第324話 ポーション調合・前編

<午前十一時 中央広場 課題査定区画>






「……」

「エリスちゃーん、こっち準備終わったよー!」

「……!」


「えっ、角度が違うって? こ、こうかな……?」

「バカねーウェンディは! 方向が違うのよ、こっち!」




 管付きフラスコをウェンディからぶん取り、角度を調整するレベッカ。




「よし、こんなもんでしょ」

「す、素早い……!!」

「ポーション調合なんて医療班の基本技術よ? こんなんできて当たり前!」

「さっすが私の妹なのですわー!!」




 明朗なその声に、背筋が凍り付くレベッカ。




「……」

「久しぶりなのだわ!! 元気でいらして!?」


「……何でここにいるの……」

「ヘンゼル様のお付きなのだわ!!」

「だったらヘンゼル様の側にいるんじゃないのー!?!?」




「……!!」

「エリス!?」

「オマエ何やって……?」




 正面までやってきてすぐに、ホワイトボードを見せ付ける。






『準備しておいたよ!』


「……この見ているだけで頭痛くなるブツをか?」


『うん!』




「おら~~~~良かったなカレェ~~~~!!!」

「ま、待て! ここに来てよかったのか!?」

「エリスちゃん今頑張ってるからー! 男性に慣れる練習練習!」



 引き攣った表情をするレベッカをよそに、エリスとウェンディは男子達の前でにこにこ笑う。



「そ、そうか……その、誰から話を聞いたんだ? オレ達が調合の課題をやるって話を?」


『カヴァス!』

「なっ!?」

「カヴァス経由で情報共有がされたか~~~やるなあオマエ!」

「ワン!」



 白い忠犬はエリスの足元を回った後、アーサーの足元も回る。



「カヴァスって最近姿見かけないって思ったけど、エリスの方にいたのか~」

「ていうかエリスって、最近学園休んでたよな? 心配してたんだぞ?」


『ありがと!』

「何だよ、上機嫌だなオマエ?」

「カレ~~~の役に立てて嬉しいんだろ~~~?」

「その言い方止めろよ!!」




 アーサーは手を振ろうとしたが、エリスが掴むのが早かった。




「!! ~~~!!」

「エリスちゃん頑張って準備したんだよ! だから皆も調合頑張ってねっ!!」

「わ、わかったから引っ張らないでくれ!?」

「ワッフーン♪」



 三人の背中をにやにやしながら追う残りの面々。






「あら! 皆行ってしまいましたのだわ! 私も行くのだわー!!」

「……」


「およよ? 何故ついてくるのです? さては、私に甘えたいお年頃……!?」

「仕事がー!! こっちでやることになってるのー!!」











 管の着いたフラスコ、丸いフラスコ、水を受け止める深皿、乳鉢と乳棒、その他硝子でできた器具がずらりと――


 化学の教科書、それも錬金術に纏わる頁で見かけるような、精密で割れやすい物体の数々だ。






「えー……」

「もう、そんな生気のない声を出さないでー!!」

「だってぇ……見てるだけで頭痛いっすよぉ……」

「錬金術が勃興していた頃は皆頭を痛めてポーションを調合していたのだわー!! さあ、採ってきた薬草をここに!」

「はい……」




 アーサーは持ってきた籠を置く。そこには無色透明の薬草がこんもりと入っていた。




「……?」

「これは癒し草ね。『全ての錬金術と医術は癒し草に通ず』、そんな諺があるぐらいには一般的な薬草よ」

「見ての通り無色透明、即ち神聖属性! そして様々な属性と混じりやすいという特徴を持っていますのー!」

「それと癒しってついている通り、系統は魔法支援ビショップ。この薬草自体に回復効果が宿っているのよ」

「……」




 熱心にスケッチを取るエリス。その隣で妹を見て嬉しそうにするボナリス、それに気付いて嫌そうにするレベッカ。




「神聖属性のポーションって意味あるのか?」

「あるにはあるけど、単体で飲むことはあんまりないのだわ。さっき言った属性と混じりやすいということを活かして、他の薬草を混ぜ込んで使うのだわ!」

「つまり基本のレシピってこったな。で……やっぱり属性混ぜた方がいいのかなあ」

「難しいのを作った方が高得点になるだろ。問題は何を混ぜ込むかだが、そこんとこどうよアーサー」

「候補は四つある。闇、氷、風、光だ」

「四つあるのなら四つとも作ってしまえばいいのだわ!!」


『調達してくる!』

「あ、ああ……なら頼めるか」

「私も行くわー!!」

「レベッカさんは逃げてる……」

「うるせー!!」

「ワンワーン!!」




 課題受付の方まで走っていくエリスとレベッカとカヴァス。それを見送り、改めて準備された器具の数々を見つめる。






「じゃ、戻ってくるまでに準備をするのだわ!」

「何をすればいいんです?」

「ポーション調合のプロセスは、大きく分けて三つ! 綺麗な水を作って、そこにすり潰した薬草を入れて、熱して効能が効いた水分を抽出! たったこれだけなのだわ!」

「直接濾紙で濾すんじゃないの?」

「それだと、かなり手慣れていないと効能が発揮されるのができないのだわ! 抽出する方が確実に質の高いものが生成できるのだわ!」

「それなら仕方ないか。にしても、綺麗な水か~。それなら魔法で「よろしくないのだわー!!」



