第413話 切迫ログレス便り
「ご主人、これ……」
「おーいシルヴァ、嬉しくない便りだぞぉ」
「ヒヒン……」
「予め伝えてくれるなんて有能な騎士だなあ」
「待ってろ、今開く……」
「……」
トレック、シルヴァ、アドルフ。三人はナイトメアからの手紙を受け取り、そして開いて溜息をつく。
「聖教会にキャメロットめ……」
「やっぱり領主全員こちらに出計らうってしたのは判断ミスだったかなぁ」
「いや……一般に考えたら、魔法学園より平原の方が規模が大きいだろう。そちらに労力を割くのは間違ってはいない……ただ、連中が予想を遥かに上回る勢いで、出しゃばってきただけだ……」
「そもそも前提が甘すぎたっていうのもあるね」
「新時代で平和怠けが過ぎましたかな?」
(……出た)
波止場で海を見ながら休んでいる三人の背後から、
穏やかな笑みを浮かべるセーヴァがやってきた。
「……なあ? お前もグレイスウィルからの使者として、一緒に動くつもりはないのか?」
「私としてもそうしたいのですがね。やむを得ない事情がありまして、それが叶わない状況なのですよ」
(どの口が……)
「そうかそうか。で? 一体何の仕事をしているんだ?」
「調整ですよ。私が面倒を見ている組織や個人が多いものでね。支援したい側と支援をしてもらいたい側、それらを擦り合わせるのに奔走しているのです」
「成程なぁ……」
世界中を飛び回っている彼のことだ。各所各所に恩を売り渡っていても無理はないだろう。
悔しいが、それで納得してしまった。
「……もういい。何も訊くことはない。帰ってくれ」
「ならばそのようにしますよ。私も仕事があるのでね……」
(じゃあ何でこっち来たんだよ……)
セーヴァが去って行った後、暫く海を眺める三人。
「……はぁ」
「お前溜息つきすぎだぞぉ。まあわからんでもないが……」
「……リュッケルト。俺の後を継ごうと意気揚々だったのにな……」
「身内が心配なのは誰でもそうさ。僕だって……」
「イズエルトも大変だって聞いてるよ。女王陛下、神経すり減らしてさぞおいたわしや……」
リネスの町を始めとして、現在ログレスのあちこちには、怪しい黒いローブの集団が徘徊している。
とは言ってもやっていることは至って善良だ。彼らは建設業や魔物討伐の為に派遣されてきた、カムラン魔術協会の魔術師なのだから。
だがそれも契約間でのこと。契りの外では、何をしようが問題ないと、そう彼らは考えている。
「報告を手短に」
「この男が強姦に走ろうとしていました」
「あ……ぐ、あ……」
黒いローブの魔術師が、イズヤに馬乗りにされて魔法で拘束されている。ダグラスが女性を落ち着かせる隣で、カイルはジョンソンに状況説明を行っていた。
「……白昼堂々よくやるよ」
「お、お前らっ!? 誰のお陰で復興は進んでいると思っている!?」
「確かに人手は足りないが、一般常識に欠けた奴はお役御免だ」
連れて行け、とぶっきらぼうに言うジョンソン。
「はぁ……はぁ」
「団長、貴方少しは休んでみたらどうですか? ずーっと溜息つきっ放しじゃないですか」
「いや……そういうわけにはいかない。俺は騎士団長だ……」
「……レオナ様に任されたんだ。色んなことを……」
そう言うと彼は顔を俯け、事後処理を任せて去ってしまう。
「……元気を出してもらえるのは当分先になりそうですね」
「俺達もテンション狂っちまうなあ……」
「……アスクレピオス医術師団。只今到着したー!」
「本部はこの町にあるのに派遣されるっていうのも変な話なのだわー!!」
エルクとボナリスの二人がそう叫ぶと、対応の為の騎士達が続々出てくる。ユンネもその一人だ。
「ご苦労だわ、清純なる雷の医術師ボナリス殿」
「まっ! 私のことをそう言ってくれるなんて、貴女が初めてなのだわー!!」
「いいから仕事しろやクソチビ」
数十人のうち、十八人の医術師達が呼びかけると、彼らの前には怪我を診てもらおうと列ができていく。
「で、残りは今だ意識が混迷している方の検診を行ってくれるのよね」
「そうなのだわ! 早く診察室に案内するのだわー!!」
「……」
顔を俯けるユンネ。歯を固く結んで、拳を震わせて。
「その顔は……心配で溜まらない人がいる顔なのだわ」
「汝、我が表情を解することが可能であると?」
「だって何人も、そういう顔をする人を見たことがあるんだもの」
「経験則からね。ならばバレても仕方がないわ……同期よ。私と志を共にした友人とも呼べる人物が、二人も目覚めていない」
「……そうだったの。それは心配なのだわ……でも!」
ぱちんと手を叩き、ウインクもする。
「私が診るからには安心なのだわー!! 容態を安定させて、すぐにその目を覚まさせてあげるのだわー!!」
「フッ……心の底から安心できるわね……身に染みて波紋のように拡がっていく……」
「おーい、今日の分とっ捕まえてきたぞー」
「ご苦労……じゃあそこの牢屋にぶち込んでおいてくれ」
「了解」
エマは簀巻きにした賊を、掘っ立て小屋に放り込みに行く。
遅れてマットとイーサンもやってきて、辛そうな様子のブルーノに声をかけた。
「ブルーノ殿、貴方まだ怪我が治っていないんじゃないですか?」
「……」
「図星かよ。大変なんだな宮廷魔術師ってのも」
「……別に俺はいいんだよ」
そこに身体強化を施したアビゲイル、更にチャールズも大量の建材を抱えてやってくる。
「ブルーノ殿、今のお主は色々背負いすぎだとお見受けしますぞ」
「……チャールズ」
「仕事は全部某に任せて、きっぱり休むこと! メリハリをつけないと筋肉は壊れてしまうのですからな!」
「ああ……お前といるとよくわからん元気が出るよ……」
「しかし現状は悪化するばかりですよねえ。リネスには難民を受け入れているから、罪人は隔離して町の外に放り込んでおく。文明ってこのようにして崩壊していくんですねえ」
「何で厭世的なんですか兄者」
「アビゲイル殿がせわしなく働いているのを見て思いました」
「まあ、流石にきつい所は出てきたがな……」
木材を指定された場所に置いて振り返る。
「肥沃なログレスを追われて人は何処に行く……北に向かって獣人と苦楽を共にするか、南に行って緑の育たない土地で暴虐に身を費やすか」
「最南端まで行けばバドゥ地方じゃないですか。幾分はマシになるのでは?」
「忘れてるんですか弟者。大砂河の存在を」
「ああ、そんなのもあったなあ……上質な魔法具とかがないと、越えて帰ってくることはできないんだっけ?」
「ウィングレー家ぐらいですよ、頻繁にフィールドワークに行けるの。一応貿易路も整備されてるみたいですけど、この状況。人手不足で管理が杜撰になる可能性が……」
「世界規模の動乱になりつつありますなぁ……」
ここで、おーいと叫びながらジョシュがやってきた。手には四角い箱が多数積まれている。
「お前ら、これはシスバルドからの配給だ。サンドイッチヴェントー!」
「食うぞー!!! 飯だあああああ!!!」
「姐者いつの間に。自分もいただきます」
「全く、こんな状況下だと姐者みたいなのが一番気楽に生きていけますよね」
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