第142話 突撃離れの友人宅・前編
そして翌日に一悶着は起こる。
エリスとアーサーが生活している離れ。二人が看病し合っているとも露知らず、そこに早朝から近付く八人組と一匹がいた。
「さあて今日もこの日がやって参りましたぁ!」
「イザリンとリーシャンとその他諸々な皆様が行く、たのしいたのしいお宅訪問のお時間です!」
「今日のお宅はこちら! 双華の塔の丁度ど真ん中にある一軒家!」
「え? こんな所に家があるだなんて聞いてない!? それは私達もだったんですよ!」
「転機が訪れたのは昨夜! 最近アーサー君とエリスちゃん学園来てねえなあとぼやいていた所に、協力者もとい協力犬が現れました! アーサー君のナイトメア、カヴァス君です!!」
「ワッホーン!!」
イザークの足元で、カヴァスが元気に遠吠えをする。
「やめろ馬鹿バレるだろ!!!」
「ガウガウガウ!!!」
「痛っでえ!!!」
「はいはいお人間様もお犬様もお静かにー。それを聞いた私のスノウちゃんがカヴァスの言葉を頑張って解読してくれました! 凄いね! 立派だね!! 可愛いね!!!」
「そしてその結果! なんと!! アーサー君とエリスちゃんは今から向かう一軒家に住んでいるとのこと!!!」
「一軒家だぁ!? どういうこっちゃねん!? と訳を探してサラ先生に尋ねた所、何でもこの辺に認識阻害結界が張ってあるそうで! そりゃあバレないわけですね!!」
「果たして真相の程は如何に!? 本日、遂にそれが明らかになります!」
「……あの、流石にそろそろ静かにした方が……周りに響くし……」
「「うんそうだね」」
イザークとリーシャが先導して、結界で認識阻害をかけられていた区域をずんずん進む。その真後ろにむっつり不機嫌なヴィクトールとサラ、更にその後ろから、未だ夢心地のルシュドとクラリアを支えつつハンスとカタリナがついてきている。
「貴様ら……人を叩き起こすや否や、何でもいいから魔法で風邪対策をしろと抜かしおって……」
「だってリーシャの話聞いたか!? 保健室の先生が連れて行かれたってことは風邪ひいたってことだぞ!?」
「私達にうつったら元も子もないでしょ!? だから魔法を使えるヴィクトール先生に頼るのは当たり前! サラ先生も加えて効果は二倍よぉ~!」
「……後で何をしてくれましょうかねぇ……」
「ぐー」
「ぐー」
「わわっ……やめてよルシュド、こっち寄りかからないで!」
「ごめん。ぐー」
「うんしょ、クラリアって身体大きいね……わふっ、髪が」
「もふもふ気持ち良いだろー。ぐー」
「果たしてこの武術部共を連れてくる意味はあったのか……」
そして遂に一行は離れに到着した。
木造の一軒家で、まだまだ木目は目新しい。軒下にはプランターが置かれており、可憐な花を咲かせている。それ以外には特に目を引く物はない。
「さあ件の一軒家に到着しました。サラ先生、あそこにプランターが置かれておりますが、果たしてここの二人は上手に育てられてるんでしょうか?」
「ああ……あれは魔術回路が通ってるやつね。六割ぐらいは放置しててもプランターに通っている魔力のお陰で勝手に育つわ」
「なんとおサボりオッケーな物だそうです! サラ先生解説ありがとうございます!」
「茶番はそこまでにしろ馬鹿共が。で、正面から入るのか」
「そうだねぇ……」
イザークは改めて家屋を見回す。
「先ずは様子を見よう。生活してるってことは部屋がある。部屋があるってことは……窓がある!」
「窓から覗き見るんだな。後で不信行為として生徒会の方に通達しておこう」
「そりゃあないっすよヴィクトールせんせー!」
「ぐー」
「ぐー」
「ぜ、全然起きないね彼ら……」
一行はカヴァスの案内で右から家屋を回り、窓を一つ発見する。
「サンキューですぜカヴァス君! さて、この窓ですが……丁度高さがボクの背丈プラス頭一個分です! サイリィー肩車だぁー!!」
「ちょっと踏み台があればいけるね! スノウよろしく!」
「――」
「やるのです!」
サイリは慣れた手付きでイザークをおぶり、スノウは人一人がちょうど乗れる大きさの氷塊を生成する。
「オマエらもー、オマエらもぉー、中を見るなら今だぞー!?」
「知るか馬鹿共」
「勝手にして頂戴」
「ぐー」
「ぐー」
「ルシュド起きて! お宅訪問だよ!」
「ク、クラリア! 寄りかかるのはやめて!」
「……じゃあ行こうか!!」
家屋から数歩離れて様子を見る六人を背に、イザークとリーシャはこっそり窓から室内を覗く。
「さあ、ここはお部屋のようですが、これは……」
