仮面の一体何者ぞや

 年が明けた。暦は新たなる幕開けを知らせてくるが、それを祝う者は心底疲れ果てている。


 楽しむという感情は余裕がある時に生まれる物。余裕がない時には、楽しみを前提とする事象は全て意味を失う。




 そんな一月、そろそろ新学期も始まろうかという日曜日。






「……ふぅ。はぁ……」






 自室のソファーに座り、テーブルに温かいココアを置いて、ゆったりとくつろいでいるのはファルネア。


 腹部の傷や妨害魔法の影響こそあったが、数ヶ月経って回復に向かっていた。監視を掻い潜り献身的に見舞いに来てくれたアサイアや、ナイトメアのリップルのお陰かもしれない。






「姫様、失礼いたします」

「ん……入っていいですよ。お薬の時間ですね?」

「ええ……」




 侍女が入ってきて、乳鉢が乗った皿をサイドテーブルに置く。それは複数の薬草が調合された特注の薬。緑を強調している様は、如何にも苦さを誇示しているようで。




「ふふ……この咳き込んじゃう臭いにも、慣れてきました……」

「姫様……」

「さっ、嫌なことは早めに終わらせましょう。お水をお願いします」

「……承知致しました」




 学園に通い出した影響だろうか。


 昔は擦り傷に塗る薬でさえも泣いて嫌がっていたのに。


 城にいた頃より、見違えて彼女は逞しくなった――






「んっ……ぐっ……」

「こちらに桃を置いておいております」

「くぅ……ありが、とう、です……」



 苦い顔をしたまま、すぐに桃を放り込み味を和らげる。



「……ふぅ」

「ああ、本日も……心中お察しいたしますわ……」






「……あの」

「はい」

「この桃は……第三階層で採れたものですか?」

「……はい。作物が枯れている中で、王族の皆様には美味しいものを食べてもらいたいと……」

「……そうですか……」




 外を見ると雪が降っていた。



 今年はやけに雪が降る。



 それはまるで、アルブリアの島を、静かに死に追い込んでいくようにも思えて。



 暖炉はめらめら燃えているのに、思わず身震いしてしまう。






「……あ、あのっ」

「如何されましたか?」

「……城下町に、お散歩に行ってみたいなあって」

「……」




 眉を顰める侍女。それから確認して参りますと言い、部屋を出ていった。


 彼女の反応は至極真っ当だ。聖教会もキャメロットも、依然として街を練り歩いている。


 王女である自分が出て行ったら、少なからず騒ぎにはなるだろう。




 それも承知で提案したのは。




 雪に覆われる町を、生まれ育った町を。ただ上から眺めるのはもう沢山だと思ったから。






「……国王陛下からお許しを頂きました」

「その条件は私の同行よっ!」



 侍女と共に部屋に入ってきたベロアが、ひょいと膝に乗り、そして首にマフラーのように巻き付いた。



「ひゃっ……」

「何かあったら私が魔法で撃退してやるのだから、安心してお散歩しなさいっ!」

「……いいの?」

「当たり前じゃない――数ヶ月もお部屋に籠って、外に出てみたいと思うのも当然でしょう?」


「……ありがと……」

「ベロア様、感謝いたします……」






 いつの間にか出ていたリップルは恭しくお辞儀をすると、クローゼットに向かって着替えの準備を始めた。











 ……


 ……やってきたはいいけど


 こりゃあ大分酷い状態だねえ?




 ええ……

 こんな状況じゃ、

 誰も話を聞いてくれないでしょうね




 あの子どころの話じゃないな。

 どうにかして民衆に力を与える必要がある……




 その為に私達は来たのでしょう?




 それもそうか。

 じゃあ早速行ってみよう――











「さくさく、さく、さく」

「ぺたぺたぺた!」

「ふわわわーっ」



 擬音で口を動かしながら、雪の積もった道を歩く。今日も今日とて雪が降り、溶けてる横からまた積もる。



「はぅ……足が疲れちゃった」

「ならベンチでお休みしましょうか」

「あったかいレモネードでも買うといいのだわ!」



 その通りにスタンドでレモネードを購入し、魔法で濡れたベンチを軽く乾かして座る。








「……聖教会とキャメロットの人ばかり……」

「皆家に籠っちゃってるわね……」



 案の定彼らはファルネアを振り向きざまに見てくるが、ベロアが鬼のように睨みを利かせて撃退していく。



「……何だか寂しいな」

「ええ……それはわたくしも……」

「……へ?」



 あまりにも聖教会とキャメロットの人間ばかり見ていたものだから、


 自分の隣に座っていた人物については気付いていなかったのだ。



「あ……アザーリア先輩……!」











 ……参ったぞ。

 よくないけどしかし重要な情報を聞いた


 何かしら?


