第433話 苺の雨が降る
「……何の騒ぎかしら?」
「城下で不審者が二人、暴れ回ってます!」
「はぁ、この状況に参ってしまった狂人ね――さっさと落ち着かせて頂戴」
「りょうか――」
ガァン!!!!
「なっ……なあっ!?」
「報告します!!! あああああああ!!!」
「……何かしら、この、電流を纏った球体は!?」
「わ、わかりません!! しかし――我々を中心に纏わりついて――!!」
「いいいいいい今すぐよ!! ヴィーナ様の安全を確保して!!! こここここれは私が!! 先導して対処していくわ!!!」
随分と慌てて、如何されました?
「……っ!?」
「うふふふ~ 私、実は魔法を覚えたんですよ。苺を育てていく過程で、魔物を追い払う為の力として! それっ、喰らいなさいっ!」
「あがあああああああ……!!!」
さて、次は何処に、
苺とお仕置きを配ってあげましょうか♪
「リチャード様!!! リチャード、様……!!!」
「くそっ!!! 何だこの球体は!!! 聖教会に対して無礼であるぞ!!! おい、反逆者の特定はまだか!?」
私のことであろうか?
「ぐっ……貴様!?」
「それっ!」
「なっ……!」
「ははははは! この私を楽しませてくれると思ったが、大したことはないのだな白い連中!」
「ほざけ……!!」
「とうっ!!」
「んぐっ!? げほっ、げほっ……!!!」
待たれよ民よ、
時は逃げようとも苺は逃げていかんぞ!
祭だ、宴だ、非日常が始まった。
空から降るのは雪ではない。淡いそれを手に取れば、忽ち苺に早変わり。
しかも美味しいってんだからこりゃあ狩らないわけがない。
その時、アルブリアの人々は、苺を狙う狩人と化すのだ!
え? 聖教会とキャメロットの人間が黙っていないって?
ご安心を! 何かついでに魔力がバリバリしている球体も飛んでいて、しかも連中を的確に倒していくもんだから、黙っている!
倒れていて何も言わないってことは黙ってるってことだな!!!
誰の意思かはわからないが、とにもかくにもアルブリアの人々の鬱憤晴らしは加速していく――!!!
「うおおおおおおおおおお!!! おおおおおおおおお!!!」
久々に帰ってきた薔薇の塔。そこで暇を持て余していたアデルは、空から降ってくる幸福に興奮して飛び跳ねている。
同学年の仲間達も引っ張ってきて、次々と落ちてくる苺を喰らっていく。
「うめええええええ!!! アデル、この苺やっべえぞおおおおおお!!!」
「んひょー!!! うまあああああああい!!! 三百点!!!」
「何点満点でだよ!!!」
「んひょーい!!!」
ナイトメアのデネボラにつつかれるのも今は楽しい。
ああでも、そんなに慌てていたら事件を起こしちゃうぞ!
「このノリでぇー雪合戦でもしちゃうぜー!!! オーガバスターアデルぅー!!!」
<雪玉がひょーい
窓硝子ばりーん>
「割れちまったあああああああ!!!」
「修繕するの連中だから知らねー!!!」
「五月蠅いなああんたら!!!」
割れた硝子はカフェのもの。そこから顔を出したのは何と!!!
アデルの知り合いである女子生徒、サネットだった!!!
どうやら先輩であるジャミルに引っ張られて来ていたらしい!!!
引き籠っていた影響で髪がボロボロで枝毛が見え隠れしている!!!
「……本読んでたいのに、何で騒いでええええええええええええ!!!」
「サネット!!! 口を動かせ!!! ほーれもぐもぐもぐもぐー!!!」
種が弾けてぶちぶちぶちぶちー!!!
「……」
「う……」
「うめええええええええええええええええ!!!」
その時、ウッスイホンを一つ残らず燃やされた衝撃で、くすぶり続けていたサネットの思考回路が――
苺のぷちぷち弾ける食感により刺激され、猛烈に回転を開始する――!!!
「……苺の実を貪るカルシクル神をそれはみっともないと咎めるエクスバート神!!! カルエク!!! カルエクの妄想広がるー!!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
飛び出していったサネット!!! あまりの気迫に何か残ってやがった聖教会の大人もドン引きして手を出せなかった!!! やったね!!!
