第504話 幕間:帰郷
時は少し遡ること四月中旬。グレイスウィルでのあれやこれやも落ち着いてきた春のある日。
薔薇の塔のカフェの片隅で、友人達に思いの丈を述べるのはカルであった。
「……ふーん。まあいいんじゃねえの、まだ学園始まらんし」
「……」
「身内が心配なのは誰でも同じですよ」
「……その」
「はーいウインナーコーヒーよんちょーう!」
「は!? お前コーヒーにウインナーぶちまけたんか!?」
「違う違う! ほらこのホイップクリーム! ウインナーの形に見えるだろ!?」
「あー確かにって言われなければわかりませんって」
「昔はウインナーだったんだろうなぁ」
ヒルメ、ノーラ、パーシー共々ウインナーコーヒーを飲み干す。
「……で、何の話してたんだ?」
「カルがさ、一度実家戻るって」
「……」
「あー、実家……確か聖教会の暴走で大変なことになってるんじゃ……」
「そうだ……母上や姉上が心配なんだ。最悪戦闘も覚悟していくべきだろう」
「……死なないでくださいね?」
「精進するよ」
「そんな言い方止めろって。ウチら今年七年生だよ? 笑顔で四人揃って卒業しようず」
「……」
「……ヴェローナだってそれを望んでいるだろ」
その名前を聞いて、一瞬顔を背けるカル。
「……報告しねえとな。お陰様で卒業まで漕ぎ付けられましたよーって」
「ええ……」「ピイピイ!」「バウバウ……」
「ヒヨリン……ああ、メリーさんも悲しんでる」
「ソロネも一つしかない目玉から涙が……」
「……」
散々向き合うのを避けていた彼女から。
いよいよ目を背けるわけにはいかなくなったのかもしれない。
この帰省で花でも供えに行けたらいいが――
と淡い願望を抱いていたのだが、
実際行ってみると、花を添えるぐらいしかやることがなくなっていたのだった。
「……」
「……何だこれは?」
専用の転移魔法陣を用いてアルーインに帰省。
久方ぶりに見る城は、相も変わらず白に氷が映えていた。
戦闘によって生まれた傷等は一切見られない。しかし修繕作業が行われているのを見ると、戦闘があったのは事実のようだ。
だが携わっている作業員も騎士も、魔術師も疲弊している様子は見られない。
そう、戦闘が終わって粗方物事が落ち着いたかのような、そのような雰囲気だったのだ。
自分の助太刀が必要ないのではと憶測しながら、そこらの騎士をとっ捕まえて話を聞こうとした時――
「カルディアスさまー!」
「カルディアスさまだー!」
「王子さま、お帰りなさーい!」
中庭にやってきたのは子供達。自分の姿を収めると、すぐに飛び付いてきた。
そして保護者的な立ち位置にいたのが――
「殿下! お戻りになられたんですね!」
「……アルシェス殿」
赤と白の派手な髪色とローブを纏った、アールイン家宮廷魔術師のアルシェス。
あの戦闘が終わった後、本来の職場であるイズエルトに帰ったと、報告は受けていた。
「これは……どういう状況なのでしょうか」
「いやね、自分もびっくりしたんすよ! さー聖教会共ぶっ潰してやっぞーって思って帰ってきてみたら、全部終わってるんですもん!」
「一体誰が……」
「ストラムだよ!」
子供の一人が発破をかける。
「……ストラム?」
「そうそうストラム! バイオリンが上手でナルシストなの!」
「町にとつぜんやってきたって思ったら、いやーな聖教会のれんちゅう、ぶっ飛ばしてくれたの!」
「それは……何時のことだ?」
「俺らがグレイスウィルでドンパチやってた頃みたいっすよぉ」
「連絡は受けていなかったのだが……」
「それはこちらから連絡用の魔術が遮断されていましたからねえ。こっちから接続するのにも時間がかかったみたいです」
「それは仕方ないな。して……肝心のストラム殿は、今いずこに?」
<ここでーーーーーーーす!!!!
「「……!?」」
ひゅううううううううううううううううううう
どしゃーーーーーーーん!!!!
「……」
「……うえっぷぅ!!! 口に雪入ったぁ!!!」
ああああああ……!!!
