第971話 【暗殺者と吟遊詩人の覚悟】・後編

 一方妖艶なる魔女の茶会ヴァルプルギス・アフタヌーンの天幕を訪れたカタリナだが――




「っ!? どうしたの皆!?」

「あ、あ、カタリナさん……!」




 展示区画は騒然としていた。客を避難させ、それを守り、様子を伺う従業員が多数だったのだ。


 現状を復帰させようとする者もいたので、騒ぎは終わった後――そうカタリナは結論付けた。




「セバスン、手伝ってあげて。マネキンも倒れてる、これは酷い……」

「承知いたしました」



 颯爽と仕事を開始する執事セバスン、そこに裏口から合流してくる二人が。



「カタリナ、怪我人はいないから安心してくれ。私とソールがいたのが幸いだった」

「トムさん! ありがとう、ありがとうございます……!」


「あっしらでばーんと撃退してやりやしたよ! 革命軍でやした!」

「くっ、またあいつら……あたし達が何もしないからって……」


「でも今回の革命軍、めっちゃ怖かったんですよ。詳しい話はこちらで……」

「様子って? 怖いのはいつもでしょ、話が通じないんだから」

「それはそうなんですけど、なんと言うか……とにかく話を聞いてください」

「ん、んん……?」






 強引に裏側に連れていかれるカタリナ。そして従業員からの話を聞いた。






「怖かったって言うのはですね、僕らに難癖付けにきたんじゃなさそうだったんですよ。なんか戦力戦力言ってて……」

「せ、戦力……? あたし達を、『沼の者』を従えさせようとしていたってこと? それなら耳揃えて金を持ってこいって話じゃない?」

「冷静に考えろ、相手はクロンダインの支配勢力だぞ。同じ国に住んでいながら、一切従わない我々を目の敵にしているんだ。今更堂々と交渉してくるか?」



 トムとソールもやってきて会話に混ざる。



「今やってきた革命軍に、勿論そのような意思は見られなかった。何だか虚ろな様子で、あとは蝸牛かたつむりのような遅さで腕を伸ばしてくるだけだったな」

「そ、それを喰らった人はいないんだよね?」

「皆避けることができたよ。ただ避難が遅れたお客様の中に、狙われた瞬間身体が強張ってしまって、動けなくなったと言う人がいてな……」

「……」



 『沼の者』のように戦闘訓練を受けていないと、回避することが難しい攻撃ということか。遅さが弱点となっていたものの、それすらなかったと思うと――



「……今後も襲ってくるかなあ。場合によっては展示の取り止めも検討に……」

「その可能性は薄いと思っていやす。去り際に『やはり無理だった』と聞こえてきたもんで」

「やはりって何? 前にも一度やろうとしていたの?」

「あ、あたし……町おこしん時。今のような雰囲気の革命軍に遭ったから、きっとそれかも」



 フローラが直談判し、仲間に心配をかけた一件である。



「ってことはその時から数ヶ月、革命軍は今のような雰囲気だったってことか……」

「やけに撤退や侵攻を繰り返してるって新聞記事にもなってやしたからなあ。一体革命軍内部で何が起こってるんでやしょう……」


「ソールさん、それを心配するだけ無駄だよ。そんな暇があるなら行動をしないと。あたし達はあたし達のできることをする! 恐怖に屈してる時間はないんだから」

「……」




 トムは目を丸くしてカタリナを見つめたと思うと、突然表情が柔らかく崩れた。




「……トムさん? 大丈夫?」

「いや……済まない。今のカタリナを見ていたら、姉さんを思い出して」

「え……」



 トムの姉とは、カタリナの母カティアのこと。つまり暗に今のカタリナは母親に似ていると言っているのである。



「族長としての姉さんは、まさに今のお前のようだった。状況を整理し、その上でやるべきことを見出し、それを行うように仲間を鼓舞する。人を率いる素質に溢れていた」




「……もしかしたら次の族長は、お前になるかもしれないな」





 その発言が出た直後、カタリナはトムの口をいそいそと両手で押さえた。





「ちょっとトムさん……ちょっと!! トムさん!! なんてこと言うの!!」

「……」


「確かに母さんに似てるって言われて、ちょっと嬉しかったけどさ……でもあたしのやりたいことは、族長じゃないから!! 今は服飾を頑張りたいの!!」

「……わかってる。もしもの話だよ」


「そういうの話すと現実になっちゃうんだよ~も~!」

「お嬢様は、こちらは復旧が完了いたしました」

