第375話 リュッケルトとリティカ

<魔法学園対抗戦・四日目 午前十一時四十五分>






「リティカ、遂にこの日が来たわけだけど」

「ええ――遂に来ましたわね、リュッケルト」




 正三角形の北側、そこの指令本部で語り合うリュッケルトとリティカ。試合開始前、最後の歓談である。




「今までの勉学の成果を存分に発揮するんだ。そして成長した姿を色んな人に見てもらおう」

「お母様の娘として、恥ずかしくない戦いをしますわ!」

「僕も父上や母上……本当に世話になったなあ。わざわざパルズミールにまで一緒に来てくれて、世話を焼いてもらったよ」

「最初はとっても嫌がってましたものね! 一々僕に構ってくるんじゃないって!」

「そんな時期もあったあった、懐かしいなあ……」




 腰に下げた伝声器が、通信を受け取り反応する。




「……はい、こちらリュッケルト……あっ、ベス先生!」

「ご機嫌ようリュッケルト。ふふ、最後の激励をと思いまして」

「ありがとうございます!」

「貴方は私の元で、魔術に武術に励んでいましたもの。きっと素晴らしい成果を上げることができますわ」

「んっ、ふふふ……」


「私もティンタジェル遺跡の前で、貴方や他の子達の戦いぶりを見ています。速度も大切ですが、何より無理はしないように。特に大きな怪我無く到着してくださいね」

「……はい!」

「では失礼しますね……」






 通信が切れた後顔を上げると、リティカがにまにましながら見つめていた。






「ふふっ、良かったですわねリュッケルト!」

「リティカには来なかったのかい?」

「ここに来る前にたーっぷりお話してきましたの!」

「そうかそうか……」



 生徒が一人駆け付けてくる。猫の耳と尻尾が生えた、七年間一緒のクラスメイト。



「二人共、もうすぐ試合始まるぜ。期待してるからな、指揮に戦闘に!」

「任せてよ!」

「七年間の勉強の成果、見せつけてやりますわよー!」











「全世界の紳士淑女お子様ご老人の諸君!!! つーいにこの日がやって参りました~~~!!!」

「魔法学園対抗戦はラスト、総合戦でございまぁぁぁす!!! 今回の成績を持って、各魔法学園の総合結果が確定しますぅ!!!」

「ここで全てが決まる、五年生から七年生にとっては大一番!! 二年生から四年生にとっては緊張の一戦!! どちらも大きな意味を持つこの試合、悔いのない様に戦ってほしいものです!!」

「そしてそれを実況する方も全力で挑ませていただきますっ!! もう言わなくてもわかるかなぁ!! 実況と解説はブルーノとマッキーの仲良しコンビがお送りするよぉー!!」


「さぁて早速初戦の解説に参りましょう!! ここの戦いぶりが他学園に影響を及ぼすこと間違いなし!! 初陣を飾るのはパルズミール魔法学園でございます!!」

「獣人が多くを占める魔法学園だぁ!! その身体の特性上、武術に長けた生徒が多いぞぉ!!」

「ですが魔法についても負けてはおりません!! 特に上級生達の魔術には目を見張るものがあります!! 恐らく魔術研究の成果でしょうねぇーついついにっこりしちゃいます!!」

「武術と魔術のバランスが取れた戦いに全力期待だぁ!! さあさあもうすぐ試合が始まるよぉー!!」

「歴史を変えちゃうかもしれない一戦、しかとその目に焼き付けろ!! カウントダウン、三、二、一……




    スタートゥーーーーーーー!!!!」











 角笛の音が響く。しかしこの音は、普段聞いている物と比べて静かで低く、波紋の様に広がる。


 それもその筈で、この音で鼓舞されるのは生徒だけではないのだ。




 彼らと対峙する魔物も、号令代わりにして奮い立つ――






「ウギャギャギャ……」

「ングッ!」

「ゴォォォォッ!!」




 奇抜な肌を持ち、申し訳程度に襤褸で身体を隠したゴブリンの軍団。



 目の前に生徒の集団を見つけると、我先にと襲いかかる。








「やはりパルズミールには血気盛んな生徒が多いなぁ! これも獣の血が流れてる影響かぁ!」

「獣人じゃなくってもぉ、環境に影響されてる生徒は多そうだよねぇ」

「開始五分で幾つかの小部隊が交戦を開始したぞ!! 先ずはゴブリンやコボルトの群れでウォーミングアップだ!!」

「最初に遭遇するのは無属性の標準的なやつになるように仕向けてあるんだよねぇ。ここで倒れるようならぁ、一年近くかけて何をしてきたって言うのかぁー!」








 パルズミールの生徒は武器を手に戦う生徒が大半を占める。そして一目散に敵に群がり、戦果を奪い合うのだ。






「ぬぅん!!」

「ギャッ……!!」




 生徒の一人が放った斧が、ゴブリンの頭をかち割る。


 血を吹き出し倒れた死体が周囲に幾つも転がっていく。




「……ふう。先ずはこんなものかな」

「臭えな……えっと、臭い消し臭い消しっと」

「消しとかないと他の群れとかが来るからな……」




 武器を片手に茫然としている生徒に、水色の小さい玉を渡す。




「ほら、お前も休憩してこれ着けろ」

「……」

「聞いているのか、おい」

「――」



「ア……」



     グアアアアアアア!!