「……が、ガレアさん……サネットさん、元気、出たんでしょうか……?」
「ジャミル君!!! この苺うまい!!! 君も食べよ!!!」
「あっほっ!? ……わあっ!? 何て瑞々しいんだー!?!?」
苺の雨が降るのは何も地上階だけではない。第四、第三、第二、第一、アルブリアの至る所の空から降り注ぐ。
否、天井があるのだから降り注ぐというよりは、どこからともなくふわふわ漂ってきたと言う方が正確であろう。
しかしそもそも考えてみてほしい。そもそも苺が浮いているということ自体、非日常的であるのだ!!! そんな表記揺れぐらいどうした!!!
まあそれはさておきだ。苺は人を選ばない。観光客であっても、貴族であっても、手に取れば等しくさっさと食えと自己主張。でもって聖教会とキャメロットの連中は人ではないと認識しているのだろう。うん。
そしてこの女性もまたアルブリアの外からやってきた観光客であるのだが、ふとふわふわと漂うその光を手にし、苺を口にしていた。
「……」
「美味しい……」
一通り堪能した後、彼女は一念を発起させる。
きょろきょろと周囲を見回し、同じく苺に茫然としている二人組に声をかけた。
「君!! 頼みがあるのだが!!」
「!?」
「何なんですか急に……」
「この短剣を、カタリナという子に渡してくれないか!?」
その名前を聞いては反応せざるを得ない二人。
「……わかりました。ですが、貴女は一体何者なのでしょう?」
「私は……彼女にとって、大切である人物。それだけ言っておこう」
「ええ、承知しました」
「済まない……そろそろ時間だ。行かなければ……頼んだぞ!」
女性は颯爽と駆け抜けていく。渡された短剣は、貫き通すような真っ直ぐな刃と、柄に埋められたアメジストの宝石が特徴的だった。
「……セシル。前々から言っていた件、実行に移そう」
「勿論そのつもりです、ルドベック。でも先ずはもう少しだけ、人数を集めて――」
「お……おおっ、オージン! ほ、ほんものなの!?」
「おや、少年よ。君は私のことを知っているのかな?」
「知ってるよ! 本でいっぱい読んだもん! えっと……わるいまものをたくさんたおしたって、ほんとうなの!?」
「ああそうともさ。こうやって、剣を一振り――」
ぶぅん
「わあっ!?」
「す……すげえ! ほんものだ!!」
「かっこいい……!」
「あ、あのさ! ほ、ほんものってんなら、そそそそその、顔、見てみたいんだけど……!!」
「残念だが少年よ。それは叶わぬ願いなのだ」
「そうなの……?」
「皆も知っての通り、私達はおとぎ話の存在。でもこうして人々の前にやってきて、苺を配っていられるのは、この仮面のお陰なの」
「じゃ、じゃあ……仮面はずしちゃったら、すぐに消えちゃうってこと!?」
「如何にもその通り! この仮面は我が命と直結しているのだ!」
「なら取っちゃ大変だ! ごめんなさい!」
「おんどりゃー!!!」
「どりゃー!!!」
「狩れ狩れ狩れ狩れー!!!」
さてさて彼女は魔女っ子リリアン。友人に不幸が降りかかり、ショックで暫く部屋に引き籠っていたが……
「うへへへへへへへへへ!!! 食うぞー!!! 苺食うぞー!!!」
ご覧の通り謎テンション!!!
他の生徒も引っ張り出されて、雑に振り回されているぞ!!!
「んへへへへへへへ!!! 私が一番苺を取るんじゃー!!!」
「リリアン……」
「おうよ!? どうしたアストレア!?」
「いや……はいこれ、籠だよ」
幼馴染で旧友のアストレアは、あまりの豹変ぶりにドン引きしつつも内心は喜びに舞い踊ってるぞ!!
「お、おらも負けねえだですー!!!」
そう叫ぶのは生徒会の二年生であるマイクだ。彼の周囲には、他にも多数の生徒が集結している!
