーーー!!
「気のせいだと思いますよ、きっと」
「そうだな。よし、まだ散歩、しよう」
「はい!」
夏の暑さにも見守られながら、彼の初デートは幕を閉じたのであった。
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