第468話 マーリン・グレイスウィルの真意

 そうしてアーサーに色んな物を見せたり、色んな話をしたり、色んな物を食べさせたりしたけど。



 やっぱり感情が豊かになる見込みはなかった。言われたことをただこなして、剣術の訓練を行うだけ。



 また今日もそんな日がやってくる。








「いらっしゃー……ってあら。ギネヴィアじゃないか!」

「うっ……」



 アーサーの所に行く前に、ふらり雑貨屋さんに立ち寄った。おばちゃんがわたしの顔を覚えてくれていて、すぐに会計口から飛び出て抱き締めてくれた。



「何だい何だい、普段なら抱き着かれたらわーとかぎゃーとか言うのに」

「……」


「悩みでもあるのかい? あったら聞くよ、私達の中じゃないか!」

「うう……」






「……悩んでいるんですけど、それはちょっと言えなくて」



「なので、その、泣くだけ泣いてもいいですか……」




「……わかった。私の胸の中で好きなだけお泣き」



「わああああ……」








 ああ……気分がすっきりする。



 しばらく、それこそ月単位で店に顔出せていなかったのに、こうして迎え入れてくれて……



 ……追い詰められていたかな。思考が整理されていくよ……






「……ひっく」

「満足したかい?」

「あい……」


「そっかそっか……んじゃ、何か買ってくかい? 安くしておくよ?」

「……すみません。大丈夫、です……また今度来ます」

「あいよ。辛くなったらいつでもおいでね。私達はあんたの味方だよ」

「はい……失礼します……」






 もうちょっとだけ甘えたい気持ちを抑えて。



 わたしは店を後にする。






 わたしはもうわたしだけの存在じゃない――



 アーサーを造り出した者として、彼のことについて責任を持たないと。








「……ん……」




 ふと顔を見上げると、その先には路地裏。


 男性が一人、脇目も振らずその奥に入っていく。


 その人は銀髪だった。




「……マーリン様?」








 足が動く。




 どうしてだったのか、今でもわからない。




 けど、その先に行かないといけないって、そんな気がしていたんだ。


















「……ここはあまり来ない路地裏だな。一際貧しい人が住んでいるんだ」



               ぬちゃ、ぬちゃ、



「怪しいと店とかは……ない? おかしいな、あってもおかしくはないけど。なくてもおかしくはないけど」



               ぐちゃ、ぐちゃ、



「ああもう、道が結構多い……悪漢に襲われるの怖いから、さっさと用を終わらせて……」



                  ぱん、ぱん、








     ぱんぱんぱんぱんぱん








「……」






「あっ、ああっひぃ……」

「……」

「や、やめ……い゛だい゛……」

「……」

「あ゛っ……あ゛っ……」








        これは何



        何が行われてるの




        何で



        小さい男の子と



        そんなことしてるの








「……ふう」




「……!!!」








        やめて



        目を合わせないで



        見開かないで



        なんて言えばいいの






      わかんない



     信じられない



     下半身丸出しで    美しい目鼻立ち



       何をしているの








「……貴様」








        殺される



      杖を手にした



    でもわたしより  気にすることあるでしょ



    男の子    白い物    出てる



      後ろで倒れてる男の子も



    おじさんも  お婆さんも

お姉さんも  お兄さんも



     全部そうするつもりだったの




         ねえ




       何もわからない











『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』











「……はっ!?」

「……」






 その叫び声でようやく我に返れた。



 建物が揺れる、地面が揺れる、人の心を震撼させる怒号。



 魔物にしては大きすぎる。群れでも来たのか? いや、町には結界が展開されている。そもそも凶悪な魔物は周辺に来ないはずだ。







「くそ……」

「あっマーリン様!! わたしは……」



         があっ!?



「あ……あ……」






 この人……さっきのことがばれたくなくて……



 わたしを、気絶、させ……
















 ……りだ




 ……おわりだ




 もう、何もかも、終わりだ……








 何で、何でなんだ!? 奴は遥か昔に、創世の女神が倒したんじゃなかったのか!?




 死ぬんだ……!! 死んでしまうんだ!! 




 ああ、聖杯に願わないと……!! どうかあの、忌々しき巨人めを殲滅してくださいませ……!!











