第39話 寛雅たる女神の血族

「……ねえ。ハンス……でいいんだよね?」




 互いが互いの出方を窺う中、最初に口を開けたのはエリスだった。




「……何?」

「アーサーに何をしていたの?」

「色々させてた」



「スリとか、暴行事件とかも?」

「そうだよ」

「……どうしてアーサーだったの?」

「面白そうだったから」



「そう。それなら、面白そうって思うのなら、二度と関わらないで」

「それはそいつにも訊いてみた方がいいんじゃないか?」



 ハンスはアーサーを顎でしゃくる。




 それに反応しアーサーは、ナプキンにペンを走らせエリスに渡した。




『こいつはオレの正体を知っている。ばらされないためにも親しくしておきたい』



 エリスは唖然とした表情を見せた後、それから口を閉じた。






「……どうしよう、イザーク」



 会話が終わってしまったのを受けて、カタリナは隣のイザークに小声で話しかける。



「コイツらアレだな。誰も話を切り出そうとしねえから、全然話進まない」

「しかも、今ハンスとアーサーの出方を窺ってるよね……」

「んー……」



 イザークは腕を組んで目を瞑る。




 そして、暫くした後手を叩いて。



「よし! 鍋だ! 食おうぜ!」




 鍋の中の具材は程よくしなっており、火が十分に通っている。



 つまる所、早く食せよこの野郎と煮え滾っていた。




「えっと……ハンス? 大丈夫?」

「……黙れ。ぼくに話しかけるな」

「シャドウ、絶対に離すなよ」



 ハンスは顔を真っ赤にして俯いていた。いつの間にかヴィクトールが抑え込むように寄りかかり、背後からは二本の腕に姿を変えたシャドウがハンスを抑え込んでいる。



 そうしている間に近付く大きい人影。先程もやってきたラニキだ。



「よう、大丈夫かお前ら」

「あ、えーと……」

「ラニキでいいぞ。ラタトゥイユが好きな兄貴分、略してラニキ。皆にはそう呼ばれてる。んで、こいつは初来店サービスだ」



 ラニキは皿に乗せられたチーズを鍋に乗せる。スープと混ざって瞬く間に溶けていき、具材と絡み合う。



「ん、そこで蹲ってる奴。どうしたんだ、体調でも悪いか?」

「……! そう、そうなんです、実は……!」

「心配しないでください。こいつは知らない店に来ると恥ずかしくなるタイプなんです」

「そうか、中々珍しいな」



 ハンスがヴィクトールを睨み付けている間に、ガゼルが肉の腸詰めの皿を持って戻ってきた。



「何だガゼル、向こうにいたんじゃねえのか」

「あっふんラニキィ。いやー連れてきた一年生の話をしたら、ほっとくのはいけないと総ツッコミにあったので戻ってきました。あとこれはくすねた腸詰めです」


「あー……まあいいや。とりあえず食え。これ以上は伸びてしまって美味しくなくなるぞ」

「えっと……それじゃあ、いただきます」



 エリスはチーズがかかった鶏肉を取り皿に取り――



 汁をある程度落としてから口に入れる。




 一口、二口、しっかりと噛み締め、肉汁を堪能する。




「美味しい……トマトとチーズが絡み合って、いい感じです……」

「ははは、そうだろうそうだろう。さあ他の奴も遠慮せずに食え」



 エリスに続いて、他の一年生も具材を口に入れていく。



「あ~うめ~。こっち来てから初めて食ったわ鍋」

「あたし……鍋なんて初めて。こんな美味しくて、ほっこりする食べ物があるんだ……」

「ふん……」

「……まあ、悪くはないな」



 しかしハンスは俯いたままでフォークに手を伸ばそうともしない。身体を振るわせ手を膝に押し当てている。




(……何でだよ)


(何でこいつらと不味い飯を食わなきゃいけないんだ……)




 そう思っていたのを察した――わけではないが、イザークが立ち上がり、




「ハンスちゃん、ハンスちゃ~ん!? お鍋食べないんですかぁ~!? 好き嫌いですかぁ~!? エルフ様が好き嫌いするんですかぁ~!? さては赤ちゃんでちゅかチミはぁ~!?」



 堪忍袋の緒を引き千切る暴挙に出た。





「――てめえ!!! 何だよ、何なんだよ!!! ぼくのこと馬鹿にもがががぁ……!!!」

「いいぞサイリ! やっちまえ!」



 スプーンに人参を乗せて待機していたサイリは、



 ハンスが激昂し怒鳴り付け始めたのを見計らって口に押し込んだ。



「どうだ? 美味いだろ? グレイスウィル産の採れ立て人参だからな!」

「え、グレイスウィル産なんですかこれ」

「ああ、この店はグレイスウィル……第三階層から直接食材を仕入れているぞ」

「おおっ、適当に言っちゃったけど当たった!! さあどうだ!!」

「……」



 ハンスは流れるまま人参を噛み砕き、飲み込む。




 噛み締める度に広がる、素朴な甘み。飲み込んでもなお、口の中に残る。




(……美、味、い、ぞ、ぉ……)



 甘みを感じながら、周囲の人間の表情を窺う。



(だが……こいつらに……それを、言うのは……!)




