第510話 彼女の決心

 それから数日後。昼休みに屋上にやってきた。



 目当てはタピオカドリンク。今日はお任せの気分。



 好みの味であってもなくても関係無い。だって、異様なまでに味がしなかったから。




「……」

「……」

「やっぱり、寂しいね」

「……うん」



 最近は三人で行動することも多くなっていた。エリスとギネヴィア、そしてカタリナ。


 一人抜けて、二人だけになってしまった。






「……」

「あ、手紙……持ってたんだ」

「……うん。だって、だって……」




 ばんばんと机を叩く。それの意味する所は苛立ち。




「カタリナは……わたしのこと、守ってくれた……それが信念だって言ってた……」

「……」


「それなのに、なのに……! ごめんなさいってどういうことなの……! 何で、勝手にいなくなるの……! 何で、何で……!」






 泣き出しそうになったエリスを、そっと抱き締めるギネヴィア。






「うう……」

「よしよし。わたしの胸でゆっくりお泣き。他の人もいるからね、大声出すと変に思われちゃう」

「ひっく……」

「よし、よし……」




 泣き止む頃には予鈴の鐘が鳴る。






「次は帝国語だね。行こうか」

「……行かない」

「ん……」


「授業じゃなくて……別に行かないといけない場所があるから」

「……わかった。わたしも一緒に行くよ。怒られるなら二人一緒だ」











 こうして揃ってやってきたのは職員室なのだが――




「あ……みんな……」

「エリス。丁度良かった、今から呼ぼうと思っていたんだ」



 同じくして職員室から出てきたのはハインリヒ。彼を囲むようにしてアーサーや他の友人達も揃っていた。



「わたしも……先生に用が……」

「カタリナのことですね?」

「っ! そう、そうです……!」


「私も彼らに言われましてね。職員室は狭くて内容が漏れる可能性もあることから、空き教室で話をすることにしたのです」

「今から移動する所だ。ついてきてくれ」

「うん……!」
















 俄に雨が降る。この地特有の突発的な雨。



 これが降ると特殊な装備をしない限り行動できない。何故なら森の地面から生まれた雲が降らせているから。



 薄く汚れた雲が、毒の雨を降らせるのだ――






「カタリナ……カタリナ!!!」


「出てこいカタリナ!!! 私と話をしろ!!!」


「散々引き籠って何のつもりだ!!! 一体どうして戻ってきた!!! 説明しろ!!! 説明を――」





 激昂する紫装束の男は、部屋の扉をけたたましく叩いていたが。



 慌ててやってきた別の紫装束数人に引き剥がされる。





「族長、それぐらいにしといてくださいって!! カタリナちゃんにも色々あるんですよ!!」

「ソール……!!! お前は何とも思わないのか!?」




「そりゃああっしだって何があったのか聞きたいですよ!! でもカタリナちゃんは十四歳ですよ!? この年頃の女の子は敏感なんです!! そうじゃないあっしらが特別なだけで!! 普通の暮らししてたら、思うことなんてめい一杯ありますよ!!」




「あの子は手紙をくれたんだぞ!? やりたいことができたから、学園生活を頑張ると――それをたった一ヶ月で不意にしたんだぞ!!!」

「そ、それは……何かあったんすよやっぱり!!!」

「何かとは何だ、それが知りたいのだ、私は……!!!」






 地面へと倒れ込む男。



 散々言葉にならない声を口にしていたが、それも収まってきた。






「……結局あの子が自分から立ち直らないといけないんだ」


「だが……駄目だ。その為に私は、なんて言葉をかければいいのかわからない……」


「姉さん……どうすればいい……母親のお前だったら、何という言葉を……」
















 黒板に書かれたのは三角形。三つの線が引かれ、横方向に四つに分断されている。クロンダインの説明をする時には、必ずと言って良い程この図が用いられるのだ。






「……数年前まで王国だったクロンダインには、厳格な身分制度が存在していました。民は四つの階層に区分され、それぞれ天、川、森、沼と定められた」



「天は王侯貴族。川は商人や騎士。森は諸地域において平民と呼ばれる人々で、それらよりも下に位置するのが沼」



「身分制度が始まったばかりの大昔。沼とされた人々は差別や偏見を受けて、住む場所すらも追われていった。誰にも追われない場所を探し求めた結果、辿り着いたのはビビア大森林――クロンダインの国土の四割を占める、広大な熱帯雨林です」




 揃った生徒九人、脇に描かれた地図を見る。右半分の大半が緑で塗り潰されていた。




「この森の奥深く、丁度中央付近。そこには巨大な沼があり、致死量を遥かに上回る毒が含まれています。その沼を中心に発展した森ですから、自生している植物も猛毒を含んでいます。そういった植物は紫色をしている為、現地の人々はこの森を紫の森とも呼んでいます」