 見ての通りだ。民達は今、絶望の状態にある。




 だからお前が戦う時なのだ――私が教え込んだ術を用いて、連中を殲滅するのだ。




 一人にはさせん。円卓の騎士達も連れて行くし、私も同行しよう。




 だが……






 人々はお前を望んでいる




 あらゆる脅威に立ち向かい、破滅から護ってくれる、




 大いなる騎士を
















「……うう」




 やっと気付いた。



 町の雰囲気は変わって……いや、路地裏じゃ何もわからないか。でも倒れている人はずっと倒れたままだ。



 ここは一つ、研究の副産物を……






「……風で浮かんで、屋根の上へ」




 選定の剣カリバーンから魔力を吸い出す過程で、疑似的な魔法が使えるようになった。ちょっとした移動や引き寄せならお手の物だ。


 元々魔法を使う素質なんてないから、戦闘となるとテンパるんだけどね……








 でも屋根の上に上るなら十分だ。








 そこに広がっていたよ。








「……!」








 町に向かってくる壁。大勢の魔物が為しているのだと理解できた。



 その後ろ――





 町を取り囲む壁よりも、遥かに大きい存在。



 巨大な人間が迫ってきていたのだ。





 ……おとぎ話の絵本でしか見たことのない、巨人だ。






「……視力強化!!」






 見ないといけないと思った。




 その巨人の顔の近くを飛び回っている存在。




 僅かに感じた嫌な予感は当たってしまった。




「アーサー……アーサー!!!」











 咄嗟に風を起こした。




 自分に対して追い風を吹かせて、押し出すだけの稚拙な魔法。




 けれども戦場に赴くには十分であった。








「ぐっ……ああっ……!!」



 地面に叩き付けられた痛みを選定の剣カリバーンの力で無理矢理相殺。



 そして戦場を見遣る――











「うおおおおおおおお!!! 俺達も続けー!!!」

「アーサー万歳!!! 騎士王万歳!!! 円卓の騎士万歳!!!」




           な




「ああ、偉大なる騎士王様!!



 我等をお守りくださり、感謝致します……!!」




           ん




「ガウェイン卿に続けー!!! 我々も戦果を上げるぞー!!!」

「パーシヴァル卿!!! 救援感謝致します……!!!」




           だ




「ガラハッド卿!!! 我々と共に参りましょう!!!」

「ベディヴィア卿!!! 今日もお美しい!!!」




           こ




「ケイ卿!!! この戦況、如何にして切り開きますか!!!」

「ガレス卿!!! こちらの支援をお願いします!!!」




           れ




「ランスロット卿!!! 夫よりも素晴らしいわ!!! 抱いて!!!」

「トリスタン卿ーっ!!! 何かもう色々クールーッ!!!」











?????????なんだこれ??????????











「万歳!! 騎士王様万歳!!」




 こ




「偉大なる騎士王!! 騎士達を統べる王、アーサーよ!!!」




       い




「円卓の騎士万歳!!! 騎士王に仕える騎士達に栄光あれ!!!」




             つ




「我等が騎士王に栄光あれ!!」




                    ら




  うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


      わああああああああああああ!!!!


     きゃあああああああああああ!!!!


       があああああああああああ!!!!


    あああああああああああああああ!!!!






「騎士王! 騎士王! 騎士王!」




「我等が守護者よ! 邪智を振り払い暴虐を退ける、神聖なる恩寵の護り手よ――!」













?????なんのはなしをしているんだ?????
















 わたしがその光景に呆気に取られている間に。



 地面が揺れる。



 それは、何か大きな物が引き寄せられて、その衝撃から放たれた音だった。



 ――あの巨人が、討伐されたのだ。











「おや、これはこれはギネヴィア」



「見ての通りだ。この町を襲った魔物共の群れは、彼が撃退したよ」




 いつか聞いた冷淡な声。



 振り向くといた。






 アーサー。






 返り血を浴びて、血が滴る剣を右手に持って、



 こんなに無残な状態なのに、一切の表情を変えない。



 足元にいた犬は一吠えも発しない。腰に差した鞘は不思議に魔力に覆われている。






 隣についているマーリンは不敵に笑っていた。








「ああ、正確には彼と円卓の騎士達、そして感化された連中だがな」



                    ……違う



「しかし魔物共を率いていた巨人は、彼が討伐してくれたよ」



                 ……違う……!!



「実に鮮烈だった――額で輝く白き魔石を、彼の剣が貫いたのだ。邪悪なる巨人の王を討伐した剣、そう、名付けるなら――」



                   違う!!!











「……」






「アーサーは、違う……!」






「……何が違う?」






「アーサーは、アーサーは……!! 魔物を倒す為の、道具じゃない……!!」




「理想の騎士さま!! あの子の友達、あの子が分かり合える――」






「……興覚めだな」








 ……!! 



 魔法、これ、痺れ……!!








「……これ程までの戦闘能力を持たせておいて、何をほざく?」



「ち、違う……」



「違わないわけがないだろう――ははは!!」



「がっ……!!」








 全身が縛られたように痛い。



 立っていられなくなり、膝をつき、崩れ落ちていく。








「ギネヴィア、君は実に優秀だ!! やはり選定の剣カリバーンに選ばれただけはある!! このような兵器を造るだなんて――こんなものを差し向けられた連中は、悪夢以外の何物でもないだろうな!!!」




「さあ来いアーサー!! これから忙しくなるぞ――竜族魚人ドワーフエルフ、トールマンにウェンディゴ!! 妖精やヴァンパイアの連中だって、全てがお前に屈するのだ――!!」






 それは、



 今まで聞いたことのない、聞くとは思ってもいなかった、



 狂喜に満ちた高笑いだった。











「……」






 アーサーはついていかず、暫くわたしを見下ろしている。



 顔を上げるとそれが目に入る。



 表情は変わってない。変わってないけど、



 今あなたは何を思っているの?








「……サー」




「アーサー」




「アーサー」






「ねえ、どうしてなの




 どうしてこうなっちゃったの




 ……そうだよね




 知らないよね




 あなたは教えてもらっただけ




 あなたはあいつに……」








「……ううん




 悪いのはわたしだ




 わたしに力がなかったから




 わたしは……あなたを……




 守り切れなかった……




 わたしは、あなたを、造り出したのに――」











大勢の人が喜んでいた



大勢の人が自分を歓迎し、崇め、讃えていた



でもその人は、その人だけは、



大粒の涙を浮かべて、崩れ落ちていた

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