第376話 黒猫が二匹

「決まったぁーーーー!!! 七年生のリュッケルトとリティカの同時攻撃が、見事オーガの群れを駆逐したぞぉーーーー!!!」

「鮮やかな連携攻撃だったねぇ。あと何か叫び声みたいなのが聞こえてきたんだけどぉ、レイジブルとか何とかかんとか」

「実は俺それのプロトタイプを見たことがありますッッッ!!!」

「詳しくッッッ!!!」

「アドルフ様とルドミリア様が、新人宮廷魔術師歓迎パーティの最中酔った勢いで見せてくれた!!! 結果ウェルザイラの屋敷の一部が吹き飛びました!!! 三日ぐらい休日返上で修繕に駆り出されたぞコノヤロー!!!」

「実況に愚痴を混ぜ込む宮廷魔術師の反面教師だぁーーーっ!!!」








<試合経過二時間 残り三時間>






「ふうん……」



「やっぱり学生っていいねえ」






 尻尾を下げ、耳を立てて、キャサリンは試合の様子を観戦している。



 投影映像用のドローンに器用に掴まりながら。






「すみませーん!! そこの猫のお方ー!!」

「んあ?」

「それ、投影映像用に使ってるドローンなんですけど!! 降りてもらえませんかね!! というかよく掴まれますね!!」

「猫の柔軟性と魔法を使えば簡単さ。凄いでしょ、えっへん」




 じゃっ、と手を挙げてドローンごとすっ飛んでいくキャサリン。




「……話聞いてもらえてねえ!!!」











 時々あらぬ方向を映し出し、更に猫の尻尾がどでかく入る。



 そんな光景を見て、頭を抱えるのはロシェであった。






「何してるんだよあの方は……」

「随分と深刻そうだね?」

「ええまあ……」



 顔を上げて即座に猫耳を立てる。ハスターが話しかけてきたのだ。



「……何だよお前」

「いや、観戦しているだけだが」

「何で教師席で観ないんだよ」

「総合戦を前に生徒達はどのようにしているか、気になって」

「……そーですか」



 目を凝らし耳を立てるが、リリアンの存在を確認することはできなかった。



「そういえば」

「何だよ」

「ドローンの一つ、こちらに降りてくるらしいぞ」

「……は?」

「じゃあ私はこれで」



 黄色いスカーフを靡かせて、すたすたと去っていくハスター。






「……」


「……まあ、黒猫繋がりだしな?」











     ブルルルルルルルル……








「……ここでいっか。ご苦労様、無機質だけど」






 区画を隔てる森に降り立つと、キャサリンはドローンを手放し空に放つ。


 暫く見送った後、一言。






「……まさかボクの臭いがわからないなんてことはないよね、ロシェ」




 呼応するように、ガサガサと出てくる。




「……何でわざわざドローンに乗ってたんですか」

「気分」

「……」


「猫ってそんなもんでしょ?」

「まあ……」








 手招きされて木に登る。バランスを取るのは、たとえ獣人であろうと猫ならお手の物だ。








「で、時間を作るように言い付けたわけだけど」

「結局そちらの方から来ましたよね」

「それもまた気分だ」

「……手間が省けて助かりました」



 枝に跨り尻尾を揺らし、本人達からするとかなりリラックスした態勢を取る。



「どうよ、三年経つわけだけど」

「まあ、充実はしてますよ」

「それは良かった」


「……それだけですか?」

「キミの口から聞きたかったんだよ」

「はぁ」

「目付きも大分柔らかくなった」



 くしゅん、とくしゃみをするキャサリン。偶然にも照れ隠しのように思えてしまう。



「……そっすか」

「拾ってから数年はボクにすら懐いてくれなかったよねぇ」

「そりゃあそうでしょう。急に暖かい家と飯を与えられて、何も無いって方がおかしい」

「一理ある。でも、助けた恩っていうのがあるじゃないかぁ」

「助けた恩……」



 過去を懐かしむように、ぼんやりと。



「……兄弟達は元気でやってますかね?」

