第972話 若き王国騎士の覚悟

<魔法学園対抗戦・総合戦

 五日目 午前五時五十分 騎士団天幕区>




「すぅー……すぅ」


「……はぁ。はあー……すぅ」




 ただいま気持ちよさそうな寝息を立てているのは、王国騎士の中でも屈指の強さと賢さを持つ男、カイルである。


 強さをひたすらに求める武人のような性格であり、何事に関しても質素でクール。そんな彼が今こうして、寝息を立てる程の深い眠りに落ちている。


 彼がこのような事態に陥るのは珍しいので、同期のダグラス、レベッカ、ウェンディの三人が彼の天幕まで突撃し、寝顔を眺め出して現在に至っている。




「いつもは五分前行動をきっちりしてくるカイル君が、今日は遅いと思ったら……!」

「まさかの寝坊助……! ど、どうする、私は今どうすればいい!?」


「カイル君がお寝坊さんな理由は何となく理解できる! だからうちはそっとしておいてあげたい!」

「でも今日の仕事は午前六時から訓練! 遅刻は罰則になるわよ! だから起こしてあげるのが優しさってこと!」


「しかし……寝かせてあげるのもまた優しさなのではないか!?」

「ちょっとウェンディ、あんたは一体どうするのよ!! あんたが動かないと私動けないんだけど!!」

「堂々と他人に依存しようとするなー!! 起こしたいなら起こせばいいんじゃないの!? うちは断固として阻止するけど!!」

「ふん、やっぱり私のライバルね! カイルに対する態度が悉く逆……!」




「おおーいカイル起きろぉー遅刻すっぞー」

「「んげええええええ……!」」




 恋敵となっている二人の事情なぞお構いなしに、ダグラスはカイルの肉体を激しく揺さぶる。


 するとその振動でカイルは薄目を開けた。




「……ん。俺は……今は何時だ……」

「午前六時のぉー、十分前だ! お前、遅刻はもう確定!」

「何だと……!?」



 改めて時計を確認し、確かに午前六時前だということに項垂れるカイル。自分の失敗が信じられない様子だった。



「……俺を起こしに来てくれたんだな。ありがとうウェンディ、レベッカ。そしてダグラス」

「ダグラスの方が強調されてる……!?」

「そうだよね、実際にカイル君起こしたのダグラス君だもんね……」




 起きたなら早速、と着替えようとするカイル。しかしダグラスはその行為に待ったをかける。




「自分でも寝坊が想定外だってことは、本当に疲れてるってことだ。お前今日は休んだ方がいいんじゃないか?」

「……」



 無言になって考え込んでしまうカイル。疲れているかどうかの実感が薄いようだ。



「……副団長昇進に向けた訓練、内容は普段のやつと変わりないのにな。どうしてここまで疲労が溜まっているのだろうか」

「あー、それならさ! 私が分析してあげるよ! 訓練終わったらだけど!」

「ぐぬぬ……!! う、うちはカイル君にお菓子の差し入れいっぱい持ってくるからねー!!」


「ほら、レベッカとウェンディも休んでほしいようだ。他の騎士も欠勤はないし、お前がいなくてもどうにかなるよ」

「……」



 同期であり友人でもある三人の後押しを受け、カイルは再びベッドに潜り込む。



「もう少し眠るとしよう……訓練から戻ってきたら起こしてくれ」

「了解!」

「んじゃとっとと終わらせてくるわねー!!」

「そしたらカイル君が眠れなくなるでしょ!!」






 それから三時間ぐらい経過して。





「ふう……大分すっきりしたよ。気遣ってくれてありがとうな」

「イズヤは石頭な主君を休ませてくれたことに感謝するぜー!」


「礼には及ばんで、仲間を労わってやるのがグレイスウィル騎士だからな! なあウェンディ?」

「うえっ!? そそそそうだねロイの言う通りだー!!」

「違うこと考えてたやろ今……」



「はい、これは生姜湯。さらに血行を促進させるハーブも入っているわよ」

「医療班レベッカ先生のお墨付きだぜ! くーっ身に染みるーっ」

「だからといってガブガブ飲みますと、尿の方が大変になりますぞえ」

「きゅるるんっ」




 カイルは近くの焚き火までやってきて、それに当たって身を温めていた。そこにウェンディ、レベッカ、ダグラスが合流してきた形。まだ二月であることを実感させるような、粉雪が舞い始めてきた。


