第970話 【暗殺者と吟遊詩人の覚悟】・前編

<魔法学園対抗戦・四日目

 午前一時 中央広場展示区画>




「成程……お二方は学生という身分にして、自分の夢を叶えてしまうという行動に踏み切ったのですね」



「そういうことっすね。いやもう、受け身のまま立ち止まっていらんねえと」

「でも夢を叶えた瞬間に気付いたんですよね。自分の夢はこれから始まるんだって」





 この日は魔法学園側の許可を得て、特別なイベントが実施。発行部数世界一の新聞『イングレンスタイムズ』による公開インタビューである。



 対象は今なお世界を騒がせているデザイナーと音楽家、カタリナとイザーク。グランチェスターの一件以降、各地の新聞が動向に目を配っていたのだが、インタビューまで漕ぎ着けたのは彼らぐらいなもの。




「夢を叶えた瞬間に……意味深な言い方ですね」

「あたしは今『ブランドを広げる』という目標でやってますけど。途中で『ブランドを立てた』ことに満足しそうになったんです。そこから気合入れ直しました」


「イザークさんにはそういうのあります?」

「まあ音楽っつーのは……明確な正解がないので。夢が叶ったとしても次の目標がぽっと浮かぶんすよねえ。町おこし終わった時もそうでした」




 ひとえにそれは世界に対する影響力の違いだろう。このインタビューは投影映像を使って、中央広場の魔法具に映し出しているのだが、そこの観覧席は全て埋まってしまっている。



 誰もがこの二人の言葉を聞きたいと思っているのだ。それを知ってかカタリナは引き締まった顔付きで、イザークは緊張が空回りしどこかたじたじになっている。




「現状に満足せず上を目指す。大人でもその姿勢を貫くことは難しいものです。その点ではお二人に対し、学生の理想形だとする意見もあるようですが……」



「……まっ参考にしたい人はすればいいと思いますよぉ~~~ッ。でもボクとしては、たとえばハインライン陛下とかを目標にすべきだと考えておりますね~~~ッ」

「おや、イザークさんの音楽のルーツはハインライン陛下にあるということですか?」

「違いやす!! そういうこっちゃないんすけど、あの人は素晴らしい方だと思うって話です!!」




 一応世界に発信する情報なので、何とか本音を隠し人当たりのいいことを言おうと、イザークなりに奮闘している様子。その頑張りが間近の観客席にも伝わったのか、笑いをこらえる人の姿が続出していた。




「理想にされると、少しくすぐったい所はありますけど。でも皆が上を目指してくれるなら、きっと世界はより良いものになると思います」

「あらまあ……カタリナさんと話していると、まるで魔女と話しているような気分になりますね」

「え? あ、それはどうもありがとうございます……」




 かなり堂々としているが、未だに突然の褒めには慣れていない様子のカタリナ。彼女を目的に集まってきている生徒は、実は観客席の外にも大勢いる。尊敬の眼差しから不埒な視線まで実に様々だ。




