第412話 魔法学園の内政干渉・後編

「さて――では皆様、今の教えを復唱致しましょうか」



「私に続いて――」






 昔、創世の女神がイングレンスの世界を創り上げ、



 自らの血を賜物として聖杯に注いだ



 生きとし生ける全ての生命に齎された恩物






 それを全て自らの物にしようと目論む魔女、名をギネヴィア



 私欲に溺れ、奈落に落ちた暗獄の魔女



 それに抗い野望を食い止めた騎士、名をアーサー



 聖杯の願いに応じ、恩恵を守る為に参じた騎士






 そして――



 魔女も滅し、騎士も統べた、至高の王



 かのキャメロットの地において、玉座に佇む理想の王



 その名をマーリン――






 マーリン、嗚呼、偉大なるマーリンよ!!!



 イングレンスの世界は荒廃に向かっているのだ。人は争いを繰り返し、魔物による弱肉強食の奔流に飲み込まれんとしている! この世に必要なのは、真なる指導者!



 為せるのは貴方様だけなのだ――マーリン、我等を導きし偉大なる王よ――!!











「……吐き気するよぉ」




 四年二組の教室。リリアンは両手で口を覆う素振りを見せるが、実際に吐いたりはしなかった。まだ踏み止まれた。




「リリアン……お前、無理するなよ?」

「ロシェこそ……あれ、ユージオは?」

「ああ、あいつなら……」



 丁度彼が教室に入ってきたので、説明する手間が省けた。



「よう、遅くなったな」

「ううんいいよ。それよりもどこ行ってたの?」

「……魔術研究部」

「ああ……」


「パーシー先輩……変人ではあるけど、悪い人じゃないのになあ……」

「処分するって発想に至るのもあれだし、よりにもよって演習場で全部爆発させるってのも……」

「お陰で先輩引き籠ってしまってな……俺は結構仲良かったから、励ましに行ったって感じだ」

「マジで狂ってるよ、あいつら……」




 その狂っているあいつらの一員が入ってきたことにより、クラスの生徒達は綺麗に着席した。普段以上に大急ぎで。






「ふーむ、よろしい。私に逆らうとどうなるか、この短い時間で周知されたようですなぁ!」




 花園の紋章――キャメロット魔術協会の一員であることを示す証明。



 そう、聖教会が魔法学園に介入してから数日後に、キャメロット魔術協会も介入してきたのだ。









「ええと、次の授業は……魔法学!」

「これは非常によろしい! 我々は魔術研究を生業としている者ですからなあ! どれ、授業の準備をお願いしますぞ!」




 そう言って魔術師が目線を向けたのはディレオ。



 挙動不審になる彼を庇うようにケビンが割って入る。




「それでは魔力結晶を幾らか用意致しますね」

「ああ、結晶か? そのだな――」

「あまり派手にやれると、保健室が満杯になってしまうのですよ」



 冷静に威圧するような声。彼の口からは滅多に聞けないものだ。



「し、しかしだな! あの方法は生徒の魔力量を大幅に高めるものであってな!」

「最先端過ぎて生徒には荷が重いのですよ。わかりますね?」

「っ……」



 どうやらこの魔術師は脅しに弱い方だったらしい。


 ケビンの言葉にそうだなと言って、揃って歩き出した。








「……人体実験」



 ぼそりと呟いたのはヘルマン。化粧をする暇もなかったようで、骨のように痩せこけた姿のまま作業をしている。



「そ、そんな言い方……いや……」

「でなければ、ただの戯れ。いずれにしても、生徒達にはいい迷惑――」

「シーッ!! そこまでです!!」



 リーンはヘルマンを諫めた後、目が合ってしまったキャメロットの魔術師に向かって、何でもないですと大きく手を振る。






「……ディストピアだか何だかって、本で読んだことありましたがねぇ。それを身を持って思い知ることになるとは思いもしませんでしたよぉ」

「ミーガン先生、先生の方こそ大丈夫なんですか? その、ティナさん……」

「……あいつは私に似て図太い奴ですからぁ。生きてはいますよぉ」



 言い聞かせるように言ったミーガン。そこでディレオがようやく我に返った。



「……はぁ」

「ディレオ先生、本当に済まないね……対抗戦や臨海遠征の時から、その、前途多難っていうか……」

「正直、どのようなことがあっても対応できるように覚悟はしてたんですけどね……キャメロットは、キャメロットは……」






 扉が開け放たれた。



 命じるがままに授業の準備をしていた教師達と、されていた魔術師達が一斉にその先を見る。






「おい! キャメロットの連中はいるか!?」

「ほう……何ですかな、聖教会の方。崇高なる我々のことを、連中などと――」

「いいから来てくれ! 生徒が苦しんで倒れた! あんたらしか治せない!」

「ふぅむ……」




 そうして一人、また一人と、追って出ていく。











「う……うう……」



 喉を抑えて苦しそうにしている生徒。授業を担当していたセロニムが、何とか応急処置の魔法を行使し続けている。



「も、もう少しだ! もう少しで、保健の先生が……!!」

「来ましたぞ!!」





 そう声を張り上げてやってきたのは、



 白は白でも、白衣ではなくローブ。



 聖教会とキャメロットの人間がずかずかと。





「……」

「何だその顔は? 我々が信用できないとでも言うのか?」


「おい、そもそもなあ! あんたらの部下? 同僚? よくわかんないけど、急に授業に入ってきて、やれお前達の魔法は間違ってるだのこちらの方法がより効率いいだの言って変な魔法使いやがって!!」


「何を言うか!! いいか、あの魔力結晶はキャメロットが加工を施した二乗魔力水!! 魔の巡りの音が聞こえる崇高な物なのだぞ!! それを身体に流せば血中の魔力濃度が増えてより強力な魔法を扱えるように……」





 やってきた大人達は自分達の勢力について言い争うばかりで、



 肝心の苦しむ生徒には目も向けようとしない。











「……ラディウス……」


「何なの、これ何の地獄なの……?」



 廊下に出て、教室を背にして呟くマチルダ。


 一緒に出ていたラディウスも力なく首を振る。



「……あのクズ野郎に構ってた方がマシだ」

「もうこんなの授業じゃないよ……生徒が弄ばれているだけだよ……」




 しゃがんだ所に、教師が二人やってきた。




「やあ二人共。確かラディウスとマチルダだね」

「ニース先生……とハンナ先生ですか」

「生徒がぶっ倒れたって聞いてね。急いで担架を持ってきたんだよ」



 それからはいはいどいたどいたと言って、強引に教室に入るハンナ。大柄な体格なので全員が一歩引いてしまっている。






「……ハンナ先生。こういう時にありがたい先生だなぁ」

「あんな風にごりごり行ける先生は貴重だからね……特に、ルドミリア先生が倒られてしまった、今は……」

「……お父さん」




 謎の襲撃に遭い、ルドミリアを始めとしたウィングレー家の人間は重傷者を何名か出してしまった。


 ログレスに出計らった魔術師もいる中、マーロンは指揮を執るなどして献身的に働いていたが、先日それが祟って――




「大丈夫だよマチルダ。ちょっと長い休憩してるだけだろ? また帰ってくるって」

「……うん」






 連中はやけに自分の勢力を主張したがる。


 聖教会だのキャメロットだの、大仰に声高に口だけは達者で。




 騒々しい、喧しい、邪魔でしかない足音であるのには変わりないのに――

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