水色の長髪、やや細い体形で片目を前髪で隠している。
何度か雪を吐き出した後ビシッとポーズを決めたこの男こそが、ストラムである。現在アルーインでは英雄扱いされている男である。
突然の登場に唖然としていると、階段を音を鳴らして降りてきた更なる乱入者。疲弊した様子の氷賢者、仮面をばっちり被っているにも関わらず素が出ている氷賢者である。
「何で茶会してるのに窓から飛び降りるんだ……!!」
「だって僕様の名前を呼ばれた気がしたから!!!」
「だったら階段使えよ!! 窓から降りるなよ!! カルディアスに何かあったらどうしてってえええええええカルディアスううううううううううううう!?」
「……あー、今まで色々ご苦労だった」
一応それっぽいことを言っている間に、ストラムは子供達に連行されていった。アルシェスも保護者として同行していく。
残った氷賢者にカルは話を聞くことにした。
「……彼が聖教会を一網打尽にしたのか?」
「そうなのだよ。我々が連中に抑圧された日々を過ごしている時に、突然現れてバイオリンの五月蠅い旋律で町を包み込んできた」
「……続けてくれ」
「当然煩わしく思った連中は排除しにかかるな。でもそれを全て返り討ちにした。音で耳を壊したり、心を破壊したり、バイオリンで殴ったりしていた」
「……」
「そういうこともあってカンタベリーからやってきた聖教会共は三日足らずで全滅し……今残っている聖教会の人間は、アルーインに馴染んだ原理主義者達だ」
「つまる所は味方というわけだな」
「そのように認識していただければ」
「……彼は何者なんだ。送り込まれた聖教会は本部の人間だから、実力は高いはず。それを全て……それに、君がさっきから憔悴しているのが気になるのだが」
「……」
はああああああ~~~~~
とでかい溜息をつく氷賢者。
「……嫌なら答えなくてもいいぞ?」
「え~……いや。はっきりとは断言できないが、これだけ。昔の同僚だ」
「同僚だと?」
「同僚なんだ。昔共に仕事をしていた頃の彼は情緒的で素晴らしい感性を身に着けていた。しかし今はご覧の有様……どうして、ああどうして」
素が出てしまう程慣れ親しんだ仲なのだろう。
それを理解したカルは、話題を切り替えた。
「……母上と姉上は何処にいらっしゃる?」
「ん、お二人なら大聖堂にいるぞ。言わなくても顔を見せに行く予定であったようだな」
「ああ……それと、花を添えようかと」
「……『フリージア』という花屋に行くといい。きっと気に入るものを用意してくれるはずだ」
「ありがとう……」
再びの静寂に身をやつしていると、これまた再び人間がやってきた。再び我を捕らえようとしていたのだ
再びの絶命が齎されるのも予想の内、唯一予想になかったのが、一緒にいた女の存在である
且つて我を神祖と崇め、解き放った筈の女が、またしても鎖に繋がれていたのである。泳ぐ奴の瞳に我は大層苛立った
故に再び解き放ち--そして我は雪の大地より旅立つ決心をした。消えていく女の後を静かに追う--
そして我が薄々予想していた通り、女は三度人間に捕まった。抗う術があったにも関わらず、それを使うこともしないで服従した
奴が連れていかれた場所は、奇妙な風体をした布の小屋であった
そして、女と同じ存在--氷を肉体に宿すウェンディゴが、幾つも檻に閉じ込められていた--
「……」
「……ああ。申し訳ない」
『フリージア』の軒先で、瞳を閉じていたカル。
数分程意識が飛んでいたことに気付いた彼は、店主に謝罪をした。
「いえいえ、大したことないですよ。それでですね、お墓参りに行かれるとのお話でしたが……」
「……ああ」
「今でしたら、雪華が咲き誇っております。折角なのでこんな綺麗な花をお供えしてあげたらいかがでしょう?」
店主が携えていた、雪のように小さく白い花。
イズエルトの僅かな温かさの中で健気に咲き誇るそれは、
戯曲の中にもモチーフとして頻繁に出てくる--
(……あの子が好きだった花でもある)
(……)
「一束……貰おうか」
「ありがとうございます。少々お待ちくださいね……」
花束を待つ間、心の底で歌ったそれは、彼女が最も好きな歌。
二度と戻ってはこない彼女の為に、花は咲き誇る。
『さあ、今こそ空に飛び立とう』
『何者にも汚されぬ、白翼はためかせ』
『恐れも不安も其のままに、全て我が受け止めよう』
『貴君は大層麗美なり、呪縛に蝕まれようとも』
『星が笑い、月が微睡み、雪が踊るこの刹那に』
『清廉なる白鳥の耳に、逢瀬を諫めし嘆声』
『悪魔よ、嗤ってみるがいい
比翼連理で合歓綢繆、誰にも愛は欺けない』
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