「では、次の質問に参りましょう。お二人はまだ五年生で、学生生活はあと二年残っていますよね。その間にやりたいことはありますか?」

「学生でいられる間に、もっとブランドを広げていきたいと思っています。卒業するまでに基盤はしっかりと整えていきます」

「そうっすね……活動範囲を広げる! これに尽きますね。いつかは部員引き連れて本場リネスで演奏会――なんて考えていたりして――」








<午前二時半 男子天幕区>




「あああああああもう今日は何もしたくねえ」

「お前さ、いい加減インタビューとか慣れてしまえよ。それでも部長か」

「うるせー何も聞こえねー!! それを言うならアーサーだって副部長なのに司会グダグダだろ!!」

「傷を抉ろうとするなーッ!!」


「いやあ、イザークのぐだぐだっぷりと比較して、カタリナの慣れた感じ! わたしの教育の賜物ですなぁ~♪」

「まるでオレの教育が失敗したみたいな言い方やめろ」


「え、エリス……あっついよ……」

「いいじゃん冬なんだからさ~。んっ、カタリナったらあったか~い♡」

「カタリナが露出する度にお前はご機嫌になるな」




 インタビューの後、エリスとアーサーとギネヴィアは天幕に呼び付け、ちょっとしたスイーツを振る舞っていた。マシュマロをクラッカーで挟んで焼いたスモアサンドである。




「……でも実を言うと。あたし、あのインタビューでちょっと心残りがある」

「え? そんな風には見えなかったけど?」

「『沼の者』のことを強調できなかった。町おこしの時は言えたのに」



 カタリナは俯き、その目は少し悔しそうだ。



「今回近くに来ている革命軍の規模が、ほぼ全隊だからさ。影響を考えたら日和ちゃったんだよね……」

「あー……ケンカ売ったら何が起こるかわかんないね、確かに」

「色んな人を巻き込みたくないって思ったけど……それを跳ね返すつもりで、もっとグイグイ行けばよかったなー。ああー」

「よしよしカタリナちゃん。わたしの秘蔵たぴおかをあげるから元気出せ」

「ん~今はスモアサンドでお腹いっぱいかな~……」


「その点イザークはマイペースだったな。魔法音楽と言ったらやることはこれ! っていうのが明確だった」

「悪い所も裏返せば良い所になるんすネェ~~~言うて前回喧嘩売ってきたケルヴィンが、今回だんまりだったってのもあるけど」

「それもそうだな……」




 焼けたマシュマロがじゅわーっと溶ける。疲れた肉体に甘さがダイレクトアタック。クラッカーが満腹感を補強して、大満足の一品をどんどん腹に入れ込む一同。




「それでイザーク、今日は本当に何もしない予定?」

「……いや冗談だけどさ? 総合戦は絶対にいい成果挙げたいから、訓練しねえと」

「そうなんだよな、オレの身内は全員出場確定だ」



 総合戦は、武術戦及び魔術戦でよい成績を残した生徒だけが選出されて、残りは応援に徹するというシステムである。


 武術戦では奈落の者撃退、魔術戦では開幕勝利。活躍は目覚ましく、当然のようにアーサー達十一人も選出されている。



「ぎぃちゃんはまたしても『パワカラ』期待される運命なのかねぇ~。多分あの攻撃はもう二度と繰り出せねーぞぅ」

「二度やられても困る。イザーク、お前の訓練にはオレも付き合った方がいいか?」

「いいや……寧ろカタリナとやりたいんだよね」

「あたしと?」



 指名したイザークだが、その目付きは新鮮だ。




「言葉で飾れば色々できるだろうけど……あえてそれはしねえよ。直感が告げてくるんだ、ボクは今後オマエと組んで戦闘をする」

「……」




 カタリナはその決意を汲み取り、肩にかけてあった三つ編みを、背中に回した。



「……あたし天幕に戻るね。準備してくる」

「ん、そっか……」

「寂しいの? あたしがいなくても頑張らないといけないよ、エリス」

「言われなくてもわかってますよーだ」

「これは寂しがってますなぎぃちゃんにはわかる」



「でも先に妖艶なる魔女の茶会ヴァルプルギス・アフタヌーンに顔出したいから……そこで落ち合うってことでいい?」

「おうよ。つーわけで、スモアサンドごちそうさん!」

「ああ……くれぐれも体調には気を遣ってくれよ」

「おうよ」




 アーサーに軽返事をした後、イザークもすぐ背後にある自分の天幕に撤収していった。




「……ま、オレの親友とエリスの親友だからな」

「必然的なカップリングってことだね!」

「ぎぃちゃんはすぐそうやって誤解を生むような言い回しするぅ~」







<午後三時 中央広場天幕区>




「え~と『ヴァルタ』の天幕っと……」

「――」

