第250話 リュッケルトとウェルザイラ家の面々

 その頃乗馬場では、リュッケルトとアドルフが丁度乗馬を終え、火照った身体を冷ましている最中であった。リュッケルトの両親、アメリアとヘンリーも合流し、それぞれ憩いの時間を送っている。




「ふー……お疲れ様でした、伯父上」

「久しぶりに汗かいた……気分もすっきり爽快だ!」


「リュッケルトちゃん! 見事な走りだったわ~! 私は嬉しさで胸がはち切れそうよっ!」

「母上、ありがとうございます」


「アメリアー、俺にも水くれよー」

「まあ何てことを仰いますの! 自分で汲んできてくださいまし!」

「酷い」




 ヘンリーにでも頼むか、と周囲を見回すと。




「……おっと。リュッケルト、お前に客人だぞ」

「え?」


「あら……あそこにいるのはリティカちゃんじゃない!?」

「……でも何か人数多くないですか?」

「俺の可愛い生徒達もいるな。折角だし全員呼んでこよう」








 そして全員呼ばれた。








「リュッケルト! ここでも出会うなんて、素敵なご縁ですわね!」

「あはは……いやあ、どうもどうもぉ」

「よそよそしくすんなよぉ」

「だって知らない人がいるじゃないですか……」




 ちらと向けられたリュッケルトの視線に、お構いなくと手を振るエリス達。ジャネットに関しては大仰に振りたくる。




「ああもう!! ……というか、名前をお伺いしてもいいですか。ジャネット様以外」

「あるぇ~!! 私のことをご存知でございますか!!」

「散々リティカから話を聞いていたからね……そちらの三人はグレイスウィルの学生さんだよね?」

「はい。わたしはエリス・ペンドラゴンです。ナイトメアはお留守番中です」

「カタリナです。このゴブリンは、ナイトメアのセバスンです」

「リーシャ・テリィです! ナイトメアはこの雪だるま、スノウです!」




 その後にそれぞれ会釈をした。とてもいい気分にさせてくれる、丁寧で好印象なものだ。




「僕はリュッケルト・ロイス・ウェルザイラ。アメリアとヘンリーの息子でアドルフの甥だ。よろしくね……それにしても、元気のいい子達だ」

「そうでしょうそうでしょう!」

「そうだろうそうだろう!」

「何で伯父上まで……」




 そこにちょっと離れた場所で畑仕事をしていたヘンリーが戻ってくる。






「父上。困った顔をされておりますが、どうされたのです?」

「いやあ、ちょっと鍬が壊れてしまって……申し訳ないのですが、ちょっと見て頂けたらと」

「お前なら自分の魔法で治せるだろう?」

「でもこれはウェルザイラ家の備品です。部外者の僕が手を加えるわけには「このジャネットがご覧になりましょうッッッッッ!!!!!」






 アドルフとヘンリーの間を押し退け、ジャネットがぶち割って入る。






「ちょっとおま「ふむふむ!! 地面を耕す鉄の部分が欠けているのですね!! これではまともに土を掘り返せないッッッ!!」

「あ、ああ。土に埋まってた石にかち当たってしまって、それで「でしたらこのように改造いたしましょうッッッ!!!」




 背中に背負っていた箱をドンと置いて――


 そこから道具を取り出し、即席で改造を始めてしまったジャネット。






「……成程、これがジャネットか。こりゃールドミリアが好みそうな性格してるな……」

「知っている方なんですか?」

「エリス達も名前ぐらいは、日常の中でそれとなく耳にしたことあるんじゃないか? リネスを拠点にしているフリーランスの魔術師だよ」

「おじ様は生活に役立つ魔法具を沢山発明しておられますのよ! お母様も私も、その成果には目を見張っておりますわ!」

「確かにいい発明をすることもあるんだけど、大体センスが狂ってるからなあ……」

「まっ! 突飛な発想をする人というのは、往々にして普通の人とは発想の起点が違うのですわ!」

「前向きな言い方するなあ」




 などと話している間に、完成したようだ。






「でーきあがりー!! さあこちらの鍬!! 握ってみてくださいませ!!」

「あ、ああ……おっ。いい感じだぞ」

「えっ? 父上?」


「前よりも軽くなってるね……欠けてしまった部分も元通りになっているし」

「欠けた部分には魔力結晶から生成した鉄分を合成しました!! 今回用いた魔力結晶は物理攻撃ファイター系の魔力に物理支援ストラテジスト系の魔力を合成させたものでございます!!」

