第105話 ヴィクトールのたのしい魔法陣教室

「……」

「……」




 目の前に広がる壮麗な石柱の数々。



 視線を向けた先に広がる落葉の森。



 彼方に広がる水平線。




 ヴィクトールとハンスは、魔法陣を潜った先に広がっていた光景を口を開けて見つめていた。





「いや……何なの? 本当に何なの? いつの間にこんな場所見つけたの?」

「夏に偶々な。誰も住んでいないから、秘密の場所にすることにした」



 二人の後に続けてアーサーとカヴァスが魔法陣を通ってやってきて、そして呆れる彼らに説明をした。



「秘密の場所って、きみなあ……いや、きみ達か」

「エリスと茶髪とカタリナ。それに加えてサラだけがこの場所のことを知っていると」

「そうだ。そしてあんた達をここに連れてきたこと、あいつらには知らせていない。だからあんた達も黙っててくれ」

「……まあ言う理由もねーし」

「サラなら言ってもばらさなさそうだがな」




 説明も簡潔に終わると、三人は石柱周辺の土地をうろつく。




 そして魔法陣から見て北東方向の場所で立ち止まった。




「ここならどうだ。十分な広さだと思うが」

「ああ、十分だ。ではやるぞ」



 ヴィクトールは背中に背負った風呂敷を置く。



「何これ?」

「魔法陣展開セットだ。必要な道具は全部ここに突っ込んできた。ここの地面は……少し柔らかいな」




 土の状態を確認した後、ヴィクトールは二本の棒が紐で括り付けられている道具を取り出す。




「さあ、貴様らにも仕事をしてもらうぞ。こっちの平らな面になっている棒を突き刺して、反対側のへこんでいるパーツがついている棒を持ち、円を描くように一周してくれ」

「成程、これで円を描くってわけね。おい、ぼくの代わりに……」



 ハンスの声に応じてシルフィが現れるが、すぐに後ろに隠れた。



「これは貴様がやれ。ナイトメアに任せるな」

「……は?」

「地面に足をついた方が正確な円を描ける。負担分担とかではなく、単に効率の問題だ」

「……あー、はいはい。わかりましたよ」

「回る方はオレがやろう。あんたは支えていろ」



 ハンスは棒の片方を支えて体重を乗せる。アーサーは紐が突っ張るまで伸ばし、そこから右方向に走り出す。



 そして三分もしないうちに、直径三メートル程の円形に窪みができ上がった。



「……こんなものでいいか?」

「十分だ。次は直径二メートルのものでやってくれ」



 ヴィクトールはそう言って、先程よりもやや小さい棒を投げ渡す。



「これが終わったら直径五十センチ。最後に描いた円の中に問題の本を置くことになる。くれぐれも掘った窪みを踏み付けることのないように」

「……だそうだ。さっさとやってしまうぞ」

「はいはい」




 それから五分後、大きさのそれぞれ違う円が三つ描かれた。




「ふんっ……こんなもんだね」

「よし、次はこれだ」



 ヴィクトールは三十センチ程の正三角定規を投げ渡してきた。つくづく道具の扱いが雑な男である。



「え、これで何するの?」

「直角になるように線を引いてくれ。窪みが埋まってしまったら適宜掘り直すように」

「……なら先にこっちやった方がよくなかった?」

「その後は円を描くのだから、順番は変わらないだろう。まあ単に好みの問題にはなるがな」



 それでもハンスは納得しない表情のままだった。



「あー……面倒臭え。これしか方法なかったの?」

「石とか岩の上なら、魔力結晶を括り付けて直接円を描くことができる。今回は土で柔らかかったから窪みを付ける方式を取った」

「ふーん。そっちの方が楽なんだね」

「楽と言っても少々の差だがな。それに場所はここしかないんだから、文句を言っても仕方ないだろう」

「ああ~……」



 ハンスは観念したように正三角定規を手にする。



「……わかったよ。じゃあぼく押さえているから、きみ引いてね」

「ああ」





 そして直角になるように二本の線を引いた後、アーサーとハンスは円から出る。





「よし……次は術式を描いていくぞ。手伝えシャドウ」




 ヴィクトールは小さめのシャベルを持って、四つに区切られた魔法陣の左上に入る。シャドウは道具まで完璧にヴィクトールの姿を模してその隣に入った。




「増幅を意味する古代文字を上下に描き、丸と三角を決められた形に七つずつ組み合わせる。これが魔力増幅の術式、全ての魔法陣の基本となるものだ」



 その隣でシャドウが描いていた術式は、ヴィクトールの物とは異なっていた。



「もう一つは復元魔法の術式。復元を意味する古代文字に、月の満ち欠けを五つ描いて、その中央を一本の線で貫く。この二つの術式をこっちにも描くぞ」



 ヴィクトールとシャドウは真後ろの領域に入り、また術式を描いていく。



「今回使う魔法陣は基本の四分魔法陣。この四分というのは四つに区切れる、つまり四つの術式を組み込めるということだ。当然だが他にも種類はあって、八分、十六分、三十二分、理論上だが六十四分もある。変則的だが三分、六分、十二分とかというのも存在しているぞ」



