第469話 エリザベス・ピュリアの真意
盗られた。
マーリンに、アーサーを、盗られた。
もう自分の部屋から出たくない。
町の人も騎士や魔術師でさえも、みんなアーサーを讃えている。
マーリンがでっち上げた――虚構の存在。人々が望む理想の騎士。
違う。
アーサーはそんな存在じゃない。
エリスちゃんの友達。エリスちゃんの運命の相手。赤い糸の結ばれた先。
なのに、今はエリスちゃんよりも最も遠い位置に連れ去られてしまった。
魔物の大軍と、謎の巨人の襲撃から数ヶ月経った今。
マーリンはアーサーを連れて、イングレンスのあちこちに遠出している。
聖杯の恵みを世界に齎す為の探索……って、口では言うけれど。
きっとそれは侵略だ。力で服従させた後は、あとは洗脳でもするんだろう。あるいはわざと賊をけしかけて、それをアーサーに討伐させて、神性を高めていくか。
それができるように彼は改造されてしまった。
……認めたくないけど、それができる程の実力を持った魔術師なんだろう。
気付かなかった。気付けなかった。アーサーがいつの間に改造されていたこと。わたしにばれないように隠していた。隠すことができた。
それに、円卓の騎士――恐らくあれはアーサーの魔力構成を元にして生み出した存在。アーサーと同じように感情が籠ってない瞳をしていたから、きっとそうだろう。
そんなのも造ってしまった……しかも八人も。
……敵わないとか、やっぱりあるのかもしれない。
「……お姉ちゃん」
「……ん」
エリスちゃん……また部屋に入ってきた。
「……抱っこしてほしいな」
「わかった。ソファーにおいで」
最近は一人でいることが怖いみたいで、こうして部屋に来る機会が多くなった。
ここに来てからかれこれ三年。でもわたしに甘えてくるのは変わらない。
いつまで立っても可愛い女の子だ。
「……ごめんね」
「……どうしたの?」
「ううん……独り言」
何かもう……どうでもよくなってる
マーリンも出ずっぱりだし……ちなみに今までやってきた彼の業務は、腹心だか何だ
それでもエリス
……
そうして夜になるのを待って……
「……」
町は気持ち悪いぐらいに盛り上がっていた。
どこもかしこも騎士王を讃え、彼の名の元に酒に浸る人間の多いこと多いこと。酒精の臭いでむせ返りそう。
広場が見渡せるような高い場所に座る。隣には既に先人がいて、話しかけてきた。
「ん……お前はギネヴィアか」
「あ……」
路地裏の広場に集まってた子ども達……そのリーダー的な子だ。
「珍しいな、お前がこんな夜に出歩くなんて」
「まあ、何かね……そう言うあなたは何やってるの」
「物乞いとゲボ漁り」
「……ゲボ?」
「酒に酔った連中がさあ、ゲボ吐きながら金貨落とすんだよ。それを漁って頂戴すんの」
「……」
「そいつらって殆どが裕福な騎士や商人だ。別にちょっとぐらいいいだろ」
「そうじゃなくって……わざわざ汚いの漁るって、すごいなあって」
「……こうしないとやってられないんだよ」
彼は硬貨を一枚取り出し弄ぶ。多分これも漁ってきたものだ、ちょっと酸っぱい臭いがする。
「聖教会って知ってるか?」
「もちろん」
「俺の父ちゃんが言うには、あいつらが町を牛耳り出してからおかしくなったらしい」
「……そうなの?」
「昔々は、物が欲しかったら直接交換していたんだって。今ではこの……ヴォンド硬貨っていうのを使わないといけない。使わないと聖教会の連中がケツ叩きに来るんだ」
「……あの角帽子と白いローブの人達だよね?」
単に記憶の中にあるだけじゃない。
今目の前で、酒を飲んだり賭博で騒いでいる人間の中にも、それらがいたのだ。
そうでない人達は、饒舌を振り回して何か物を……売り付けている。
「そうだよ。というかそうか、ギネヴィアは騎士だもんな。知らなくても無理ないか」
「何が?」
「連中の本性だよ」
ゲエエエエエエエエエエエエップ!!!!!!!!!
