第61話 六人の勇士達

「おらぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!」



 鉄爪を装着したアリアは、怒涛の勢いでゾンビの頭を殴り付ける。



「ふんっ……これで二十三体目ぇ!!!」




 どれほど腐った肉体であろうとも、頭が吹き飛べばどうしようもない。



 頭を失った肉体は、数歩歩いた後に地面に落ちていく。




「とおっ……やああああっっっっ!!!」




 イリーナもまた、槍に力を込めてゾンビの身体を貫く。




 心臓が破裂し、それは人間としての形を成さなくなる。




「まあ、こんなもんね……」



 幾多のゾンビの残骸を後ろ目に見ながらアリアは呟く。



 屋台や住宅の瓦礫に紛れて、人肉の腐った不快な臭いが辺りに充満する。






「――っ!! アリアさん!! 危ないっ!!」



 イリーナが叫ぶ頃には、



「グギャァァァ……!!!」

「嘘っ……!!!」



 アリアの頭上から、ゾンビが襲いかかろうとしてきた。




 だが、ゾンビは爪を振り下ろす前に、



「グギャッ……」



 何かに引っかかり、細かい肉片となって地面に落ちた。






「ふう、大丈夫かしら?」



 グリモワールがその右手から、輝く糸を紡ぎつつ歩いてくる。糸の破片には、肉塊が僅かに付着していた。



「……魔法糸結界ね。やるじゃないの、アナタ」

「アタシ仕立て屋だからね。このぐらいお手の物よ。それで、南エリアはこんなものかしら」

「それなら北エリアに加勢に向かいますか」

「そうしましょっ!」








 現在ユーリスとストラムは、路地裏に入り込み様子を窺っている。



 通りを歩く者はどこの店も閉店していることに気付いていない。気付く為に必要な知能すらない。まして路地裏に人が隠れていることなぞ気付くはずもなく――



「んーどうすっかな。完全に追い込まれたよねこれ」

「フッ……どうやら僕の美しさに見惚れてやってきてしまったらしい」

「君が原因だからね? 何で急にバイオリンなんて弾き出したの?」




「……敵が少なくなってこれはアピールチャンスと思ったんだ!!! 要するに油断した!!!」

「あーわかってるならいいや。まあエリシアは大丈夫だ、クロとジョージがついてるし。問題は僕達なんだけどね」

「流石にこの人数相手にしたら僕らでも余裕で死ねる」

「そうなんだよねえ……」



 ユーリスはうんうん唸って考え込む。



「君さ、何ができるの? バイオリンで殴る以外で」

「一応氷の魔法が使えるぞ?」




「……何で!? 何でそれを言わなかった!?」

「下手くそなんだよ魔法は!!! 殴った方が早い!!!」



 ゾンビの一体が振り向いたのを見て、騒いだ二人は一気に静かになる。



「一属性でも魔法が使えるなら結構だ。疑似的に合成魔法が使える」

「疑似的?」

「君の氷魔法に、僕が別の属性の魔法を合わせる。それだけだ」

「成程、面白い。このストラム様は乗ってやるとしよう」

「プランはこんな感じでね……」








「キシャァー!!!」

「ンモーゥ!!!」

「よし、いい感じっ……!!!」



 エリシア、ジョージ、クロの一人と二匹は、


 急造した魔法陣の中に入りながら、ゾンビ達に魔法を浴びせていた。



「いくら強固な魔法陣を張ったからといって……!! 遅い!! 流石に遅すぎるわ、あなた!!」



 魔法陣への魔力も供給しながら、エリシアは憤る。



「もう……私も前線に、出ようかしら!?」





 橙色の刃を振るったその時。



 ゾンビ達の動きが鈍くなる。





「あら」

「やりやがったなあいつ」

「綺麗だにゃ~」




 空を見上げると、霰が降ってきていた。 



 残暑の空から舞い降りる、鋭く冷たい魔法の礫。



 それはゾンビ達に突き刺さり、次々と生命活動にとどめを刺す。





 そんな最中、アリア、イリーナ、グリモワールの三人がエリシア達に合流してきた。





「お姉さん! 大丈夫かしら!?」

「なっ、これは……霞か!? 夏なのに!?」

「魔法で降らせているんでしょ? 暑いから丁度いいわ」



「私は大丈夫です。でも主人ともう一人の方が……」

「男二人が行方不明ってわけね」

「でもこの霞、恐らく主人が降らせてると思うので……ああ!」




 エリシアが声を上げ指を指す。



 その方向からユーリスが身体を覗かせていた。




「お兄さんがた~! ご無事かしら~?」

「あなた!! 大丈夫なの!?」




「お~う僕は大丈夫だエリシア~。いやー、ちょっと合成魔法を使ってゾンビ達を一網打尽にしたんだけどね」





 ユーリスとストラムが路地裏から出てくると、



 残った四人の表情が一気に青褪める。





「……大物、来ちゃった」




 彼の後ろには、体長数メートルもあろうゾンビが立ち尽くして、静かに見下していた。






「――」




 言葉にならない奇怪な声を上げて、二人の後ろにひっそりと佇んでいるのだ。






「……うう」

「気持ち、悪いよねえ……こいつ魔術を使ってる。狭い路地裏からにゅるっと出てきて、音もなくっついてくるんだぜ……正直怖いよ……」



 ユーリスとストラムはじっとりと歩を進め、大通りの中央に仁王立ちする。





「あいつ、知能があります。普通のゾンビならもうお構いなしに襲ってくるはず……」

「『近付いたらこいつらを殴る』ってやつね。ゾンビにしてはよくやるわ」

「……どうするの、これ。攻撃されたらひとたまりもない大きさよ?」



 女性陣もゾンビを正面に据え、出方を窺う。





「……ふぅ」



 この緊迫した状況下で、ユーリスは溜息をつき、そして、



「あーあ、こんなことになるんだったら……最期にが食べたかったなぁっ!!!」



 大声でそう叫び、エリシア達の元に走り出した。






「ちょ、キミィー!?」   「――」




 巨大なゾンビは、目の前に残った慌てる男、ストラムに襲いかかろうとするが――




「――、――」   「……うえっ!?」




 その攻撃は何かに弾き返された。



 弾き返されたゾンビは、疑うように目の前をじっと見つめている。




「急げ!! 時間はそうそうないぞ!!」

「あ、ああ!!」



 ユーリスが切羽詰まった表情で叫んでいたので、ストラムは彼がいた魔法陣の近くに走り寄る。




 その間ゾンビは目の前の何かに攻撃を振り下ろし、破壊を試みていた。



「あれが壊されたらこっちに向かってくる。そうしたら一撃叩きこんで……」




 続ける予定だった言葉を何かが弾け飛ぶ音がかき消す。




「やべっ、もう終わりかよ……! 予想以上の馬鹿力だあいつ!!!」

「それならここは僕がぁー!!!」



 ストラムは屋根の上に飛び乗り、バイオリンを取り出して掻き鳴らす。



「はっはー!!! こっちだこっちー!!! 美の結晶たる僕を捕まえてごらーん!!!」

「――」



 ゾンビは挑発に乗ったようで、ストラム目掛けて腕を振るう。建物がごりごりと削れる音が響く。






「アタシもあっちに行くわ。攻撃するのはアタシの柄じゃないもの!」



 グリモワールも足早にストラムの元に駆けていった所で、



「じゃあアタシ達で準備しましょう!!」

「四人もいるなら簡易的な詠唱魔法が発動できるな」

「よし、ではこの魔法陣を使って……ニーア、支援を頼む」

「ジョージとクロもお願いね」



 残された四人は魔法陣の中に入る。






「いーやっふぅ!! こっちだよーん!!」



 ストラムは屋根の上を軽快に飛び移り、ゾンビはそれに追い付こうと続く。


 腕を振り上げるも屋根まで届かず、住宅を破壊するだけに留まっているのは幸いか。



「来いよノロマ! 君なんてこわ……




           ああああああ!?」





 ストラムが宙に足を踏み出したと気付いた時には、既に自由落下が始まっていた。



「嘘!? 僕こんな所で死ぬの――!?」





 だが、地面に叩き付けられそうになった瞬間、




「おおおおおおっ!?」




 身体が宙に浮き、そして地面に着地する直前で、ひょいっと飛び跳ねた。





「全く、調子乗りやすいのねアンタ!」



 数回押し返されて、宙に浮くのを繰り返した後、すとんと地面に着地した。



 その横から、グリモワールが呆れた顔でストラムを見つめる。



「な……何か色々わからないけど感謝はするぞ!!!」

「はいはい、来るから身構えてー」



 看板が抉れて何の店かわからなくなった、そんな建物の影からゾンビが顔を覗かせる。



「さて……今度は来た道を戻りましょう。きっと彼らが渾身の一撃を準備してくれてるはず。それが当たらなくなる可能性を下げていくわよ!!」

「合点承知ィ!!!」




 それぞれ足に強化魔法をかけ、ゾンビの隣を駆けていく。




「さあ、追いかけっこ再開っ!! 勝つのはどちらかしらね!?」

「美しい僕はそう易々と死なんのさぁー!!」








 ――高潔にして純朴たる光の神よ




「君さあ!! どこ住み!? 今度家に向かうよ!!」

「このタイミングで……ナンパなんて!! いい度胸ね!!」




 ――ここは人の世、紛うことなき現の世界




「そんなつもりはないよ!? ただ……やっべえ!! 足痛くなってきた!!!」

「口説き文句は最後まで言い切りなさい!?」




 ――幻想世界は花の夢。遥か彼方の桃源郷




「いや、何か君とは前に会った気がするんだよね!?」

「ああ、捻りのないやつ来たわね!!! 五十点!!!」




 ――主君が望みし旋律はここに無し。それでも我が叫びに応えてくれるのならば






「世に先導の光を齎し給え――!!」




 ユーリスが詠唱を終えると、魔法陣から光の帯が噴き出す。






「よっと!!!」

「ゴォォォォォルインッッッッッ!!!」




 グリモワールとストラムは輝き出した魔法陣の中に滑り込む。




 これにて準備は整った。魔法陣の外に取り残された巨大ゾンビだけに、光の帯が降り注ぐ。






 そして、奴は断末魔の悲鳴すら上げることなく、この世界から存在を消した――








「ふむう……」



 入り組んだ路地裏にて、腰が曲がった黒いローブの男が唸っていた。



「さっきは上手くいったようだが……」



 真っ黒な目は零れ落ちそうなぐらいに飛び出し、鼻は尖って突き出している。耳は長大で、身体のあちこちに深い皺ができている。僅かに残った白い髪は、生えているというよりは乗っかっていると言った方が適切だった。





「よーう魚の目。こんな所に居やがって。探したんだぞ畜生が」



 悶々とし続ける男の前に、屋根の上から若い男が飛び降りて、ひらりと着地した。



 白い短髪の黒目で、黒をベースに黄金のラインが入った鎧を身に着けていた。端正な顔立ちで引き締まった肉体にも関わらず、その容貌はギラギラと輝き、目にする者にべたつくような不快感を覚えさせる。




「……馬鹿な貴様に教えてやろう。魚の目とは足などの皮膚が固くなる現象のことだ」

「知るかジジイ。てめえの目は魚みたいに飛び出て死んでいるから魚の目だ。んで? 調子はどうなんだよ」

に調整して頂いたとはいえ中々厳しい。ゾンビ達のコントロールも、任意の魔術を行使することもできん。さっきは上手くいったようだが」

「街の外にすっ飛んでった奴だろ? あいつ氷漬けになって爆発したよ?」

「なんと……」



「まあゾンビなんてそんなもんだ。ていうかこんなにいるんだから一体ぐらい寄越せよ」

「屑にくれてやるゾンビなぞない」

「あ? 喧嘩売ってんの?」




 鎧の男がローブの男に掴みかかろうとした瞬間、



 二人の視界がやや明るくなった。太陽の光ではないことは理解できる。




「……あー。光魔法だなこれ。とうとう実力行使に出たか」

「最後のもやられたか……」

「あの路地裏を駆け回るでっけえ奴ね。流石にあれは気持ち悪かったわ」



「まあ……課題は見えてきた。今日はもう撤収しようと考えていた所だ。故に処理してくれるのは有難い」

「だから全部僕に寄越せっつったんだ。僕の方がもっと効率的な処理ができたぞ?」

「黙れ屑」

「ああああ……!!!」




 鎧の男は眉間に皺を寄せながら地面に魔法陣を生成する。



 大気中の魔力を押し固めて作り上げたのだろうが、それにしてはやけに汚い黒をしていた。




「おい!! 撤収するんだろ。ならさっさとこの中に入れ、連中に見つかる前にな。この魔法陣に入ればローディウムだ」

「ローディウム? 何故あのような島に」

「付き添いだよ、付、き、添、い!! あのオッサンが橋の様子見たいっていうからさぁ!! そこから目を盗んで迎えに来てやったんだぞ? 感謝しやがれ」



「……あの方が貴様を付き添いにつけたと?」

がワタクシめに見聞を広める機会をお与えになられたのさ。お傍にいれないのは身が詰まる思いだけど、これも我が主の愛故なのでね」

「……毎度のことだが、あの方のこととなると貴様は気持ち悪いな」

「存在事体がきしょいてめえに言われたくないんだが?」




 互いに悪態をつきながら、二人の男は魔法陣の中に吸い込まれていった。

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