 そういう時には生姜湯が本当に染み渡る。食材由来の温かさで、しばらくはこの悪天候の中でも耐えられそうだ。


 各自ナイトメアを出して団欒の時間。イズヤ、ロイ、チェスカ、マベリはそれぞれの主君にくっついて、暖を得ながら休息する。




「それで、さっきしてくれた話の感じだけど……どうも人の上に立つことがプレッシャーになっているようね」

「プレッシャー? 俺が?」



 朝にした約束通り、カイルはレベッカにここ最近の話をしていた。カイルのみ特別メニューで行っている訓練のことである。


 内容は普段通りの武術訓練に加え、座学の占める割合がとても多い。人を率いて指示をする、その方法を事細かく教えられている。



 人を率いるということは、命の重さが丸ごとのしかかってくることと同義であって。



「自分が上手く指示できるのか、死なせてしまったらどうしよう……そんなことを考えているのよ」

「俺がそんなことを……」

「無意識ってのはそういうもんよ。これ以上負担になるなら、教育を取り下げることも団長はしてくれると思うけど……」

「……」




 カイルの脳裏に思い起こされるのは、遥か遠い冬の記憶。


 自分が上手く仕事をできなかったせいで、死んでいった仲間や家族、そして主君の身内周りのことであった。




「……誰かを失いたくないというのは、根底にあるのだろうな。だが……」

「その喪失を乗り越えなければ前に進めないことを、イズヤは主張するぜ」



 イズヤはぴょんっとカイルの膝の上に乗る。幼女なので収まりはばっちり。



「お前……」

「イズヤは今カイルの思考を読み取ったんだぜ。でもそれはそれとして、イズヤは……カイルならそれができると思っているぜ」

「……」



「俺もカイルには副団長になってほしいなあ。冷静に判断できるって、早々ない能力だぞ? そしてカイルに指示してもらえるなら、俺はもっと活躍できそうだ」

「ダグラス……」



 入団試験からの縁である騎士は、桜色のスライムを肌に滑らせながら、静かに力強く背中を押してくれる。



「きゅう~」

「マベリだってそう言ってる。最初は誰だって、できるかどうか不安になるものさ。俺だって重装兵やれるか心配だったんだぞ?」

「今はプロフェッショナルもいい所やけどな!」



 青いコボルトのロイは、座っているウェンディに腕を乗せ、そこから全体重を預ける。座っている彼女の座高より全長が大きい。



「むぎゅう……! ロイ、その腕をどけろぉ……!」

「お断りィ申し上げェ。ぎゃはは!」

「性格悪いわね~。最近拍車がかかってきてない?」

「おうおう何とでも言いなされ! ぐはは!」

「つくづくこんなナイトメアにはなりたくないわぁ」



 レベッカもアルミラージのナイトメア・チェスカを膝に乗せ、角をつんつん触って話に混ざっていた。



「ダグラスはああいってるけど、最終的には負担にならない方を選ぶのよ。結局どうしたいの?」

「……」





 同期三人の顔を見て、カイルは原点に立ち返ることにした。





(俺が副団長昇進の訓練を受けたのは……守りたいと思ったからだ)



 一兵卒から指揮官になれば、自分の采配一つで、より多くの仲間を守ることができる。



(それでも失う時はあると教わってはいるが……何もできないよりはマシだと、そう思って)



 現場を知っている者が上に立つのがいいと、そういう説明もされた。自分はただの兵士として戦う人生しかないと思っていたが、選択肢が提示されたのだ。



(金でも地位でも名誉でもない。ただ自分に力が欲しかった。それを諦めるのか?)




(お前は、俺は力が欲しくないのか? もう二度と大切な人を失わないようにする為の力を――)