「沼と呼ばれた人々は、地獄とも言えるこの森で生きていくしか選択肢がなかった。生きていく為には無造作に蔓延している毒を我が物にするしかなかった。では、毒にできることとは一体何でしょう?」





 その問いかけにエリスの口が開く。





「……何かを殺すこと」

「その通り。毒の扱いを心得た彼等は、次第に暗殺業を主体にして活動していくようになりました」




「彼等にしか扱えない紫の森の毒は強力で、喰らった者は確実に死ぬ。その腕を見込んで遠方からも暗殺の依頼が絶えなかったとも、イングレンス史における暗殺事件の八割は彼等が関与しているとも言われています」

「そんなに……」






「……この身分制度において、階層の正式名称には『者』がつきます。天の者、森の者、川の者、沼の者。しかし今では沼の者という名称そのものが、恐るべき暗殺組織の名前として知られるようになりました」


「何より彼等もそう名乗っているというのが事実。それから――彼等の容姿。恐らく長い間力が受け継がれた影響で、血に流れている魔力が他の人間よりも濃いのでしょう。髪は必ず深緑に、目は必ず紫になる」

「カタリナと同じだ……」




 友達の名前を出して、また視線が下に向かう。




「……グレイスウィルは千差万別に生徒を受け入れるとは言っても、沼の者までは把握していなかった。あの森を抜けるのは大変で、加えてタンザナイア制圧戦の影響もあって、向こうに行くのは容易ではなかった。そのような状況で、何故彼等が魔法学園の入学申請書を入手できたのか……それは私にもわかりません。ともあれカタリナは、そのような背景を抱えて入学してきたのです」




「先生は……いつ知ったのですか?」

「入学式の少し前に。沼の者の族長が自ら接触してきて、入学申請を出したが悪意はないと説明されました」

「悪意……」

「別に学園に暗殺対象がいるとかそんなことではない。カタリナはいい子だから、普通の女の子としての生活を送らせてあげたいと……そう説得してきたのです」

「……!」




 またエリスは机を叩いた。振動で手が痺れる。






「エリス……」

「やっぱり……やっぱりわかんないよ! 暗殺一族だからみんなと一緒にいられないって言うの? 今更それが何なの……! わたしなんか、わたしなんか……」




 再びギネヴィアに抱き締められ、胸の中で啜り泣く。



 他の面々はそれからも静寂を守り続けた。言葉が思いつかなかっただけかもしれない。











「……」

「落ち着いた?」

「うん……」




 ギネヴィアの身体から顔を上げると――



 すぐに立ち上がり、ハインリヒの前まで移動する。




「先生。わたし行きます。クロンダインの紫の森」

「……」


「ずっと昔にクロンダインの出身だって言ってました。だから実家はここしか有り得ない……こうなったら直接言わないと。わたしが思ってること、直接言って引き戻します!」




「……正直そう来るとは思っていました。しかしそこに至るまでは……クロンダインの町を通る必要があります。現在も町は荒れ果て、革命軍に対する暴動が頻発しております。安全とは決して言い難い……」

「……俺に考えがあります」




 意見してきたのはヴィクトールであった。




「俺はクロンダインの南方、ケルヴィンの貴族の出です。父はクロンダインにも幾度か訪問したことがあり、それなりに融通は利きます」

「それは……それなら、安全は保障されるでしょうが……しかし、いいのですか?」

「……別に理由をつけても父は了承してくれるでしょう。それに俺も……彼女のことが気がかりですので」




 ヴィクトールの言葉に続いて、続々と立ち上がる友人達。




「アタシも行くぜ! カタリナは大切な友達だからな!」

「ワタシも行くわ。カタリナもだけど、紫の森も気になるもの」

「私も勿論行く! やっぱり十一人揃わないとつまらないよ!」

「エリスが行くなら当然オレも行くだろう」

「お、おれも! カタリナ、友達!」

「ぼくもまあ……行くよ。で、きみはどうすんのさ」




 ただ一人立ち上がらなかったイザークに、ハンスは視線を向ける。






「……行かない」

「え?」






「ボクは行かないよ……ほら? 全員行っちまうと学園の動向わかんなくて困惑するじゃん? だから一人は残っておいて、把握しておくべきだと思うんだよねー」






「そうか……それもそうだな」

「じゃあ待ってろよ!! 絶対にカタリナ連れ戻してくっからな!!」

「ああ……期待してる」




 そんな彼女達を見て、ふっと微笑むハインリヒ。




「……今更止めろと言っても無駄なのでしょうね」

「はい!」

「実に友達思いですね」

「友達ですから!」

「ふふ……その気持ち、存分にぶつけてきてくださいね。しかしくれぐれも……安全には気を付けて。必ず生きて帰ってくるのですよ」

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