「へえ、物理攻撃ファイター系! 魔法具に用いているのはあまり見かけないけど……ちょっと、話を聞いてもいいかな?」

「どうぞどうぞいくらでもお話しいたします!!」




 そうして二人離れていくヘンリーとジャネット。






「……何てことだ。父上がジャネット色に染まった。あの目に悪い配色に……」

「ヘンリー様は魔術研究のことになると止まらなくなっちゃうんだからっ! そこが魅力でもあるんだけどねっ!」

「いつまで経ってもお熱いよなお前達……」


「あ……そうだ先生」

「ん?」

「ちょっとお訊きしたいことが……」




 エリスは喫茶店の前で遭遇した、白いローブの男のことを話す。






「……あー。そうか、出遭ってしまったか」

「何ですの! まだ建国祭まで遠いっていうのに、迷惑な連中ですわね! 建国祭でもお静かにしてほしいのですけれど!」

「特に怪我とかはしなかったんですけど……何か、怖かったです」

「いいえ! 恐怖を与えてきただけで十二分、罰するに値しますわ! 帝国主義者の連中、野放しにしていたら何をするかわかりませんもの!」

「帝国……」




 ふと、昨年の建国祭で出遭った、ハンカチを配っていた女性を思い出すエリス。


 そういえばあの時の女性と、全く同じローブだった気がする。




「まあ、話聞いちゃったからわかると思うが。グレイスウィル帝国の復活を主張する一派だな。平民、商人、騎士、魔術師、四貴族以外の小さな貴族。どの階層にも一定数いるんだよ、新しい流れを受け入れられずに昔に固執する人間が」

「帝国の手から放れた諸地域は、治世に失敗して貧困や内乱に喘いでいる。故に帝国を復活させて彼らを導く必要があるというのが彼らの主張ですが、まだ早計であるとしか言いようがありませんわ!」

「新時代は六十年、帝国時代は約千年だからな。比較しようにも開きがありすぎる」


「だからいいですの!? 白いローブの連中に会ったら即逃げる!! 捕まってもいい感じの言い訳をぶつけて即撤退ですわ!!」

「……心得ておきます」



 過激な人もいるなあと、内心思うエリス達。そしてジャネットに対する好感度が急上昇。



「じゃあジャネットさんは、それを知ってて私達を助けに来てくれたのかー」

「リティカ様がお出かけになられたと聞きましてなー!! それで私もお供しようと追っかけた所に丁度出くわしたんですわー!!」






 遠くから声を張り上げるジャネット。ヘンリーは彼から渡された魔力結晶を、魔術拡大鏡を用いて隅々まで観察している。






「変態か何かですか貴方」

「いや!! 先程噴射したアレ、ヘルブレイズチリスプレー!! アレをリティカ様に献上しようと思いまして!!」


「世界で一番辛い赤辛子ですわね! ただでさえ鼻をつんつん刺激されるのに、目に入ったら堪ったものではございませんわね!」

「そうです!! その通り用途は不審者撃退用!! これにてリティカ様も安心して街を出歩けるって寸法ですさぁー!!」

「成程なあ。量産したら馬鹿売れしそうだな」

「ヘルブレイズチリが非常に高くって、仕入れ費差し引いても赤字になります!! よってそれは私とリティカ様との仲ってことでオナシャス!!」


「まあヘルブレイズチリじゃなくても……十分ではある、気が……」

「アドルフ様!! そういうことでしたら、グレイスウィル産の赤辛子で作ってみましょう!!」

「ちくしょー!! こうなる気がしたんだよー!!」




 頭を抱えるアドルフに、じっと突きかかる視線四つ。




「先生、ここは観念しーましょっ」

「えっ」

「楽しそうじゃないですかこういうの~」

「ちょ、エリスにリーシャ? カタリナ? カタリナはまだ迷ってるよね?」


「……諦め、ましょう」

「……」


「さあ、アドルフ様! いいのか悪いのかどちら!?」

「……」






 まだ若かりし頃のリティカの母親――ルドミリアにも、こうして振り回されていたことを鮮明に思い出すアドルフ。


 そこでは大抵観念して研究に協力していた。よって今回も、観念するしか選択肢がないと確信できてしまった。






「……手伝えよリュッケルト」

「そんな伯父上~~~!?」

「リュッケルトちゃんが手伝うなら、私も一緒に手伝いますわ!」

「母上も乗り気!?」


「ではでは~! お屋敷の台所にごー! ですわ!」

「ごーごー!」

「れっつらごー!」

「ごーごー……」






 意気揚々と走り出すレディの皆様。


 ダンディなお人は取り残されて、苦労に顔を老けさせる。






「フォンティーヌ……いい感じの赤辛子、拝借してこい……」ひひーん


「だ、大丈夫ですか伯父上……」

「え? 大丈夫大丈夫、よく考えたらクーゲルトの野郎に比べればこんなんマシマシ」

「ああ、クーゲルト様……ご子息のジル様が敗北されて、大層お怒りだったと伺いましたが……」

「どー考えたって子供の責任なのに、やれグレイスウィルが強すぎるだの、グレイスウィルが裏金はたいただの、こちら側に全責任押し付けやがってよーぉー!! 事後処理疲れた!! 今も肩が痛い!! あっ仕事早いなフォンティーヌ流石俺のナイトメア!!」

「デューク、僕達も行こうか……」






 賑やかな午後の時間を過ごしている間に、雨は通り過ぎていったようだ。

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