第323話 ボナリス
<魔法学園対抗戦・魔術戦
十五日目 午前九時 男子天幕区>
「……というわけでだな」
「やるかー……」
「今日も課題の時間だぁ……」
課題を記録したプリントを広げ、憂鬱そうな声を出す男子一同。
「別に取ってくることはどうということないんだけどさあ」
「もっとボドゲとかトランプとかやりたいんだよなあ」
「お前ら充実しているな……」
「アーサーもやるか? 今はヒットアンドブローがブーム来てるんだけど」
「それかよ」
「それボドゲっつーかただの賭博じゃん」
「飯賭けて三回対戦だ。意外と頭使うんだ~これが」
「まあ飯程度なら……検討しておこう」
それよりも、とトントン机を叩くアーサー。
「今日の内容を決めるぞ」
「楽なのがいいー」
「許さん」
「じゃあアーサー決めてくれよ」
「そうだな……それなら薬草系で行こうか」
アーサーが目を付けたのは、紫色の細い草。
「ついでに調合する課題もこなせば稼げるぞ」
「調合もやるの?」
「友人に薬を作ってやろうと思ってな」
「んならボク乗ったー。で、この薬草にするの?」
「この無色透明のやつだな。調合するということを考えたら、属性がないものがいいだろう」
「じゃあこの方針で……」
ふと男子生徒の一人が、入り口の方に視線を向けると、ちまっこい人影が見える。
その人影はこの天幕の前で立ち止まっているが。
「……用があんのかな?」
「声かけてみようぜ。おはようございまー……」
「……ああっ!?」
彼女の姿が見えるや否や、イザークが全員を押し退けて外に出る。
「ボ、ボナリスさん……!!」
「イザーク!! ああ、会えて嬉しいのだわ!! 学園長様から貴方の天幕はここだと言われたのだけど、全く出てこないから心配したのだわー!!」
「……今回は、来たんすね」
「武術戦の時はごめんなさい!! 約束したのに、突然仕事が舞い込んで来ちゃって……!!」
「いや、そんなこったろうって思ってたんで。別にいいっすよ」
「ありがとうなのだわー!」
きゃっきゃきゃっきゃと跳ね回るボナリス。ここでイザーク、他の面々からの視線に気付く。
「……知り合いか?」
「えっ!? ま、まあそんな感じかな!?」
「オレはリネスで会ったことがあるのだが……」
「それはまあ偶然じゃないの!?」
「……っ!」
突風が天幕の中を通り過ぎる。
広げていたプリントが何枚か飛び、そのうち一枚がボナリスの顔に命中した。
「ああ、すいません!!」
「構いませんのだわー!! 私に任せるのだわー!!」
ボナリスはひょいひょいと動き、外に飛んでいったプリントを難なく回収。
「すみません、お手数おかけしちゃって」
「何のこれしき……およよ?」
行う予定の課題を書くプリントを返す前に、ボナリスは目を留める。
「ふんふん……薬草採取からの調合……」
「対抗戦に出場しない生徒は課題をこなすことになってまして。今その話し合いをしていた所です」
「今日の日付が書いてありますわね。ということは、今日薬草関連を?」
「はい、そのつもりで「それなら私が協力いたしますわー!!!」
とうとう天幕の中に入ってきたボナリス。屈まなくても余裕で全身が入る。
「……へっ!?」
「実は私、アスクレピオスの所属なのですわー!! 薬草からポーション、回復魔法から医術まで何でもござれの専門家!! 私がいれば千人力間違いなしなのだわー!!」
「いやでも……いいんですか逆に!?」
「今日一日はイザークと触れ合おうと思ってやってきたのだわ!! だからイザークの助けになることなら何だってするのだわー!!」
「……」
お言葉に甘えて、というよりは甘えてくれなきゃ引かなさそうな雰囲気。
「……んじゃあまあ、よろしくお願いしますよ!? ボクらの成績はボナリスさんに懸かってるんすからね!?」
「任せるのだわー!!」
「……何か申し訳ないし、道具とかはこっちが準備しようぜ」
「ああ……じゃあこれ持って申請しに行こう」
その者は遠吠えを上げていた。
慄く小さき者、数歩引いて様子を窺う。
だが逃げようとする前に、その者は動き出し、
喰らい付いて、赤き液体をその身に受ける。
「何見てんだカイル?」
「バルトロスです。西の方に遠征に行っていると聞きましたが、今回は戻ってきているようで」
正面から視線を外し、ダグラスの方を見る。
「へえー。西の方で獲物取れなくなったとか、そんなんかな」
「さあ……どうでしょうね。正直こちらの方も同じような状況ですが」
言っている間にバルトロスに変化が訪れた。
「……噂をすれば」
「やっぱりまだいるかあ……」
さながら難癖をつけるように、襲いかかってきたのはコボルトの群れ。
だがその挙動は好戦的で、更に肉体には黒い線が走っていた。
戸惑う様子こそ見せたが、所詮は小さき者。その者に悉く引き裂かれ、黒の混じった赤を撒き散らしていく。
「平原一の狩人も、流石に黒魔法に汚染された魔物の肉なんて食べはしないでしょう」
「魔物肉って時点で対象を選ぶのに」
「貴方は結構食べますよね」
「ミノタウロスの肉がな~~~。すっごい固くて、逆に病み付きになるんだ」
「ほう……興味深い話ですね」
現在二人が話をしているのは、第三森林区の近く。生徒の課題を行う場所の一つに指定されてある森林の一つだ。
なので当然、生徒が通りかかるわけで。
「カイルさん! ダグラスさん!」
「ん……おや、大所帯ですね」
「イザークにアーサー! 元気そうだな!」
長袖のスウェットに長ズボン、すっかり採取の準備に入った彼らが声をかけてきた。
「何だ、この二人とも知り合いなのか?」
「色々世話になったんだ!」
「ふーん……」
「イザークが毎度お世話になっていますわー!!」
男子達を押し退け声を張るボナリス。彼女は何と白衣を着用、アスクレピオスで仕事をする際の正装である。
「おや……貴女はもしかしてボナリス殿?」
「まっ! 私のことをご存知で!?」
「妹さんとはいつも仲良くさせてもらってますよ」
「まーレベッカが!! 大丈夫ですの!? 何かと気が強い子だから、迷惑をかけていませんのだわー!?」
予想もしない名前が出てきて、ぎょっと驚くイザークとアーサー。
「そうそう、ボナリス殿とレベッカは姉妹なんだぜ。血縁者ということもあってか、レベッカもアスクレピオスに誘われたんだけど、それを断ってグレイスウィルに来たんだ」
「へー、何かかっけー!」
「何故断ったのかは説明してくれませんけどね。さて……」
他の男子達は平原の向こうを見つめて動かない。
その先ではバルトロスが赤黒い血を煩わしそうにしている所だった。
「どうやら狩りが終わったようですね」
「あの……何か、魔物の様子がおかしくないっすか? いやもう死体なんですけど、色が……」
「ふむ……気付きますか」
「何となく黒っぽいだろ? こんな感じで、黒魔法に汚染されてる魔物が最近増えてきてるんだ。すると元よりも数段強くなって、コボルト程度でも手に負えなくなっちまう」
「あー、もしかして狩猟の課題がないのって……」
「はい。汚染された魔物の調査がまだ不十分で、不運にも縄張りにでも入れば襲われることは間違いない。その縄張りが何処にあるのかもわからない。このような現状では、生徒の安全を確実に保障できないんですよ」
四年生以上の生徒や、武術戦を終えた三年生以下の生徒は、採取の他に狩猟の課題も解放される。平原に生息する野生の動物を狩り、採取と同様に取った肉は自分達で食べてよい。
と、聞いて内心わくわくしていた男子達だったが、課題表を提示されて初めて狩猟の課題を行わないことが通告され、肩を落としていたのだった。
「ちっくしょー、誰だよ黒魔法なんて使ったの……」
「肉食いたかったぜ肉ー……」
「肉がないなら薬草を食べればいいのだわー!!」
「死ぬわ!!」
「身体にいい薬ですもの、死にはしませんわ!! そういうことで、早速参りましょー!!」
「何でボナリスさんが先導してるんですか!!」
そういう調子で、男子達は意気揚々と森林区の中に入っていく。
「……しかしあいつらもやるよなあ。薬草採取の課題やるって」
「今日は彼らが初めてですね。記録を取りましょう」
「今日っていうかこの日程で初めてじゃないか? やっぱり体力が有り余る生徒には、薬草採取は持て余すのかな」
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