第373話 ガラティアとクロンダイン
遥か昔のその時に 神は人を造り給うた
深き森と長き川 大地を切り裂き村を造った
神は人を作りし後 人を分けて賜物を与えた
天に住まいし人には 空に届く塔を
川に住まいし人には 恵みを齎す田畑を
森に住まいし人には 地を切り開く力を
「そして沼に住まいし人には」
「殺戮を導く毒を――」
「……ってなあ」
ティンタジェルの城の外側に登り、薄目を開いて平原を見下ろす。
そうしているのは深緑の髪に紫の瞳を持つ、紫装束の人間達だ。
「副長」
「……何でございやす?」
「今回の総合戦、他にもきな臭い連中がいますよね」
「そうでやんすなあ……」
彼の言う通り、総合戦に来ているのは一般的に好まれている勢力だけではない。
特に一番目立つのは、襤褸を纏っている癖に統率が取れている集団と、青を基調とした自称神秘の追求者達だ。
それ以外にも当然いるのだが装いは印象の第一歩。奇抜な見た目で奇抜なことをされたら、警戒すべき度合いは上がる。
「タキトス盗賊団は話にも聞いてますよね。青いのは……エイルルがどうこうって言ってました。トレジャーハントが何だかとも」
「まあ無害を装った所で、あっしらの鼻は誤魔化せんぜっと」
その時向いた方角には、グレイスウィル魔法学園の天幕がある。
「……」
「気になりますか」
「……いんや。今は仕事が最優先でごぜえ」
「でもさっきからずっとその方角ですよね」
「……」
「……総合戦は始まったばかりですよ。軽めの気晴らしならいいんじゃないでしょうか」
「……じゃあ、あっしの代わりに動向を探っておいてくれや」
「了解しました」
<魔法学園対抗戦・二日目 グレイスウィル領>
「いやあ……」
「魔法具の発展は凄いでやんすねえ……」
上は赤色のポロシャツ、下はだぼついた青色のズボン。ピンクのジャケットを羽織って、緑色のチロリアンハットを被っている。
そんなちぐはぐな格好の、萌黄色の瞳を持つ男が、中央広場と天幕区の連絡道を行く。周囲の好奇な視線も気には留めない。
「……ん」
気配には人一倍鋭いのが仕事柄。
木陰に隠れていた彼女に興味を示し、声をかけた。
「うぇ……バレないと思ってたのに、気付く人がいるなんて」
「あんたは……」
少女はピンク色の髪を持ち、黄色の瞳をしていた。更に肩にはピンク色のどら猫が乗っている。
そして爪と牙、角に黒い尻尾が特徴的。神聖八種族で言う所の火、竜族である。
「使い魔……」
「使い魔じゃないよ、ナイトメア。あたしの大切な相棒なの」
「……そうでやんすか」
「何よその乾いた反応は……」
「……あっしは使い魔というものに馴染みがないもんでさあ。というより、初対面の相手に対して、よくまあ気さくに話せるもんでやんすねえ」
「それはあたしの個性みたいなものでして」
それから二人はそそくさと挨拶をする。男の方はソール、少女の方はルカと名乗った。
「ルカさんは何故ここにいらしているんで?」
「えっと……観戦。弟が出場するから、こっそりと来たんだ」
「大々的にではなく?」
「うん……その、実家から許しが出ていなくって」
「そうでございやすか。大変でやんすなあ」
「ソールさんはどうして?」
「あっしは仕事のついででやんす。こっちに身内がいるもんでさあ、どんな様子かとこっそり見にきたでやんすよ」
「あはは、貴方もこっそりだ」
「だって行くってことを知らせてないでやんすからねえ。急に来たとなれば、びっくりさせちまう」
ははは、と互いに笑う。
その後――
「……ねえ」
「何でやんす?」
「……あたし、ガラティアの出身なんだけど」
「ああ、確か角やら尻尾やら生えてる種族の方は、ガラティアの出身が多いと耳に挟んだことがありやす」
「そうですか――で、思ったんだけど。もしかしたら、ガラティアもこの輪の中に加われたのかなあって」
輪の中とは、と眉を吊り上げながら訊く。
「ガラティアって貧しい国なんだ。岩しかないから緑は育たない。魔物だって凶暴なのが多い。そんな気候だから粗暴な人間が多く育っていて――だから、魔法学園を建てるには負担が大きすぎるって」
「……」
「……ガラティアの子供だけ、不平等だよね。もっと緑が多くて人が住みやすい環境だったら、それも変わっていたのかな……」
なんてあなたに言っても仕方ないよね、と言う前に切り出される。
「あっしはクロンダインという国の出身なんでやんすが」
「……うん」
「そこには昔あったらしいでやんす、魔法学園」
「え……」
「でも内戦が起こって、その影響で校舎が壊れちまった。それ以前に暴動とかが多くて、まともに授業とかができなかったそうでやんす」
「……」
「……身分制なんでやんすよ、クロンダインは。富んだ生まれは富めるまま、卑しい生まれは卑しいまま。そんな人間達を混ぜ込んだら、そりゃあまともに生活なんてできんでしょうぞっと。でもひょっとしたら、この対抗戦で活躍している未来があったかもしれないでやんすねえ」
所詮あっしには関係のない話でやんす、と言って話を終えた。
「……やるせないよね、何だか」
「……やるせないでやんすなあ」
そこで自分に向かって近付いてくる足音を、ソールは耳にした。
「……ルカのお嬢さん。あっしは急用ができたでやんす。だからこれにて」
「そっか……うん、ならあたしも行くよ。ソールさんも、身内さんのことをいっぱい応援してあげてね」
「あんたこそ弟さんのこと、応援してあげるでやんすよ」
互いに言葉を交わした後、ソールは道の先に進む。
道を進んで森に入り、人影が見えなくなった所で木に登る。
大きく跳躍して三回で、天辺まで到達してしまう。
「……その恰好どうにかならないんですか?」
「これぐらい歪な方が、あっしらの素性がバレなくていいんでやんす」
「はぁ……まあいいですよ、センスの話は」
それよりも、と青年が瓶を差し出す。
「……何でやんすか?」
「僕もよくわかりません。ただですね、青い連中のローブから落ちたんですよこれ」
「はぁ、確かにあのローブの色と遜色ない青でやんすなあ」
そんな青の液体をじっと見つめる。
途中、脳がくらくらして、意識が白濁するような感覚に襲われたが――
そのようなことは些細な事。彼らは意識を保つことができるのだ。
「……あっしらの知らない毒が入っているでやんすな」
「やっぱりそう思います?」
「自然界での掟でやんすよ。自らけばけばしい色をして、有害であることを主張するでやんす」
「今の副長みたいな?」
「何言ってるかよくわかんないでやんす」
「だったらこの液体を分析してみることだけは理解してください」
「とっくの前にしていたでやんすよ。『リグス』に送っててほしいでやんす」
「例の隠れ家ですね……今回の対抗戦の、出店の中にしれっと混ざってますけど。それっていいんですか?」
「木を隠すなら森の中でやんすよ。これだけ賑やかな方が、寧ろ都合がいいのでやんす」
「流石副長。では――もう戻りますか?」
「大丈夫でやんす。あの子の姿は、この目にばっちり収めたでさかい――」
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