「ありがとセバスン!! じゃああとは皆で回せるね!? あたし友達と約束してたから、これにてバーイ!!」




 矢継ぎ早に撤収していくカタリナ。年頃のレディはかなり忙しいようだ。


 そんな印象を一族の仲間達に残して、彼女は演習区へと向かっていった。




「……あんなせかせかしているようじゃ、まだ族長やる余裕はなさそうだな」

「すっかりカタリナさんに継がせる気じゃないですか……」

「リーダーシップがあって、その上で影響力がある者が相応しいんだ。特にこれからの新時代にはな……」








<午後四時半 演習区>




「そう……そんなことがあったのね」

「はい……」




 訓練する生徒を横目に話をしているのは、オレリアとアリアの二人。グロスティ商会において、上司と部下という間柄である。


 オレリアの様子がどこか落ち着かなかったので、アリアは急遽彼女を呼び出し、悩みを聞いていたのだった。




「ダイアー王子が生きていたと思ったら、あの画家の様子がおかしくなったと……」

「そもそも生死を隠していたって時点で、革命軍には絶対に何かがあるんです。でも……」

「それ以上のあの画家のことが心配なのね? 貴女と話せるぐらいに正気は残っているようだけど……ふーむ」



 グロスティ商会は、革命軍との取引は原則行っていない。そのこともありマークはしていなかったのだが、ここまで来ると話は別だ。



「さっきも革命軍がぞろぞろこっちに向かってきていたわ。多分妖艶なる魔女の茶会ヴァルプルギス・アフタヌーンにちょっかい出しに行ってたんじゃない?」

「えっ!」

「まあその後何事もなく戻っていったから、無事だとは思うけどね。しかし何がしたいんだが、不明瞭だわ」

「……」



 気が付くと、オレリアの瞳からは涙が流れていた。



「……心配なのね?」

「はい……私、その画家に、殺してほしいって頼まれて。最初は絶対にそんなことしてやるかって思ったんですけど……」



「もしもそれが本当になったら、どうしようって……考えると怖くって……」

「……恐ろしいこと言うのねえ。でも殺したくはないんでしょ?」

「勿論です! 絶対に助けてやります! だからと言って、私にそれができるかどうか……」





 その時、小気味よい音が二つ聞こえてきた。



 一つは短剣が軽々に振るわれる音。もう一つはギターの弾ける音色である。





「あ、この音は……」

「うふふ、あの子達が来たみたいね。丁度あっちで訓練してるみたい」



 アリアが指を差した方向には、その二人がいた。



 それぞれの得意な武器を手にし、総合戦用の魔物玉を叩き付けて、討伐訓練に励んでいる。


 基本は一人で、時には組んで。状況に応じた方法で確実に敵を倒していく。




「……もしかすると、彼を救えるのは、きっと気持ちを寄せられているあの子なのかも。私は姉として、守ってやらないとって思っているけど……」

「成長ってあっという間なのよねぇー! アタシもわかるわ! 足下をよちよち歩いている赤ちゃんだと思っていたら、もうあんなに大きく……!」

「アリアさん……泣く一歩手前じゃないですか。ふふっ」




 存在を主張することはなくとも、いつだって誰かは見守っている。







 カタリナとイザークは、そのことを実感しているのかは不明だが――それでもひたすらに、目の前の訓練に打ち込んでいた。




「ウゴゴゴゴゴゴオーーーー!!!」



「よっと……強いの引き当てたね!」

「ゴーレムなんてなっつかスィ~~~。初めて相手にした時のボクは、攻撃を避けることすら精一杯だったけど……」



 イザークはギターを弾き鳴らし、その音色で足に強化魔法を付与する。



「今はそんなの朝飯前!! サイリィー!!」

「――!!」




 上から飛んでくる打撃を避けていき、懐に入り込む。



 そこに今度は破壊力を強化したギターで、直接石の身体を叩く。羽織ったベストに破れかけのジーンズがクールさを演出する。




「ウゴオッ……!!」



「うっひょー効いてるぅー!! 魔法の方はいい調子だぁ!!」

「本当に……あの頃と比べたら、イザークはできること増えたよね!」

「カタリナもだ! 積極的に前に出るようになったよなー!?」



「あらそう? ブランドやってる影響、こんな所にも出ちゃった?」




 敵の攻撃を掻い潜るのは、カタリナにとってもお手の物。動線を見切る訓練なら、あの頃に血を吐きながらも乗り越えてきた。




「セバスン、ここは二人で決めよう。あたしの生み出した糸を、布にするように――」