「部屋がものっそい質素ですね。装飾もなく壁紙もシンプル。ということは恐らく、こっちはアーサー君のお部屋……」
「ということはあのベッドで寝てるのが……!」
「寝てる……のが……」
「寝てる……えっ?」
「寝て……る……」
「寝てる、けど……えっ?」
「……」
「……」
もしもヴィクトールとサラがこの光景を見たら、目付きだけで驚嘆の意を示すだろう。ハンスはゲラゲラ笑って暫く罵倒のネタにする。カタリナはまだ純粋な方だから顔を赤らめて背中から倒れ込む。
クラリアは純粋というか無知だから、一部始終を全部言葉にしてサラにぶん殴られる。ルシュドは文字通り言葉を失って、あとはカタリナと同じようなリアクション。
それほどまでに目に映る光景は、十二歳という思春期突入したての少年少女には鮮烈だった。
それは――
エリスの
しかもエリスは腕を前に伸ばしているので、それがアーサーの身体に引っかかり動きそうにない。
要するに、二人は非常に密着している。
「……」
「……」
イザークとリーシャは何も言わず、ただ薄っぺらい笑顔を浮かべて窓から離れる。
「……何だその不自然な笑顔は」
「不味い物でも見た?」
「……ええ見ました。見ましたとも。すっごくコメントに困る物を」
「はぁ?」
イザークとリーシャは再度窓を見るが、もう一度覗き込もうという気にはならなかった。
「い……いや。これだけでは済まされない。朝早く起きてきて、収穫があれだけってんのは許されないわ!!!」
「そうだな!!! では気を取り直して次はエリスの部屋を……」
「はぁ!? 女子の部屋覗くなんてデリカシーの欠片もないんじゃないの!?」
「ちょっと!? 何でここで急に牙剥くの!?」
「というわけで出番よカタリナ!! そのポジションをイザークと交代だ!!」
「あっ、あたし……!?」
「……ん……」
「……」
「あれ……ここは? わたし、何してたんだっけ……」
エリスはゆっくりと身体を起こし頭を振る。
「……ねむ~……」
しかしまだ脳は動こうとしないようで、ぼけっとしたまま日の光を浴びている。
「……」
その隣でアーサーも目を覚ます。
(……ん?)
身体が徐々に体温と感覚を取り戻す中で、特に膝下辺りの異変に気付く。
(何だ、この感覚は……)
急いで毛布を捲り中を見る。
(……!!)
「ん、おはようアーサー。もう起きてたんだね」
「あ、ああ……おはよう、エリス」
「……どうしたの? 顔色悪いよ」
「そ、そうか?」
「うん。もしかして、まだ熱があるのかな。額当てて確認してもいい?」
「いや、気分は良い方だ。だから熱もないと思うぞ」
布団の下で見てしまった
「そっか……そっか? じゃあ何で顔色悪いの?」
「……それはだな。怖い夢を見たんだよ。内容はもうほとんど思い出せないが、とにかく怖い夢だった」
「じゃあ……わたしにしてくれたように、手を握ってあげるね」
「いや、そこまでしてくれなくていい。オレは騎士だからな。このぐらい自分で克服できる」
「……そうなの?」
「そうだ。オレは騎士だからな」
「……ふーん」
「……」
「……」
「……ねえアーサー」
「な、なんだ?」
「何かさっきから……うるさくない?」
「……え?」
アーサーは慌てて気を取り直し、耳を澄ませる。
すると、家の外と中から誰かが動き回る音、そして話し声が聞こえてくるのがわかった。
「……そうだな。誰かが……来ている」
アーサーは途端にいつもの調子に戻り、立ち上がって扉の向こうを警戒する。
「もうアーサー、まだ完治してないんだから無理しないでよ」
「だが誰が来ているかわからない以上……」
「そんなの大体予想ついてるから」
エリスはアーサーの前に出て、扉を勢いよく開ける。
「……あ」
「……やばい」
「……おはようございます?」
アーサーの部屋の扉を開けて、その目の前にあるのは台所。そこで調理棚や魔術氷室の中を物色している、イザークとリーシャに鉢合った。
「見張り担当は何をしてたんだー……!」
「あの二人まだ寝てるだろうから見張りなくても大丈夫っつったのあんたでしょー……!」
すっかり目覚めて顔を引きつらせる二人と、まだ眠いようで睨むようにして立つ二人。沈黙が数秒程続いた後、
「……アーサー」
「何だ」
「死なない程度に懲らしめることってできる?」
「そのような命令を受けたのは初めてだが、やってみよう」
「お願い」
「「ちょっと待って! ちょっと待ってちょっと待ってええええええええええええ!!!!!!!」」
「「ぐわああああああああーーー!!!!!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます