第102話 アーサーの休日・前編

 帝国建国祭、学園祭、収穫祭。疾風怒涛に迫ってきていた行事達も終わり、残響のような寂しげな風がアルブリア島を包む。


 それはもうすぐやってくる冬を見据えているのか、あるいは賑やかな行事が終わり、日常が戻ってくることへの郷愁きょうしゅうか。




「ふぅ……」



 十一月も半分を切ったある土曜日。アーサーは部屋の窓を少しだけ開け、そんな風を感じていた。



「……暇だな。いや、自由と言うべきか」




 建国祭以前の魔術大麻騒動から始まり、学園祭の料理部の出店に収穫祭。行事の準備などに追われ、自分の時間はあまりなかったと言ってもいい。


 しかし今は行事も一段落し、割と自由な時間が与えられている。




「……」



 折角自由なのだから何かしてみたいと――



 そんな感情が彼の中によぎった。






 思い立った後に向かった先はリビング。用がある相手はそこにいた。




「アーサー。宿題終わったの?」

「いや……」



 エリスはソファーに座り、苺を食べながらペンを走らせている。日光が差し込みぽかぽかだ。



「……手紙か」

「うん。最近は行事ばっかりで忙しかったから。あとその感想も添えて送ろうかなって」

「……」

「……どうしたの?」




 アーサーはエリスをじっと見つめる。そして適切な言葉と理由を考えた後、口を開いた。




「……許可を」

「え?」

「外出の許可をもらいたい」



 許可という単語を聞いて、エリスはきょとんとした表情になる。



「……お出かけしたいってこと?」

「ああ」

「アーサー一人で?」

「そうだ。だからお前の許可をもらいたい」

「……」



 エリスは少しの間口を閉じ、考え込む。



「……何をしに行くの?」

「何もしない」

「……へ?」

「天気がいいから、出歩いてみたくなった。以上が理由だ」

「……」





「……あははっ」




 何がエリスを笑わせたのか、アーサーは理解できない。多分エリスも理解できていない。




「……」

「ごめんね、ごめんねぇー。アーサーも目的もなくぶらぶらしたくなるんだなあって、おかしく思っちゃった」

「……」


「そうだ、料理部は? わたしこれ書いてるし宿題溜まってきたから休むけど、アーサー一人で行ってきてもいいんだよ?」

「……それよりは出歩きたいと思った」

「ならそれでいいんじゃない。わたしは許可するよ。自由に行ってきなさい。ついでにお土産とかあったらください」



 後半は完全に私欲であったがアーサーはツッコまない。それより別のことを訊ねた。



「……オレが何か騒ぎを起こしそうだから、許可を出さないものだと思っていたが」

「逆に訊くけど、自分から何か揉め事起こすつもりで行くの?」

「……そのような意図は断じてない」

「だったら大丈夫だよ。もう半年も経ったし、わたしはアーサーを信じます」

「……」



「信じてるんだから信じられてる相応の行動を取ってよー?」

「わかった」




 それからアーサーは愛用の鞄に荷物を放り込むと、カヴァスを連れて離れを出ていくのだった。







 まずアーサーが向かったのは薔薇の塔。男子生徒が寝泊まりしている学生寮である。



 ここにいる知り合い達と何かしよう――と思って来たのだが。




「えーと、ルシュドは武術部、ヴィクトールはハンスを連れて生徒会、イザークは外出中……」


「悪いがお前の会いたい友達は全員いないな、アーサー」




 事務室にいたアレックスにそう伝えられ、アーサーは若干肩を落とす。




「……」

「まあ、そういう日もあるさ……遊びに来たのか?」

「……ああ」

「そうかそうか、じゃあ遊びじゃなくて申し訳ないが……」

「アレックスゥー!」



 景気よく事務室の扉を開けたのはビアンカ。その手には大きめの箒が数本握られていた。



「おおービアンカ、待たせて悪いなー」

「迎えに来てやったんだから感謝してよ! おっ、アーサー君もいるじゃ~ん!」

「今から誘おうとしていた所だー」



 アレックスは箒を二本受け取り、アーサーに向き直る。



「というわけだ、小遣いは出すから手伝いしないか?」

「……」






 数分もした後には、アーサーも箒を持ち、薔薇の塔の裏庭の掃き掃除を手伝っていた。




「ワンワーン! ハッハッハッ……」

「動き回るな。落ち葉が飛ぶだろう」

「ワオーン!」



 周囲は落葉樹に囲まれている影響で、枯葉が埋め尽くすように落ちる。



「モォーゥ」

「……」


「ワンッ!?」

「ん……あんたら。あいつらのナイトメアか」

「……」




 あいつらってどいつらだよと、筋骨隆々のナイトメア・ブロットがポーズだけで伝える。




「やっほいブランカ、こっちにいたか」

「モーモー」

「ん? アーサー君が名前を呼んでくれないと? ええーそんな意地悪しないでよー!」



 ビアンカは両手に抱えた落ち葉を、ブランカが引っ張ってきている荷車にどっさり乗せた。



「アーサー君もこうしてね。あとで焼き芋に使うから」

「……?」

「落ち葉の下に銀紙でくるんだ『紫芋』を入れてね、焼くの! 美味いぞ!」

「……」



 ブロットが大胸筋を見せ付ける。恐らく『美味いぞ』という意味だろう。



「……」




「おおアーサー、筋肉に穴が空く程ブロットを見つめてどうした」

「……訊きたいことがある」

「どうぞどうぞ遠慮なく?」

「こいつは一体どのような生物なんだ」



 アーサーにじっと見られて恥ずかしいのか、ブロットはポーズを次々に変えている。



「それがね、主君の俺でもわかんねえんだわ。オーガオークコボルトあとはエティンってやつ? とも思ったんだが、筋肉が太すぎて特徴を調べらんなくて」

「……」

「まっ、ナイトメアなんてそういうものだ。見てくれよりも傍にいてくれることの方が大事なんだよ」

「……そうか」



 アレックスの言葉に賛同するように、カヴァスがアーサーの足に擦り寄る。



「あとどれ位で終了する?」

「残り三分の一って感じかなー。これが終わったら焼き芋やるよ!」

「……」

「勿論食べていいんだからね! というか手伝ってくれた礼だと思って、食ってけ食ってけ~!」

「……ああ」




 こうしてアーサーはエリスに内緒で、五百ウォンドの報酬を貰い芋で腹を満たしたのだった。






 もはやこれだけでも充実した一日であったと胸を張れるのだが、更なる刺激をアーサーは求めていく。


 住んでいる離れを通り過ぎ、城下町まで足を進める。再びの町は一人で訪れたこともあってかまた違った装いをしていた。





「中央広場に来たが……」

「ワン……」

「どうしたものかな……」



 別に知り合いがいるというわけでもないし、行き付けの店があるわけでもない。




 ならばこの機にそういった店を探すのもいいだろう――と、アーサーの思考は自然に結び付いた。




「この店にするか……」



 赤褐色の煉瓦がお洒落なその店を、アーサーは何故選んだのかというと――


 表札にも入り口に置いてある看板にも、『紅茶専門店』とでっかく表記されていたからである。






「いらっしゃいませー。お先にご注文をお願いします」

「……セイロンのストレート、ラージサイズ」


「ご一緒にお菓子も如何でしょうか?」

「じゃあ……スコーンで」

「かしこまりました~」




 店員が紅茶と菓子の調理を進めていくのを、じっと見つめるアーサー。



 そんな彼に話しかけてくる人物が一人。




「あら~、アーサーさんじゃありませんの~」

「あんたは……聖教会のか」

「うふふ~、覚えてくれて何よりですわ~」



 秋色ブラウスにフリルのスカート。完全に休日の服装で穏やかに笑うレオナは、茶葉の入った袋を抱えて帰ろうとしている所だった。



「わたくしは買い物も終えまして、帰ろうとしていた所でしたの~」

「あんたも紅茶を飲むのか」

「それもありますけど、もう一つ。亡くなった父にお供えする分も購入いたしまして~」

「父親?」



 尋ねてはみるが、内心ではそこまで紅茶好きじゃないのかと、謎に肩を落としているアーサー。



「数年前に亡くなってしまって。グレイスウィルではない所でお仕事をしていたのですけど、折角だから死後は娘と共にいた方がいいんじゃないかって、取り計らってくれたんです~」

「ということは墓がアルブリアにあるのか」

「はい、あるんです~。ご存じの通りこの島は縦に長いから、魔術で工夫を凝らしているのですけど、色んな人のお墓もちゃんとあるのですよ? 大聖堂の近くに区画がありますから今度覗いていってみてくださいな~」

「……検討しておく」



 お待たせしました、と店員がアーサーに近付く。紅茶とスコーンの乗った盆を渡してきた。



「ではわたくしはこれで~。ここの紅茶は絶品ですよ、太鼓判を押しておきます~」

「礼を言う」





 思わぬ出会いもあった所でようやく食事の時間だ――



 と思ったが、店員が微動だにせず目を丸くしてアーサーを見ていたので、訝しがる。





「何だあんた、オレに何かあるのか」

「あ、すみません……いやその、レオナ様にため口だなんて、お客様は若いのに度胸座っておりますなあと感心していて……」

「……」



 彼女が学生時代に呼ばれていたという諸々は、アーサーにとっては関係のないことである。



「レオナ様のお父様も、生前アルブリアにいらした頃はよくこの店を訪れてくれまして。親子でご愛顧にしてくださって喜ばしい限りです」

「ここではない所で仕事をしていたと言っていたが」

「基本的に世界を飛び回るお仕事だったんですよ。魔術顧問って知っています?」

「知らんが、名前からするに、魔術について助言をするんだろう」

「正解です。お客様冴えてますね」




 折角ですのでと店員が盆を持っていくことを提案したので、それに従うアーサー。道中でも会話は続く。




「レオナ様のお父様は魔術顧問の中でもかなり優れた方でして。世界中から引っ張りだこだったんですよ。一番大きかった仕事はイズエルトって言っていたかな?」

「あの氷の国か」

「そうです、イズライルとかトリスタンとかの。何をしていたかは流石に国家機密でしたけどね」

「国家……か」



 グレイスウィルの町ならそのようなことを成し遂げた人物もいるだろうと、アーサーの中に感情――感心が生まれた。



「ではお客様、こちらの席でよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。ご苦労だった」

「いえいえ、とんでもないです。こちらが呼び止めてしまったのに。ではごゆっくり~」




 去って行く店員に続くようにアーサーは席に座る。窓際の一人席だった。




 木々の枯れ葉が風に吹かれて秋空を舞う。去り行く季節に思いを馳せて、旅人は侘しげにさすらう。




「……」




「……ここの落ち葉もあいつらに掃いてもらえばいいのに」

「ワンッ!?」

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