 そんな彼の代わりに動き出したのは、この彼女だった。




「……ん?」

「ワオン?」

「おや、わたくしに何か御用ですかな」



 今まで微動だにしなかったハンスのナイトメア、シルフィ。彼女はふと動き出すと、それぞれのナイトメアの前に向かう。



 カヴァス、セバスン、サイリ、シャドウ。彼らの身体に触れると、ほんの少し風を起こす。



「ワンワン、ワワン!」

「成程、左様でございますか」

「……♪」



「……」



 シルフィはそれだけ行いこくりと頷く。そして定位置であるハンスの隣に戻っていった。




「……何の真似だ」



 ハンスがシルフィを問い詰める前に、イザークが笑い声を上げる。



「そうか!! そうかそうかそうか!! オマエ人参美味しかったのかぁ!! サイリがさ、オマエのナイトメアがそう言ってたって教えてくれたぜ!!」

「ああ、主君の心を読んだのか。他の奴等には隠せても、己の騎士には隠せないってことだな」

「美味いんだろ!? だったらもっと食えばいいじゃん!!!」



 囃し立てる面々を見て、ハンスは悔しさが沸き上がった。





「うわあああああああああああああああああああ……!!!!!!」



 そして大声で泣き出し、机を叩き始めた。





「……君大丈夫? 何か嫌なことあった?」

「嫌なことだと? 今置かれている状況全部だ!!!」



 ハンスは顔を真っ赤にし、唖然とするガゼル達を捲し立てる。



「てめえらは何もわかっていないクズばかり!!! 無理矢理こんな汗臭い所に連れてきやがって……!!! てめえらのっ、てめえらの、せいだぞ……!!! ぼくが、偉大なるメティア家の嫡子たるこのぼくが……!!! こんなに惨めにされ、虐げられ、愚かな立場に追い込まれてるのは……!!!」




「でも人参は美味かったんだろ?」

「そんなこと思っていない!!! この役立たずが、勝手に言い出しただけだ!!!」



 シルフィを指差し、鬼気迫った目でそう言い放った。





「……その態度。君、もしかして寛雅たる女神の血族ルミナスクランの子か」




 委縮するシルフィを見て、ガゼルは出会った当初とは比べ物にならないぐらい、冷静に告げる。




寛雅たる女神の血族ルミナスクラン?」

「エルフこそが至高と掲げる団体で、本拠地は海の向こうのウィーエル地方。過激な言動が多くて、暴行も差別も何でもありの連中さ。人間のみならず、ナイトメアも見下している。他にも言いたいことはあるけど、キリがないのでこの辺で……」



 ラニキが咳払いをしてからガゼルの後を引き継ぐ。



「エルフ以外の連中を見下すような奴が、どうして多種族多文化のグレイスウィルに来てるのか知らんがな。ここに住んでいる以上ナイトメアを見下すような発言はいただけねえ」

「……」



「ていうか、オマエのナイトメアさ、多分オマエが気持ちを言えないのを見て動いたんだと思うんだよ。それを役立たずって言うのはなー」

「……」



「……貴様は実に生きにくそうな性格をしているな。先が思いやられる」

「……こいつらぁ!!! こいつら、こいつらっ……!!!」




 ハンスが肯定できないあらゆる感情に、身体を震わせていると――




「……気を落とすな」



 駄々をこねる子供を嗜めるように、アーサーが口を開いた。





「……何だよてめえ」

「確か、ナイトメアを発現するのは十二歳からだ。そうすると、発現してからまだ三ヶ月しか経ってないだろう。まだ関わり方がわからないんじゃないのか」

「はぁ……?」



 その間に、エリスはナプキンにペンを走らせアーサーに渡す。




『アーサーが仲良くしたいなら、わたしはそれで大丈夫。同じ男の子なんだし、アーサーの好きにしてもらっていいよ』




 それを確認してから、アーサーは言葉を続ける。



「他人とかナイトメアとの関わり方は、これからわかっていけばいいんだ。寛雅たる女神の血族ルミナスクランだとかどうか、そんなのは関係ない」

「そうだよハンス。だから、これから仲良くしてね」



 エリスはハンスに向かって微笑む。




 一方でアーサーはハンスを見つめながらも、視界の中にはイザークを捉えていた。



「……ああそうだな! 学園生活まだまだこれからだもんな! もしかしたら、コイツとも仲良くできるかもしれねえ!」

「アーサーがそう言うなら、あたしも……頑張る」

「貴様等は物好きだな……俺の知ったことではないが」



 ガゼルとラニキも観念したように肩を竦めた。



「あー……一年生の関係に首突っ込むのは野暮だね、こりゃあ」

「そうだな。でもまあ、もし何かあったらここに来い。そして鍋をつつけば、仲も深まるってもんだ」



 そう言いながら、ラニキはもう一枚のチーズを鍋に入れる。 



「あ、お玉と取り皿いいですか。ハンスの分よそいます」

「おうよ」

「大盛りにしろよ? コイツには美味いもんいっぱい食わせねえと!」

「ふふっ、そうだね」



「あたしも何か食べたいな。ハンスの後でいいよ」

「はーい」

「じゃあ俺はそろそろ戻るぞ。ごゆっくりどうぞっと」

「チーズごちそうさまでした、ラニキさん」



 エリスは鍋から具材をよそい、カタリナとイザークはそれぞれナイトメアにちょっかいを出して待っている。





「そういえば君達って課外活動は?」

「俺は生徒会に入ってます」

「ヴィクトールは生徒会か。じゃあクオークのことは知ってる?」

「ああ、クオーク先輩。よく生徒のために行動する先輩ですよね」

「おっ、言うねえ。僕あいつと同じクラスでさ、よく絡むんだよね。褒めていたって伝えておくよ」

「ありがとうございます」



「アーサーはどうなの?」

「えっと、わたしと同じ料理部に入ってます」

「料理部かー。知り合いはいないかな」

「……」




 アーサーは会話に混ざりはしないが、様子を静かに見守っている。そして諫められない程度に鍋をつつく。




(……何なんだよ、こいつらは)



 その最中、ハンスは品定めするように、全員の姿をぎろぎろ眺めていた。

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