 ヴィーナ……が今来ているらしい。

 下手にやったら騒ぎになってしまう




 あら、それは大変ね。

 でもまあ、だからと言って、

 諦めるってわけではないのでしょう?


 まあそうなんだけどね。

 顔が割れてしまっているなら、

 その顔に結び付かないようにすればいい




 となると……仮面でも被ろうかしら


 いいねえ名案だ。そしてモチーフは……

 折角だし、あの子の好きな絵本……











「……ご実家にお呼ばれしたと聞きました……」

「ある程度片付いてきたので戻って参りましたの。でも……」

「言いたいこと……わかります。アザーリア先輩が行く前より、この町は寂しくなりました……」




 美少女が二人並んで語り合っているのを見て、思わず目を止めてしまう人間が多くいたが、またしてもベロアが睨みで撃退。ルサールカも負けじと逆風を吹かせる。




「……」

「……どうかしたの? わたくしに……何か、伝えたいこと……」

「……エリスせんぱいが……うう……」






 降神祭の日。自分は聖教会の祭事に参加させられ、ずっと城に拘束されていた。


 エリスが何者かに連れ去られてしまったと知ったのは、翌日のことで――






「そう、そうだったの……」

「うう……わあああん……」



 泣きたいのを堪えるファルネアに、そっと近付き抱き締めるアザーリア。彼女の目にも同様に涙が浮かんでいた。



「辛いわね。頼れる先輩がいなくなってしまうのは……」

「せ、せんぱいも……きっと……つらい……」

「……ええ。だって可愛がっていた後輩ですもの……いなくなってしまうのは、辛いわ……」








         すたすた


       とことこ



      さくさく



       とんとん


         かつんかつん








「……ふぇっ?」

「あら……?」











 石畳の道を――恐らく地下から昇ってきたのであろう。



 大勢の目をものともせず、有無も言わせず。



 その二人は堂々と、威風を纏わせて、歩み寄ってくる。








「――これはこれは綺麗なお嬢様方だ。お二人揃って午後の時間に会話の花かな?」






 男の方は、皮で造られた軽鎧。所々肌が露出しており、寒くないのかと訊きたくなる。


 伴っている女の方は、白くひだが多いロングドレス。裾に雪がついておらず、どういう理屈なのだと訊きたくなる。






 蝶のような仮面からは表情は何も読み取れない。



 然れどその声は、希望に満ち溢れ、



 今この島にいる人間では一番、輝いていた。








「その会話に彩りを添えよう。この苺をお食べなさい」






 跪て木の箱を差し出す。そこには瑞々しい苺が、十二粒。


 さあ我を食べ給えと、雪をものともせず主張している。






「……ごくり」

「い、いただきますわ……」






 口に入れれば春が訪れる。


 甘い、酸っぱい、瑞々しい。


 弾ける感触は目覚めの鐘。


 潰れる感触は羽ばたいていく鳥。


 素晴らしき果物の味が人に潤いを齎す。






「「……美味しい……!!」」











「そうでしょう、そうでしょう。だってこの苺は、私とオージンが丹精込めて育てたものですもの!」




 手を掲げて広げると、淡い光が次々宙に舞う。




「ああそうだとも、愛しきフリッグよ! 私と君とが旅の果てに辿り着いた村にて、ようやく実らせた尊ぶべき果実!」




 剣を掲げると、ばちばち光る球体が次々躍り出る。




 声高に、けれどもそれが真実味があるように。








     物語の世界が始まる号令だ










「私はオージン、かのフェンサリルの館より、フリッグを救い出し者!」

「私はフリッグ、かのフェンサリルの館に幽閉されし、願いを叶える力を持つ者!」




「運命の引き合わせは赤き果実! 冬に咲く赤き恩恵、小さく甘い苺の実! 甘酸っぱい味に種が弾ける食感、ジャムにもソースにも相応しい!」

「かのビフレストの島々、魑魅魍魎が跋扈する禁足の地! 魔物の牙をも恐れもせず、堂々と花咲く勇気の果実!」






   さあさあこのアルブリアの島にも――




   苺の如く、

   雪に負けない勇気をお与えいたしましょう!

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