「……話を聞いてくれてありがとう。俺は覚悟を決めたよ」



 決然とした言い方に、むむっと耳を立てる他三人。



「レベッカの言う通り、俺はしっかりと指示を出せるか不安になっていたのだと思う。でもこの感情を、俺は力に変える。昇進の訓練は続けるよ」


「……時々悩みを吐くことはあるだろうけどな。そんな時になったら、皆には受け止めてもらいたい。俺と最も仲のいい友人でもあるから……」




 しっかりと仲間と認めてもらえたことに、喜びが沸き起こる三人であった。




「う……うん! カイル君がそう言ってくれるなら、うちはもっと頑張れる!!」

「私は医療の知識が豊富だから、カイルの体調管理ならお任せよー! このウェンディよりかは役に立つわ!!」

「うちはこの貧弱な回復兵と違って、訓練の相手ができます!!」


「張り合う必要性が俺には感じられないのだが……ウェンディもレベッカも、どちらもどちらで頼れるぞ?」

「「ぐぎゅう」」



「もっともな正論に倒れ伏してしまったな!」

「きゅるるん!」

「このアホ主君は……今はそういうこと言う場面じゃないやろ~!?」

「だが今ので証明されましたなあ。カイルに脈を作るのは、生半可な努力では不可能ということ……!」






「コレハコレハ。様子ヲ見ニ来タラ、随分ト楽シソウデハナイカ」



 カイル達の耳に聞こえてきた、鎧でくぐもった声。



 それが聞こえた瞬間に、ばっと顔を上げ敬礼をする四人。騎士団長ジョンソンのナイトメア、アークラインが姿を見せていたのだ。



「アークライン殿、わざわざお越しいただいたのですか」

「ソウダ。姿ガ見エナイモノデ、詰メ込ミ過ギテシマッタノカト団長ガ心配シテイタゾ」

「団長が……心配をおかけしてしまい、申し訳ないです」


「今日は訓練の日じゃないんですか?」

「アア、今日ハ休息日ニシテアル。何ニダッテ休ミハ必要ダ」

「それなら明日から頑張れるわね! カイル!」



 レベッカはカイルの背中を豪快に叩く。



「ン? ドウイウ話ヲシテイタノダ?」

「実はカイル、疲れていたのか寝坊したんですよ。だからそのまま休んでもらって、今は話を聞いていました」

「自分が副団長をやれるかどうか不安だったみたいだけど、そんな気持ちも力に変えるんですって。素敵ね!」

「恥ずかしながら……そのように」



 するとウェンディが、レベッカが叩いた背中をさすり始めた。



「ウェンディ? どうした? ああでも、ちょっと心地良くなってきたな……」

「レベッカがいい感じに状況説明するから、張り合おうと必死やな」

「うるせーい!! アークライン様、とにもかくにもそういうことです!!」

語彙力どすなあ」

「チェスカも黙れー!!」



 今度はその光景を見て、アークラインが普段は決して出すことのない、笑い声を上げる。



「フフフ……君達ハイツ見テモ微笑マシイナ」

「えっ? そうですか?」


「アア、ジョンソントノ話デモ話題ニ上ガル。四人ハ他人ヲ和マセル力ニ溢レテイテ、場ノ雰囲気ヲヨクシテクレル」

「……そうなの?」

「アークライン様が仰られるならそうだね!」



 気付けばナイトメアを身体にしまい込み、アークラインの前に並んで立つ四人。王国騎士はオンオフの切り替えが早いのだ。





「激シク荒レ狂ウ舞台ヲ鑑賞シテイル者ニ、暫シノ安息ヲ齎スノガ君達の役割ダ。真面目ナ展開バカリデハ客ハ飽キテシマウ。場ニ笑イヲ齎シ緩急ヲツケルノモ必要ナノダ」


「ソレガ神カラ与エラレタ役割デ、君達オ得意分野ナノダト思ウ。ダカラ先ズハ、ソレヲ突キ詰メルコトヲ考エテイケバイイ」





「指導のお言葉……ありがとうございます! アークライン様が仰られたこと、このダグラスは覚悟を決めて胸に刻み、精進していく所存であります!」



 実質的に団長とも呼べる人物からの賞賛を受け、まずダグラスが直角にお辞儀をする。次いでレベッカとウェンディも頭を下げた。



「あんたそこまでかしこまったキャラじゃないでしょ……私も覚悟決めます、アークライン様。回復担当であることも含め、私は騎士団に求められている役割を、最後まで果たすつもりです」

「ボナリス殿ニ負ケナイ医術師ニナルンダゾ」

「アークライン様まで姉の話持ち出すんだからー!!」


「私も頑張ります! 身体は小さいけど、この胸に抱いた覚悟は人一倍あります! 望まれるのなら槍にでも剣にもなりますよ!」

「実ニ頼モシイナ。ソウ思ウダロ、カイル?」

「ええ……その通りですね、アークライン殿」




 こんな仲間と一緒なら、自分の役割をこなすことができるだろう。カイルはそう確信し、安心感を覚えるのだった。

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