 小柄な体躯を活かして男子の一人に抱き着き、杖を持とうとする手を塞ぐボナリス。



「魔法で生成した水には水属性が宿っているのだわ!! それで調合しても水属性が混じって、微妙なポーションができあがってしまうのだわー!!」

「おおっ、言われれば確かにそうだわ」

「つまり属性の宿っていない水を持ってきて、綺麗にするのか」


「その通りなのだわ! そこで必要になる理論が、水の状態変化! 知っていますわよねー!?」

「水を熱すると水蒸気になって、水蒸気を冷やすと水になるんだろ?」

「そのとーり!! で、このフラスコを使って水蒸気を濾過して、綺麗な水を生成するのだわー!!」



 ボナリスがつついているフラスコは、小さな焚き火の上で固定され、更に細かい網目の入った格子が着けられている。そこから管が伸びており、更にその管は硝子に囲まれていた。



「これはポーション調合の基本となる現象、覚えておいて損はないのだわ! 魔法を使った戦闘にも役立つと思うのだわー!!」

「まあすぐに忘れそうだけどな」

「オマエこそすぐにそんなこと言うんじゃねーよ」

「ならば忘れることがないように、今すぐ実践してもらうのだわー!! 先ずは向こうから水を持ってくる所から!!」

「うげえええ!!」




 男子の背中を押しながらどんどん前進していくボナリス。


 ここで様子を見ていたウェンディが声を上げた。




「じゃあうちらは薬草をすり潰して待っていよう!」

「乳鉢と乳棒だな。やらされるのもあれだし、ボクがやろう」






 イザークは袋から数本薬草を取り出し、乳鉢の中に入れる。


 そして乳棒でこぎこぎ。




「あれっ。結構動くなこれ……」

「オレが支えていよう」


「ウェンディさーん、これどれぐらいまでやればいいんですかね?」

「めっちゃくちゃに潰した方が、水に溶けやすくなって魔力を抽出しやすくなるよ!」

「よっしゃ頑張るか」






 ここでエリスとレベッカが、大盛りの薬草を抱えて戻ってきた。






「♪」

「お、おう……壮観だな、これは」

「え~……っと? これが闇でこれが光……?」

「こっちが風でこっちが氷ね。そうそう、風と氷は「にゃー!!!」


「……直に掴んだら不味いって言おうとしたらこれよ」






 風が起こって飛ばされ、手が凍って大惨事になる男子達。教科書に載せたい程の美しい失敗例。






「だから手に魔力を軽く込めて、膜を張って触るのよ。こんな風にね……」




 容易く薬草を拾い上げ、籠に入れるレベッカ。




「すげー!! さっすが騎士のお姉さんだー!!」

「ふふん……ってそんなことより。貴方達もやることは分かっているでしょうね?」

「はい!! 薬草をすり潰します!!」

「その意気よ、頑張りなさい……んっひっひ……」

「……?」








~レベッカがほくそ笑んでから三十分後~






「アーサー……手の感覚が抜けてるよボク……?」

「も、もうこれぐらいならいいだろ?」

「はーまだ足りないわぁ。六割って感じね、まだ頑張りなさ~い?」

「んげえ、悪魔!!」


「ほらほらー!! 力加減にムラが発生しているのだわー!!」

「わーりました!! わかりましたから叩かないで!!」

「そちらも手を止めてはなりませんわー!!」

「はひいいいい!!」



 ノリノリの姉妹にしごかれながら、薬草をしごく男子達。






「……」

「属性がある薬草は抵抗力があって、潰すのに苦労するんだよね。それを教えないなんてあの二人……」


『ウェンディさんもでしょ』

「うっはっは~何のことかな~!?」


『それはさておき 詳しいですね』

「新人騎士の研修があってさ、そこで一通り学ぶの。最もここまで順序立てはしなくて、水に薬草入れて飲む程度だけどね。それでも緊急時に自分で回復薬を作れるようにってやるんだ」


『色々やるんですね』

「何時如何なる時でも、王の剣となり盾となる。これがグレイスウィル騎士団の信義だよ。そのために学ぶことは学んでおくんだ!」






「うっはっはっは~!! マジお前ら頑張れ~!!」

「……あ」




 悠々自適に煽って回っているのは、ボナリスと一緒に水を取ってきた生徒。


 既に別のフラスコには、蒸留して冷ました水が用意されている。




「頼むからー、俺の努力をー、不意にするようなことはしないでくれよー!?」

「てっめ後で覚えてろよ!!」

「まだまだ力が足りないんじゃないですかぁ~!?」

「こいつ、掌を返したように……!!」


「煽るぐらいなら交代しろよ!!」

「俺は俺の役目終わったし??? 一時休憩??? みたいな??? あー水蒸気冷やすのマジ疲れちゃったなー!!!」

「くそ……くそ……!!」






 エリスはその様子を冷ややかな目で見ながら文字を書く。




『これだから男子は』






「……ぷくく……あはは……」




 むすっとするエリス、腹を抱えるウェンディ。




「頑張ってるし、おやつでも買ってこようか?」

「……!」





      ぎゅうううううううううーーーーー






「あはは!」

「~~~……」


「ていうか今気付いた! もうお昼だ! 皆の分もご飯買ってこようよ!」

「!」

「ワンワン!」

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