「ちっ、もう来たのか……」

暴走キャミル!? くそっ、こんな時に……!」

「慌てるな、落ち着いて対処するぞ。教えられた手順通りにな――」











「さあさあ試合開始から三十分! 徐々にパルズミールの生徒の本質が見えてきたぞぉー! 本質って言うと語弊があったりするんだけどこうとしか表現できねえや!!」

暴走キャミル現象、感情の昂ぶりに伴って自我の制御が効かなくなっている状態だぁ! 獣人の生徒はいつもこの現象と戦ってると言っても過言ではないっ!!」


「パルズミールにだけ特例で、暴走キャミルを収める為のポーションを持たせている。その影響で他の魔法学園よりポーションの所有可能個数が増えているぞ! そういうもんだと思って受け止めてほしい!!!」

「上級生を中心に的確な対処が行われているねぇ! さっすが獣人の扱いには手慣れてるっていった所かぁー!!」








「むむむ……これは、どう見ますかリュッケルト?」

「こんなもん……かな。そこかしこで交戦が始まっているからね。そう簡単には進軍させてくれないさ」



 生徒会が詰めかけ、指令に奔走する本部の面々。リュッケルトとリティカもその中で、七年生として作戦を練っていた。



「特に二年生を中心に暴走キャミルが見られているな。まあ……今は適切に対処できているね」

「私達が講習会を開いた甲斐がありましたわね!」

「おいーっ、二人共ーっ」



 間延びした声で呼ばれ、背伸びしながら向かう。



「どうされましたの?」

「ああ、ちょっとこの投影映像を見てほしいんだ」

「これは……?」






 目を細めて投影映像を覗くと、そこには――






「ただのオーガの群れじゃん」

「アルラウネの群れと少し混ざってますわね?」

「いや、アルラウネはいいんだよ。どっかから吹き飛ばされたってこともあるかもしれないし。問題はこいつだ――」



 群れの中央、ではなく隅にいる個体を指差す。他が黄土色をしているのに対し、これは緑色をしていた。



「えー……ウインドオーガかな。確かに他は無属性なのに、ちょっとここにいるのは不自然……?」

「でも有り得なくはない話だと思うぞ。無属性オンリーと見せかけて、属性持ちを混ぜて引っ掛けるの。そう、方針としては有り得なくはない」

「意味深な言い方……何かありましたの?」

「……他の個体と比べて挙動がおかしいんだ」



 挙動? と顔を見合わせる二人。



「先ずは交戦した生徒の報告。最初はこいつが単体で襲ってきて、それでボコボコにされたと」

「奇襲みたいなもんか」

「でもまだやると思っていた所で、撤退していったらしい。中途半端にな。まあ事無きを得たしこれはいいだろうってことで、気にはしなかったみたいだ。何なら俺らも思った。十分後の報告を聞くまでは」