「マイク君!! 見て!! もう籠いっぱいに取れた!!」
「ネヴィル君よくやっただです!! でも先輩に持っていくにはまだ足りないだです!!」
「いーよっしゃー!!!」
「はいはい、そんなに叫ばないでくださいねえ。耳が壊れてしまいます」
「ご主人これ食べてみてくだせえよ。甘酸っぱくて幸せになりますぜ」
「もうシンシンったら……あっでも美味しいですねこれ」
そんな彼らの元に、来訪者二人。
「ネヴィル! ここにいたか!」
「ミーナさんも一緒のようですね」
「貴方はセシルさん!」
「あーっ!!! ルドベック!!! おめえ何しにきやがりましたんですかおおーん!?」
「前々から話していた計画――診療所襲撃計画を、実行に移そうと思いまして!」
何だそれは面白そうだな!? とリリアンが顔を突っ込んでくる。
「診療所!! 遂にですか!!」
「ええ。ある人から物を託されてしまいましてね――その思いを無下にしない為にも、今やるしかないと」
「それで私達を誘おうと……リーシャ先輩がいるから!」
「はい! その通りです!」
「なら提案を一つ飲んでくれませんか! 先に貴族館を襲いましょう!」
それだけでミーナが何をしたいのか察して鈍い悲鳴を上げるネヴィル。
「知り合いがいるのか?」
「はい! その人はリーシャ先輩にとってなくてはならない人! 誰よりも先輩を助けたいと思っているはず! ネヴィル君泡吹かないでくださいみっともないですよ!!」
「ハイソウデスネイチリアリマスネセッカクノボクノミセバガガガガガガガ……」
「何かよくわかんないだですけど、貴族館ならおら達生徒会も力になれるっす!!」
「生徒会ぐるみでですか!?」
「実はね!!! 私達の大切な仲間がそこに幽閉されていてね!!! 救出しようって計画を立ててたの!!!」
「成程利害の一致。面白……げふん! 事が大きくなってきたな!」
「ルドベック君、君も案外そういう所あるんですね!?」
「無骨で無愛想だと思ってたんだけどなぁ。まあいいけどねっ!!!」
それから時間も流れ、散々苺を配り終え、燦々渡る晴れ模様!
ここは第一階層の港。その近くで、一組の男女が感傷に浸っている所だ。
「いやあ……案外大騒ぎできたね、エリシア!」
「うふふ、ユーリスさんの演技も大層なものでしたわよ♪」
魔法で作った即席の衣装を解除し、質素な服に早変わり。更にあらゆる魔法の支援をしてくれていた、ジョージとクロもそれぞれ出てくる。
「……まあ俺としちゃあ、ちったあやりすぎじゃねえかとも思うけどな」
「目を付けられないかにゃー?」
「どうせ今から出ていくし問題ないよ。それに今のアルブリア、グレイスウィルはこれぐらいしてあげなきゃ駄目だ」
ユーリスは手を高らかに伸ばす。劇の主役が如く、堂々と。
「かのオージンは、フリッグの涙が滴った苺を食したことにより、奇跡とも言える力を身に付けた。その苺には窮地を打開する力が宿っていたのだ」
「今日僕達が配った苺が、人々にとってそのような……半年前から続く閉塞感を打ち砕く為の力になれたら……苺農家として、大層誇りに思うよ」
<素晴らしい信念ですわー!!!
<さ、さすが、苺農家さん凄いです……!!
「……ん?」
「えっ?」
二人が声のした方向を見ると――
最初に苺を渡した二人の少女。アザーリアとファルネアが、拍手を送りながら近付いてきた。
「今のお話ばっちり聞いてましたわ! 貴方達が仕向けたことだったのですね!」
「……言わないでね?」
「言いませんよ! それよりも、あの、その……」
ファルネアが言い淀む姿を見て――
ここに来た本当の目的を思い出す。
「そうだ! エリスは? エリスは何処に行ったんだ? これだけ馬鹿騒ぎしたなら出てくるかなって思ったけど、結局夕暮れになっても来なかったぞ!?」
「そ、それは……」
益々口が動かなくなってしまうファルネア。
それを見たユーリスは、パチンと手を叩く。
「そうか……流行り病か!? あれか、一年風邪! 移すと不味いって出てこなかったんだな!?」
「は……はい! そうです! エリスせんぱいはご病気でした!」
「そうかそれなら仕方ない! ほら!」
巾着袋を一つ渡す。
中身がずっしり入っており、その重みが思いとなって伝わってくる。
「これエリスに渡してくれよ! 食べるのは何時でも大丈夫、数ヶ月単位で日持ちする魔法をかけてあるから! そしてお父さんとお母さんはいつも君のことを全力で心配しているって、そう伝えてくれ!」
ぶぉぉぉぉぉぉぉぉ……
「あなた、もう船が来ちゃったわ!」
「まじかい!? じゃあごめんね、僕達もう行くから!」
「辛いことがあっても……きっと乗り越えられるわ! だって皆、今日と言う日に苺を食べたんですもの!」!
「帝国の魔法使いをぶっ潰したオージンのようにな! 凄い力を得られているぜ!」
「フリッグのように運命の牢獄、フェンサリルの館から羽ばたくのだにゃー!」
思いの丈を叫びながら、二人と二匹はぞろぞろ撤収していく。
「……アザーリアせんぱい!」
「ええ、ファルネアちゃん!」
彼らが乗ったであろう船が出航するのを見届けて、二人は頷き合い――走り出した。
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