第249話 帝国主義

 こちらはウェルザイラ家の屋敷、ある水曜日の午後四時。この家では珍しく、優雅なお茶会が催されていた。




「伯父上、今日はこちらにお招きいただき、誠に感謝申し上げます」

「いいよそんな、俺とお前の仲だろ?」

「どちらかというと血筋では……」

「いいんだよそんな! 細かいことは!」



 アドルフが無造作に振った腕が、ティーポットに命中した。



「熱いっ!?」

「もう、伯父上ったら……母上がこのお姿をご覧になりましたら、きっと幻滅しますよ」

「アメリアはな!! 淑女としての教育を受けたからな!! でも俺は違う、俺は魔術師としての在り方を――」

「はいはい、それはもう十二分にわかっていますよ」



 リュッケルトはお代わりのお茶を注ぐ。



「そういやお前、グレイスウィルに来たのはいいけどさ。どこを見て回るかは決めているのか?」

「いえ特に……第三階層を散策しようと考えていた程度です」

「そうかそうか。今の時期はトゥメイトゥ~が美味いぞ。トゥメイトゥ~が」

「トマトですか。僕苦手なんですよね……」

「まああのぐちゃぐちゃが好きになれるかで分かれるよな~」








 今日の天気は夏特有の土砂降り。前触れとして湿気だけで訪れ、嫌な予感を巡らせているうちに降り頻る大雨。鈍色の入道雲が、アルブリアの島を覆い尽くさんとして広がっていく。