「どんなだったの?」

「報告してきたのとは別の部隊が、このオーガと交戦したらしいんだが……武器で一撃喰らわせたはずなのに、その傷がどこにもなかったんだと」

「……」






 回復魔法か治癒能力が極端に高いか。すぐに可能性を割り出し分析する。






「後は他のオーガは統制を取れていたのに、こいつだけ単独行動が目立ったそうだ。後ろから奇襲されて焦ったって報告があった」

「よく焦ったで済んだな」

「むぅ……贈与魔物、ではないんでしょうね……」

「贈与魔物ならレイズ村の村章が刻まれてるからな。魔力に当てられると輝くやつ。見つけたら報告に上がってくるしお前達の耳にも入ってるだろ」

「じゃあこれは……?」



 考察を遮るのは、投影映像の先のオーガ達の行動であった。



「ええっと……交戦したなあ。この部隊は……」

「第三十八攻撃部隊……あの、僕の記憶が正しければ、この部隊って……」

「俺の記憶も正しいから問題ないぞ。ジル……ラズ家のお坊ちゃんが属している……」

「そっ、そのっ、戦闘ですもの、怪我の一つや二つは……」

「リティカ、お前はクーゲルト様が人間なんかの戯言を聞いてくれると思うか? 伯父上に対しても難癖つけるようなお方だぞ?」

「……」




 二人と話していた生徒は、わしゃわしゃと天パを掻いた後、




「……不安の種は潰しておきたい。悪いけど、二人で救援に行ってくれないかな?」

「いいのかい?」

「俺らだって伊達に勉強してきたわけじゃないさ。二人がいなくても、場を繋いでみせる」

「力強いお言葉ですわ! えーっと……」



 本部の隅に置いてあった木箱から、白く光る玉を取り出す。



「瞬間移動球! さあ、位置指定をお願いしますわ!」

「了解……ちょちょいのちょいっと」





   ~ちょちょいのちょいと魔力補給が完了~





「これで第十七フラッグライトに飛ぶよ。そこから指示を出すから、その通りに向かってくれ」

「わかりましたわ! 行きますわよ、リュッケルト!」

「はいはい、今準備してますよーっと」











   ぶ……




        ぶぶ……





「ぶひいいいいいいいいいい!!!!」






 オーガの群れを前にして、驚き暴れ回るジル。彼が着ている一張羅の鎧が泣いているようにも見える。






「ジル様ぁ~どうするんですか!!!」

「お前らがやれ!!! おれ様が怪我したらどうするんだ!!! ぶひぃ!!!」

「ええっ、そんな無茶な――」


         ぴきーん


「……この試合、きっとクラリア様も観ていらっしゃるのでは!?」

「何!?!?」

「クラリア様にいい所見せるチャンスなのにな~! それを不意にするなんて勿体無いと思いますな~!」

「ぶ……ぶ……」




      ぶもおおおおおおおおおおお!!!








「ウガァ!!!」

「グッ、グギィィ……!!」





 闇雲に突進し、更に斧を振り回すだけ。狙いを定める、何て初歩の初歩もできやしない。





「ぎゃーっははっはっはー!!! おれ様に恐れを為したか蛮族共!!!」

「ギィ!!!」

「ひぃあああああああ!!!」





 調子に乗っては逃げ帰り、突進しては退却しを繰り返し、


 オーガの群れは一向に弱る様子を見せていない。





「……学習してないっすか!?」

「徐々にオーガ達の動きが洗練されてる……!!」

「あーっ!!! ジル様ー!!!」



「……ぶひぃ!?」



 ジルが生徒達の方に振り向いた後ろから――



 緑色のオーガが、満を持してと言わんばかりに――








「――ハアッ!!!」






 頭を割ろうとしたその時、



 バイコーンであるナイトメア、デュークに跨り放ったリュッケルトの槍が、脇腹を貫く。






「ぜぇ、ぜぇ……」

「おお、人間か!! このジル様を助けたこと褒めて遣わすぞ!!」

「く、口だけは達者で……はぁ」




 急いで来た影響でかなりくだびれている。後からリティカがナイトメアのマミー、マールを連れて合流した。




「間に合ったようで何よりですわ!」

「リティカ……何だか、投影映像から見ていたのよりやばそうだよ……」






 ウインドオーガは脇腹の傷をじっと見ていたが――



 次第に視線を切り替えて、割り込んできた二人に向ける。濁った黒の目玉だ。






「ぶもおおおおおお!!! こっちに来るー!!!」

「まっ! この個体に夢中で群れの方の対処を考えていませんでしたわ!」

「そこの人間ー!! おれ様を助けろぉー!!」


「リティカ、僕らは何も聞こえなかった。いいね?」

「聞こえないなら助けに行く道理はありませんわね!」

「うふふ……纏めて倒しちゃえば、解決だと思うのだけど……」

「マール!! やっぱり私のナイトメア!! 天才なのですわ!!」

「ふふふぅ……」




 マールがぶつぶつ何かを呟いて、リティカの周囲に緑の波動を纏わせる。




「リュッケルト! ここは『レイジブル・アンド・ブラックパンサー・アタック』で参りますわよ!」

「は?」

「私がブラックパンサーで貴方がレイジブルですわ!」

「いや待って?」

「これはお母様直伝の技なのですわ!!」

「そういうことじゃないんだよ?」




「さあ、早く号令をかけなさってー!!!」

「……」






 幼い頃からの付き合いであるが――


 このリティカという少女、誰から仕込まれたのか時々変なネタをぶっ放す。






「……適当でも許してくれよ!?」

「合わせるので問題ないですわ!」

「オッケー――じゃあ行くよ、レッドブル!!」

「アーンド、ブラックパンサー!!」




「「アターーーーーーック!!!」」








 炎と風が合わさった一撃は――




 一体のオーガをいとも簡単に吹き飛ばしていった。

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