「うん、ボクやターナ家の連中で何とかしてるよ」

「そうか……」


「……でも、大分安定してきたとはいえ、魔法学園に入学できそうなのはいないかなあ」

「……でしょうね」

「キミは一番年上ってこともあったんだろうけど、奇跡だったよねぇ。読み書き計算、論理的思考も比較的できる方だった」

「あの状況で生きていくには、嫌でも力を身に付けないといけませんでしたから」

「世の摂理だね」






 何だか気が緩い雰囲気なので、ここぞとばかりに質問してみる。






「最近のターナ家って平和路線ですよね」

「一時期魔術大麻の仲介人やってたけどね。今は路線変更したんだ。実はキミにそれを任せようかと思ってたんだよ」

「……は?」


「学園内に魔術大麻を広めて面白がろうって思ってたんだけど、キミが予想以上に勉学に意欲を見せるもんだからねえ。これは尊いって思って止めた」

「……平和路線になったのも?」

「キミ達を見えてたら気持ち変わっちゃったんだよねー」

「そんな気軽に……」


「元々そういう契約でいたし。先祖代々ターナ家はそういう方針の下で栄えてきたし。よくあることだよ」

「よくそんなんでパルズミール四貴族名乗れますよね」

「時代の潮流に適応してるんだよ。昔は獣人も沢山いたけど、猫はそうやってきたから生き残れた。環境に程良く適応して程良く生きていくんだよ――キミだってそうだろう?」

「まあ……はい」





 ロシェの身体から鼠のグレッザが出てきて、彼の腹に乗る。





「契約してたのはアルビム商会っすか?」

「そこが一番大きい所かな。あとは塵みたいな小さい商会、闇商会が少々」

「……なら、カムランはその中に入ってないと」



 勘の優れたキャサリンは、耳も尻尾もぴーんと伸びる。



「……俺にわざわざ調べさせていた理由はそれですか」

「……連中はね。少しでも隙を見せようものなら、何されるかわかったもんじゃないから」

「黒魔法は危険ですからねえ」

「下手すると領地内に支部を作られかねない」

「領民を思ってのことでしたか」


「魔術大麻は昔合法だった時代もあったじゃん。でも黒魔法は何時の時代も非合法だ。そんなわかり切った地雷に手を出すわけないじゃん。ただでさえ地雷抱えてんのに」

「影の世界の遺跡は、寧ろあっちの方から群がってきますからね」

「顔突っ込んだら録なことにならない深淵だよ……本当に厄介厄介」




 ああそういえば、とキャサリンは続ける。




「『黒い鎧の青年』、『臍を出した女』。以上二名だ」

「何がですか」

「カムラン魔術協会、そこに来ている謎の人間。キミが前に報告してくれた奴だ」


「ふむ……今回はちゃんと見張りがいるようですね」

「前回はいなかったせいで暴走したと」

「俺なんて気絶しましたからね」

「それはお悔やみ申し上げよう」

「勝手に殺さないでください」




「……でも見張りが増えたってことは、彼らの主人は暴走したことに大層お怒りってことですよね」

「こそこそやってんのに急にでっかく出られたら、そりゃあ怒るでしょ。ボクも静かにキレるよ」

「俺もブチ切れますね」

「にゃっはっは~……そういうわけだ、引き続きカムランの動向には注意するように」

「自分でも調査したらどうです?」

「何言ってんの、ボクターナ家の領主だよ? 下手に出ることは無理なんだよっ」




 キャサリンは木から飛び降りた。ロシェもそれに続く。




「さて、言いたいことは言ったし、ボクは戻るとするよ」

「今日はお時間お作りいただき感謝いたしますっと……」


「そうだ、ボクグレイスウィルの試合も観るから。失望させないでよ?」

「……俺指令担当なんですが」

「でも前線に出ることはルール上可能って聞いたよ」

「……前向きに検討しますよ」


「いいぞ~人生前向きが一番だ。じゃっ」

「さようなら~」








 二匹の黒猫と一匹の鼠が去っていき、森には再び静寂が訪れた。

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