 しかし縦に伸びて、殆どの土地に天井が設けられているグレイスウィルに関しては、あまり影響が見られなかったりする。






「天気に影響されないということは、果たして良いことなのか悪いことなのか」

「振り回される必要はなくなるが、管理を徹底しないといけないからな。しかしそれ以上に安定するという長所は大きいと思うぞ」



 二人がやってきたのは牧場区。のんびりと牛や馬が草を食べている横を通って、乗馬場に到着。



「デューク、出ておいで。久しぶりに走ろう」

「んなら俺も負けないぞ? フォンティーヌ!」




 黒きバイコーンと白きペガサスが、同時に発現する。




「十周でどうでしょうか、伯父上。耐久戦なら臨むところですよ」

「こちらこそ! 俺だって領主としての意地がある、負けないぞ!」











 一方の第二階層。街角の喫茶店で、若き淑女達は茶を嗜む。






「へえ、この人が……」

「リュッケルト・ロイス・ウェルザイラ! 私の幼馴染なのですわ!」



 えへんと胸を張るリティカ。彼女に誘われたエリス、カタリナ、リーシャの三人は、渡された似顔絵を見つめている。



「この人が学園長先生の息子さんか~。ちょっと似てるかもしれない」

「あら、ちょっと違いますわ。リュッケルトのお母様はアメリア・ロイス・ウェルザイラ様。アドルフ様の妹に当たられるのですわ」

「じゃあ甥っ子と伯父さんの関係ってことかぁ……」



 ここリーシャはコーヒーを飲んでちょっと休憩。ホイップクリームに薔薇のオイルも加え、アイスクリームも付けてもらったお高めセットメニューである。



「んんんんみゃいいいい……リティカ様、本日は本当にありがとうございますぅ……」

「後輩の頼みは断らない主義なんですの!」

「うふふ……それで取り返しのつかないことになっちゃえばいいのにぃ……」

「ちょっとマール!? 何を言っているんですの!?」

「お金の使い方が杜撰ってことよぉ……うふふ……」



 マールはそれだけ言うと、にゅっとリティカの中に戻っていった。



「……たった一言、物申すためだけに出てきた」

「急に出てきて急に帰っていくんですのよ、この子。見た目が包帯ぐるぐるだから、慣れていないと驚いちゃいますわ!」

「スノウは雪だるまだから、あいきようがあるのです!」

「何か自己主張してきたこの子ー!?」



 爛々と机の上で飛び跳ねるスノウ。リティカはそんな彼女を愛らしそうに見ている。



「きっと主君がご機嫌だから、それに影響されているんですわ!」

「あ、確かに……高めのメニューを奢ってもらえて天にも昇りそうな勢いです」

「主君の感情に影響されるのかー。勉強になった」

「勉強と言えば、皆様前期末試験の方は平気なんですの?」

「やめてー!! さらっとその話題に持っていかないでくださいー!!」











 こうして軽食も堪能し、会計も済ませた後。






「今日は本当にご馳走様でしたあ~!」

「いえいえ、大したことありませんわ!」




         ……





「わたし達のことも覚えてくださって、ありがとうございます」

「次にウィングレー家の当主に立つ者ですもの、それぐらい当然ですわ! できれば他の皆も誘いたかったんですけど……」

「試験勉強、忙しいですからねえ。あはは……」




         ……




「じゃあこれにて……?」

「……?」




 足を進めようとしたが、それには及ばない。








「……」




 その人は白いローブを着ていた。


 厳密には背中に、赤い薔薇の紋章――グレイスウィル王国の紋章と同じものが描かれているのだが、彼女達はそれに気付きはしない。






「あの……このお店にご用ですか? それなら――」

「いえ、私が用があるのは貴女方です。どうか話を聞いてもらいたい」

「……」




 滑らせるように足を動かして、


 リティカは三人を庇うように立つ。






「今は何の時代と呼ばれているのか、当然ご存知でしょう。帝国の支配から諸地域が解放され、次の段階へと歩を進める新時代。そう、今までになかった新しい試みが各所で行われています」


「しかし……その現状はどうでしょうか? 自治の権利を得たのはいいものの、それは果たして上手く機能しているのでしょうか?」


「南西の果て、ガラティアでは多くの民が貧困と暴力に悩まされています。クロンダイン王国では民を一纏めにできず、結果内乱が起こり罪無き人々が犠牲になりました。これらの他にも、小さな村や町が、他地域からの侵略のみならず賊や魔物といった災害に対応できずに滅んでいっています」


「彼らには自分達だけでやっていけるだけの力がなかったのです。リネスやケルヴィンといった先進地域に煽られて、意味もわからぬまま中途半端に便乗した結果、首をよりきつく締めることになった」


「そう、故に彼らには――導いていく者が必要だ。全てを一任できる、大いなる指導者が。それができるのは何処か?」






 一旦言葉を切り上げ、一歩大きく踏み出してきた。






「――帝国です。反乱を抑え込めぬまま、軟弱な市井へと成り下がった王国ではない。かつて聖杯の恵みと共に繁栄し、イングレンスの世界を手中に収めた帝国こそが、この世界を導いていくのに相応しい!」


「今の王政は堕落している! 諸外国で多くの民が血を流しているのに、自治がどうこうとかまけて一切動こうとしない! 世界の先導者としての矜持は何処にもない!」


「故に今こそ帝国の復活が必要なのです――! さあ!」






「どうか我らと、志を共に――「ちょっと目を瞑っておいてくださいねえええええええええええええ!!!!!」








 えっ、と驚嘆する間もなく、




 男の背後から、赤い霧状の何かが、噴射される。




 痛みを僅かに感じ、すかさず目を閉じる――






「ぎゃああああああ!! な、何だこれは!!! ああああああ!!」

「痛いでしょう!? 何てったって純度百パーセントヘルブレイズチリだからなあああ!!!」

「おじ様!」




 様々な色が混じった、奇抜な髪と服装の男は、


 白いローブの男の顔目がけて、また赤い霧を噴射する。






「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! きさまあ゛っ……!!!」




「さあさあリティカ様……と後ろのお嬢様方三人! 私について参られてくださいな!」

「あ、あの貴方は?」

「心配なさらないで! おじ様はとてもいいお方なんですの!」

「その通り私はいいお方です!! さあさあ、あの男が追ってこないうちに早く!」

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