「……っ!?」
「……来やがった。普段は本部で飲んだくれてる癖に」
「だ、誰が?」
「それは――ああもうだめだ、俺もう行くよ。あいつは世界で一番嫌いだから。じゃあな」
「あ、うん! ばいばい!」
男の子を見送ってから、
正面を、その人物を見遣る。
「オイゴラァ!!!!!!!酒切れたぞテンメエがぁ!!!!!」
「はっ!!! こちら麦酒でございます!!!」
「ガーッグビグビグビグビグビグビ……ンメエエエエエエエエ!!!!」
その人は、女は、
酒瓶を飲み干し、それを投げ捨てた。
屋台に入って、店主と思われる人が悲鳴を上げた。
「エリー様ぁあぁぁぁぁぁ!!!大酒豪エリー様!!!あっしのことを覚えておいでやすか!!!」
「覚えて……ないに決まってんだろうがボケナスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!ヒック!!!!!」
平手打ちが飛ぶ。
飛ばされた男はすぐに立ち上がり、また同じトーンで話しかける。
「ほれ!!!!金貨千枚で聖杯様のションベン買った!!!!」
「ああーん……!?ゲハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!いつかの変態じゃねーかぁぁぁぁぁぁ!!!」
「最近入荷がないもんですから、あっし禁断症状が出ましてよォ!!!!再入荷はいつっすか!!!!」
「それがよぉ!!!私も中々仕入れられなくて困ってんだ!!!何せお付き担当から外されちまったからなぁ!!!週一でしか仕入れることができねええ!!!!!ウイック!!!!!」
……
……
????????????????????????
「ああーん!?おお!!!ご都合よく例のお付き担当がいるじゃねえか!!!!ギャハハハハハハハハハハハハハ!!!!ウイップ!!!」
げっぷを繰り返す。こびり付いた酒精の臭い。
三白眼の青い瞳。濡れてだらりと下がる金髪の髪。
あまりにも、あまりにも豹変していたけど、
眼前まで来られたらわかった。
「私だよ私!!!エリザベス~~~~~~~ピュリアダヨ!!!!!!!ゲーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!おいお代わり!!!!」
「へい!!!」
後ろを歩いていたみずぼらしい男が、また酒瓶を渡す。
それを飲み干したらまた明後日の方向に投げ捨てる。今度は猫が驚く鳴き声がした。
「今の話聞こえてたろぉ!?!?
恐怖よりも、愕然の感情が襲ってきて
「あの小娘の排泄物とか使用済み下着とか唾液が染み込んだ食器とか!!!他にも取り扱ってるけどよぉそっちの方が断然高く売れるね!!!白金貨千枚積んでも余裕で売れる!!!」
「聖教会の教え知ってっか!?!?!?!知らねえよなああ!!!!なら教えたる!!!おめえが大事に世話してるあの小娘を崇拝せよってそんなん!!!信仰すんなら私らが丁寧に金を扱います――酒代や風俗代としてなあああああ!!!!ギャハハハハハハハハハ!!!!」
「信じられねえか?信じられねえって顔してんなぁ!??!!??!?おい!!!!」
「へい!!!!」
脇に控えていた男が走り出す
数分もしないうちに屋台を連れてきた
「何でございましょうかエリー様!!!!」
「おめえ今何売ってたかこの餓鬼に教えてやれ!!!」
「ははあ、お安い御用で!!! こちら女王陛下のタペストリー!!! 口元にキッスしまくってもふやけない特別製でごぜえます!!! こちらは女王陛下の人形!!!裸にして緊縛するのも乙なもんでえ!!! そしてこれは、女王陛下をモチーフにした××××××!!!!」
「おい!!!終わりで良いぞ!!!」
「どうかしやしたかぁ!!!!」
「あの餓鬼尻尾巻いて逃げやがった!!!ゲヒャハハハハハハハハハハハハ!!!!ウエップ!!!!!」
「それは、それは、大層信心深い娘だったんでしょうなあ!!!!」
「「「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」」
「――『聖杯とは、即ち女王なり。イングレンスの世界で最も尊ぶべき存在、守護するべきもの』――」
「とか何とか適当な文句並べとけば情弱は釣れるからなあああああ!!!!!!!滑稽!!!!!」
「そして一部の客相手には、可憐な少女に関するものだと言って売ればいい!!!別の客には御利益で釣って売ればいい!!!!」
イングレンス聖教会、第一にして尊守の教え――
『商売は馬鹿と変態相手にしろ』!!!!!
ゲーッハッハッハッハッハッハッハッハ……!!!
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