「承知いたしました。望むがままに齎しましょう」




 カタリナの身体から、執事と化したセバスンが一気に浮遊する。



 そこから揃って懐に潜り込み、内部から短剣で身体を引き裂いていく。黒いドレスが夕闇に輝き、星の川を眺めているよう。




「ウゴオオオーーー……!」



 加えて魔法糸を食い込ませると、ゴーレムの肉体はバラバラになって地に落ちるのだった。






「……ふー。見切れるとわかっていても、やっぱり大きいのは緊張するね」

「デカいっていうのはそれだけでポテンシャルになるからなー。巨人だってそうだ」

「うん……」



 ここまで休憩なしに魔物と戦い続けてきたので、一旦休憩の時間。カタリナは短剣を手にしたまま、木に寄りかかって休む。イザークは地面に直接座り込んだ。


 サイリとセバスンも外に出て、それぞれ演奏用の服装と長身の執事姿になっている。オリジンの衣装に身を包んでいたのだ。



「今後あたし達が相手にするのは、そういうのばっかりだ。ちっぽけな魔物相手に遅れは取っていられない」

「だからと言って、足下すくわれるわけにはいかねえけどな」

「それはそう」



 長い時間訓練を続けていたのか、そろそろ日が暮れそうになっている。夜が到来を告げていた。



「はぁー……今日もあっという間に終わってしまった。午前中はインタビューの準備して、午後はそれ受けて、今は訓練。こうして日々は過ぎ去っていくんだ」

「となるとやっぱりモタモタしてる暇はねーな! ボク、魔法音楽部作って本当によかったぜ! さっさと消えてなくなる時間を、有意義なものにできた!」

「あたしもだよ。うじうじしている自分とさっさと別れられたのは、とてもいいことだった」




 冬だと言うのに美しい黄昏。ちらついてきた雪を背に、橙色に燃える太陽が落ちていこうとしている。


 憧景を感じさせるその景色に、ふと自分達がやりたいことをやろうと、決断したあの時を思い出す。




「……きっとあたしがこうやって変わることすらも、運命だったんだよ。聖杯の女王エリスの、最も近い立場にいる友人。それがあたしに与えられた役」

「ともすれば主役以上に人気が出そうな役柄でありますな。騎士王伝説においては、円卓の騎士の最強格ガヴェインの立ち位置であります」


「セバスンったら……貴方はどこまでもあたし第一だね」

「わたくしはお嬢様の執事でありますぞ? 世界が何と言ってこようとも、一番の主役はお嬢様と思っております」



「騎士を統べる騎士の、最も近い立場の友人。その役割をボクに与えた脚本家は、余程刺激を求めていると見た。吟遊詩人って言うには我が強すぎると思うぜ?」

「~」

「そうだなアーサーの野郎にも忠誠心が足りないってどやされてたしな!!」


「♪」

「そうそう時代は移ろうもんだ! あんな長ったらしい歌い方して、回りくどいリリックばっかの眠くなるような音楽じゃなくて、端的に魂が込められた旋律を! 求めるのは時代の流れってもんさぁ~!」





 主役というものは、たった一人ではそれを演じ切れない。対になる悪役と支える助演、数え切れない程の脇役や端役がいて、初めて主役になれる。


 主役に近い立場である程重要性は高まる。たとえ本人にその素質があったとしても、助演が無能では、秘めたる輝きを発揮できずに腐らせてしまうというもの。その点で言えば助演には、主役以上の才覚が求められる。




 カタリナとイザークはそれに満ち溢れていた。主役を導き、教え、励まし、時にはその立場が逆転することもある。その煌めきは決して主役を飲み込むことはなく、どちらも見応えがあるものとして輝いている。


 素晴らしい舞台というものは、主役以外の質も高いものだ。





「じゃあイザーク……ここで誓い合おう。主役の親友、同じ立場にある者として、求められている役割を全うすることを」

「そうだなカタリナ。ボクとオマエは、パンフレットで主役の下に名前が書かれるような、注目度の高い助演だ。だけどどれだけ助演として優れていても、主役になれることは決してない」


「どうせ主役になれないなら、助演で最優秀賞を取ろう。主役を食うつもりじゃないけど……そんな勢いでいかないと、あの二人の隣には立てないよ」

「マジそーれーなー! へへっ、ここまで気合入れて助演をやれるのもボクらだけ! ハマり役のこの舞台、最後まで成し遂げてやろうぜ!」

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