第372話 冬の平原
二月。暦が一枚あっという間に剥がれ、冬から春に向けてそろそろ準備を始める頃。この時期に魔法学園の生徒達の、有終の美を飾る戦いが取り行われる。
初夏の武術戦、秋の魔術戦と来て、冬の総合戦。三つを全て合わせた成績が、自分達の武功となるのだ。
「天幕張るのもこなれてきたよな」
「まあこなれてきた所で終わるんだけどな」
「三年後にまたやるだろ」
「忘れるに決まってるだろそんなの」
と軽口を叩き合う間には、既に設営は完了。
アーサーとイザークはそれを見上げてうんうん頷く。
「アーサー、お前もすっかりここの一員になってきたなあ」
「ああ、オレも慣れたよ」
「いっそもうここに入っちまえばいいのにな」
「それは……できないんだ。済まない」
「ふーん。まあ事情があるんだろ、しゃーないしゃーない」
天幕区には巡回の騎士が数人配備され、サボりはないか見回られている。
「お疲れお前ら~」
「おーっすアルベルトさん~」
「サボってないか見回りに来たぞ~」
「それってアルベルトさんの方じゃないんですか~」
「今回の俺は正式配備だ~。騎士としての職務を全うするぞってな~」
「昨日から飲んだくれてた口で何を言いますか」
カイルが後ろからやってきて、溜息交じりに声を掛ける。足元をひょこひょこ歩くのはイズヤだ。
「こうして会うのは久しぶりだとイズヤは認識しているぜ」
「ボクらもそう認識しているぜ。何してたの?」
「カイルと二手に分かれて仕事をしていたことをイズヤは説明するぜ」
「巡回とか哨戒とか?」
「そんな感じですね。黒魔法に汚染された魔物が繁殖している以上、人手は多い方がいいですから」
「そして今回もそういう仕事が多いから、お前らと顔を合わせるのはこれで最後になりそうだとイズヤはふと思ったぜ」
「最後って言い方ぁ~」
「今回の総合戦では、って言わなくてもお前らならわかってくれるとイズヤは信じているぜ」
「まあ知ってた☆」
この隙にアルベルトは天幕のチェックを終わったらしい。手元の書類に何やら書き加えている。
「まあ、この出来なら及第点は貰えると思うぜ」
「よっしゃ!」
「口調が移っているとイズヤはキレるぜ!」
「別に真似したわけじゃねーよ!! というか俺に対して当たり強くないか!?」
「それにしても、数ヶ月前に自分に叱られたとは思えない成長ぶりですね」
「褒められたぁー!」
「さて、記録も終わったことですし。次の天幕に参りましょう」
「おうよおうよ。お前ら、次会う時なー!」
「イズヤは多分騎士団の天幕にいるかもしれないぜー!」
一方こちらは女子の天幕区。うんしょうんしょと唸りながら、頑張って設営中。
「うわーん腰が痛いよう……」
「マジでエリスいなかったら死んでたよ~」
「あはは……」
療養を終えたエリスは再びカタリナの活動班に入れてもらっていた。事情もある程度は理解してもらっているので、エリスとしても活動しやすいのだ。
「おっつかれぃ!」
「ちゃんとやってるかしら~?」
ウェンディとレベッカがやってきて、天幕を覗き込む。今度は鋼の鎧を着て、ナイトメアのロイとチェスカを引き連れている。
「ウェンディさん、レベッカさん。こんにちは」
「ワイもおるでエリス!」
「うちもおるんやで~」
「ふふっ……ロイとチェスカも久しぶりだね」
「あんさんがばっちり回復してくれたお陰で、うちも多忙から解放されたわぁ~。ほんまおおきに~」
「やっぱりワイに騎士業務は合わねえ! コイツを牽引している方が性に合ってるわ!」
エリスが率先して声を掛けていると、他の生徒も駆け寄ってくる。
「ちーっす。うちらバリクソ頑張ってまっせ~」
「バリバリなようで何よりや!」
「おんやあ? ここの杭、一本曲がってますわぁ……」
「え゛っ」
「やり直しかなこれはー!? んー!?」
などと話していると、
天幕区の入り口に物々しい集団が。
「……レベッカぁ。対抗戦ってこんな大規模な行事だなんて、うち思いもしなかったよ……」
「結構世界中からお客様がいらっしゃるわよねぇ~」
「何の話ですか?」
「んーっとね、あそこにいる三騎士勢力の話よ」
そう言ってレベッカは顎をしゃくる。
「……」
「ほれー固まらないー。授業でやったでしょー。聖杯に仕えた騎士の中で、最も影響力のあった三人ー」
「えーっと……マーリン、エリザベス、あと……モードレッド?」
「モードレッド……」
一瞬偏頭痛がした。
「……ん? エリス?」
「……ごめん……ちょっと、頭が……」
「作業のし過ぎで疲れたか。ちょいと休もうぜ」
「あーっとその前にやり直しの所指摘するから話を聞いてきなさい」
――偉大なる聖杯、それを守る役目を持つ騎士達。その中でも最も強く、賢く、勇ましい三人を、人は三騎士と呼んで讃えた。
――グレイスウィル帝国の初代皇帝マーリン、イングレンス聖教の始祖エリザベス、そしてモードレッド――彼に関しては、言及している資料が殆どなく、謎に包まれた人物である。
――そんな三人をそれぞれ起源に持つ勢力――キャメロット魔術協会、イングレンス聖教会、カムラン魔術協会。三つ合わせて三騎士勢力などと名乗ってはいるが、それもつい最近のこと。そもそもカムランとか、勃興してきたの十年ぐらいのことだし。
(で、その三勢力のお偉方が、今俺に案内されているんだよな……)
ジョンソンが横目で見遣る先では、彼らは話をしている。
「うふふ、見て頂戴。生徒達が天幕を張るのにあんなにも一生懸命だわ……」
「汗水掻いて涙ぐましいですな! きっと天上で座する女王陛下も、温かく見守っていることでしょう!」
「ほっほっほ! 是非とも我等が同胞に迎え入れたいものですなー!」
ヴィーナ、ヘンリー八世、ルナリス。一見楽しそうに語らっているが、それぞれの立場を考えると、攻撃を加える隙を伺っているだけかもしれない。
「……前回アノヨウナコトガアッタトイウノニ」
「随分ト面ノ皮が厚イノダナ、ルナリスハ」
そう言って近づいてくるのは、全身鎧に身を包んだ剣士。
ジョンソンのナイトメア、アークラインである。普段は騎士団長代理ということでアルブリアに置いておくことが多いのだが、折角の総合戦なので連れてきたのである。
「……全くそう思うよ。というか、カムランの理念と聖教会の理念は相反するんじゃないのか」
「建国祭ノ晩餐会ニオイテモ語ラッテイタヨウダガ、ヤハリ互イノ動向ヲ窺ッテイルダケナノダロウナ」
「観戦すると通知が来た時は驚いたぞ……はあ」
「モシカシテ私ヲ連レテキタノハ」
「これに加えてセーヴァ様もいらっしゃるんだぞ? 俺だけじゃ首が回らん」
「折角レオナトノンビリ観戦デキルカト思ッタノニナ」
「一体何の話かなー!?」
ここで再び三人を見遣ると、何処かにふらふら歩き出そうとしていた所だった。
「ああっ、皆様! 他の生徒とかいらっしゃいますので、どうか迷惑にならないようにお願い申し上げますー!」
「デハ私ハ戻ルゾ。マタ後デナ」
「うむ、お互い頑張ろうな、アークライン!」
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