「数字が大きいほど多くの術式を組み込める。だが術式を描く面積が狭くなるから、術式自体の精度は低くなる……という所か」

「飲み込みが早くて助かる。もっとも二年生以降でやるだろうがな」

「にしても四分八分三分って、何だか楽譜読んでる気分だ」

「神誓呪文にも音楽の種類が入っているし、魔法と音楽は案外密接な関係なのかもしれないな」




 そんな話をしながらでも、ヴィクトールとシャドウは術式を描き上げてしまう。




「んで、これで魔法陣の土台は完成したわけだけど。こっからどうするの?」

「次は魔力だ。今回は地面に窪みをつけたから、粉末状の魔力結晶を入れていくぞ」



 ヴィクトールは小瓶を取り出し軽く振る。そこには白い粉末が八分目まで入っていた。



「窪みに入れるって、その時にも窪みを潰しちゃいけないんでしょ? そんな細かい作業ぼく達に無理じゃん」

「その為のナイトメアだろう。シルフィ」

「え、こいつ?」



 ハンスの後ろに隠れていたシルフィは、ヴィクトールが声をかけると、一瞬身体を震わせる。



「さっきシャドウに手伝ってもらったから次は貴様の番だ。この小瓶の中身を窪みの中に入れていってくれ」

「――」



 シルフィは躊躇ためらっていたが、数十秒悩んだ後、小瓶を持って魔法陣の上を動き回り始めた。



「……どうやら役立たずってわけではないみたいだぞ」

「けっ」




 シルフィはゆっくりと飛び回り、確実に粉末を入れていく。




 その様子を見ながら、アーサーはヴィクトールに問いを投げかける。




「ところで気になったんだが」

「何だ」

「今回使う復元魔法、属性は何だ」

「……確かに気になるねえ。でも復元……復元って何属性だ?」

「復元魔法は神聖属性だ。無属性とも呼ばれている魔法だな」



 聞き慣れない単語を聞いて、二人の口が止まる。



「普通に考えてみるといい。炎や水に包まれて物体が元の形に戻るなんて有り得ないだろう。そのように、どの属性にも該当しない現象の魔法を神聖属性と呼ぶ。属性がないことから転じて無属性と呼ぶのが一般的だが」

「何か格差が酷いな……神聖ってことは神様でも身体に宿すの?」

「そんな感じだな。誓いを立てる相手は創世の女神マギアステルだ」

「……死なない? 創世の女神ってさ、世間一般的にはすげー女神でしょ? そんなの宿したらただじゃ済まなくない?」



 ハンスは顔を引き攣らせ、口角がぴくぴくと動いている。ヴィクトールはそれに一切動さず、自分の杖に魔力結晶の粉末をまぶす作業を行っていた。



「神聖魔法の魔力は八つの属性全てを宿しているからな。単純に考えて普段の魔法の八倍の負荷がかかる」

「いやいや、さらっと説明してんじゃねーよ。純血のエルフのぼくでも八倍なんてやられたらきついよ」

「安心しろ、そのための策も考えて……おい、貴様の犬はどこだ」

「ん? ああ……戻ってこい」




 アーサーが呼びかけると、石柱の向こうからカヴァスが木の棒を咥えて走ってきた。




「ワンワン! ハッハッハッ……!」

「はーっ、やってることその辺の犬と変わりねえなあこれ」

「ガウッ!!」

「ちょっ、びっくりするなあもう!!」

「先の一件があったからな。敵視されても仕方ない」



 アーサーはカヴァスから木の棒を受け取り、そして抱きかかえる。



「それで、こいつがどうしたんだ」

「魔法陣を用いた魔法は、中に入って詠唱を行うことによって行使されるのだが、そこに俺達の他にその犬も入ってもらう。ナイトメアは魔力生命体だから、ある程度強い魔力を身に受けてもそれを受け流せる。この犬には負荷を分散させる役割を担ってもらおうということだ。そもそもナイトメアなら魔力量も多いだろうしな」


「成程。そういうことだ、木の棒遊びは少し我慢しろ」

「バウバウッ!!」




 カヴァスはアーサーの腕から飛び出し、魔法陣の数センチ手前で止まって魔法陣を見つめる。



 丁度シルフィも粉末を注ぎ入れる作業を終え、ヴィクトールに小瓶を渡した。




「よし……終わったようだ。労いの言葉でもかけてやれ」

「……」



 シルフィはハンスの顔前に戻ってきて、二人は暫く見つめ合う。どちらかというと睨み合いに近かったが。



「……戻れ」

「――」



 シルフィは何も反応せず、静かにハンスの身体に戻っていった。






「……さて、いよいよ魔法を行使するぞ。直したい紙束を持ってこい」

「ああ」



 アーサーは鞄の中から予め出しておいた紙束を持ってくる。



「一番状態が良い物だ。少しでも復元できれば、内容が読めるかもしれない」

「成程な。よし、ではやるぞ。四等分された魔法陣のうち、どこか適当な所に入れ。わかっていると思うが魔法陣は踏み付けるなよ」

「はいはい」



 ハンスは魔法陣を軽やかに飛び越え、左上の領域に入った。アーサーとカヴァスもそれに続き、最後にヴィクトールが入って魔法陣を取り囲む。



「それで中央に紙束を置くと」

「そうだ。そうしたら手の平を紙束に向けろ。自分の魔力を紙束に注ぐイメージだ」

「オッケー」

「……よし」

「ワン!」




 アーサーとハンスは右手の平を紙束に向け、カヴァスはその場で縮こまり集中する。最後にヴィクトールが杖を紙束に向け、そして彼の口が動き出す。




降臨せしは交響曲。マグニフィリア・律動を我が身に、グレイス・偉大なる創世の女神よマギアステル――」

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