「おっ、サンキューサイリ。オマエがいなかったら気付かんかったぜ!」



 一人行動となったイザークは、天幕が立ち並ぶ区画をのんびり歩く。



 知り合いがいないから――と思っていたが、それは彼の思い違いであった。



「ようイザーク! こんな所で奇遇だな!」

「おっすおっす。店出してたのかオマエ」

「いや~こういう状況でも小銭は稼ぎたいじゃん!」




 イザークが足を止めたのは、魔法音楽の知り合いの一人。彼はギターピックを販売しており、小さい逆三角形が勢揃いである。




「売れ行きはどうなの?」

「本当に小銭程度かな。でも全くないってわけじゃないんだぜ。中には本来の使用用途を知らずに、土産品として買ってく奴もいる」

「まだまだ物珍しいんだねえ。ピックだけ買ってどうするんだ、インテリアにもなりやしねえ」

「背中掻くのには使えるんじゃね?」

「「くーっ!」」



 ふと周囲を見回すと、他にも魔法音楽関連の商品を売っている天幕が目に入った。どうやら同業者で固まっているらしい。



 それも見に行ってやるかと、イザークが足を伸ばそうとしたその時――




「うえ゛っ……!!」

「お、おいどうした? んぐっ!?」

「な、何だこの衝撃は? かつてない圧迫感は……!?」




 付近にいる人間全てが、突然胸を押さえて苦しみ出す。上から押し付けられているのか、立っていることすらままならない。



 しかしイザークは例外で、普段と変わらない態度――を通り越して、ある種の呆れた表情で突っ立ってることができていた。




「な、イザーク……!? お前平気なのか!?」

「前にも経験したことがあるんっすよ、じーつーはぁー」



「ロズウェリの結婚式と……ウィンチェスター以来か? ハンニバル」





 イザークが生意気そうに言ってやると、がっはっはと笑い声が木霊した。




 そして馬の威嚇する鳴き声も。その場にいた者は、まさかの存在に怯え切ってしまう。




「ハンニバル……!? あ、アルビム商会が来てるのか!?」

「ボスがいるってことは手下も来てんだろ。天幕を見かけてねえけど」

「お主等の前に姿を見せる理由がないからなぁ?」




 そうこうしているうちに本人登場。二メートルは超えているであろう巨体に、威圧感のある濃い顔付き。ハンニバル・アルビムは一応、イザークの父親であるイアンとかなり交流がある。『リネス三大商家』と括られた影響だ。


 隣にいる巨体の黒馬カルタゴも、得体の知れない威圧感を放っていた。馬の時点でこの体躯なら、人間ならどうなっていただろうと、考えるだけでも背筋が凍る。




「ブルルルル……」

「――」


「おう、その黒いの。何だその目付きは。ワシのカルタゴに喧嘩売ってんのか?」

「よく言うぜ、最終的にはそっちから喧嘩売るつもりなのによぉ?」


「ふん……生意気な口に拍車がかかっているな」

「そっちこそ自惚れがデカくなりすぎてんじゃねーの?」




 恫喝と脅迫で悪名高いアルビム商会、その会長であるハンニバル。末端には何とか勝てても、彼が出てきてしまったら全てが詰む。



 そういう考えが一般的なのだが――目の前のやや癖っ毛な茶髪の少年は、一切臆することなく、むしろ堂々と戦うつもりで問答を繰り広げられている。



 ある者は恐れを為して、ある者は尊敬して。そして大半は物珍しさに彼の周囲に集まり、いつの間にか人だかりができていた。





「で? 皆ビビっちまってるんだけど、何の用だよ。普通に買い物するってんなら離してやるぜ?」

「ほう、ワシより先に手を打つか。つくづく用心深くなったのう?」




 ギターを取り出さずに、指で魔力を練って縄を生成したイザーク。そして適当にハンニバルを拘束した。



 触媒代わりのギターを出してしまうと、完全に戦闘態勢に移行してしまうので、とりあえずはこれで様子見にしていたが。




「ちったあこの辺の人間で遊んでやろうと思ったが、いいものを見せてもらった……イアンとこの出来損ないが、目覚ましい成長を遂げたのう。どうやら大量の仲間に振り回されるだけの、大根役者ではないようだ」

「……」



「その成長に免じて、お主の望み通り、ワシはここから去ってやろう。ここより東にアルビム商会の拠点があるから、暇なら来てもいいぞ!」

「生憎そんな時間はないんでね。さっさと帰れ」

「おうおう最後まで可愛げのない奴だ……軟弱なよりは余程いいがな」




 縄から解放してやると、再び高笑いをしてハンニバルはその場を去っていく。




「グルルルルンッ!」

「……!」


「キレんなサイリ。この借りは将来返してやろうぜ」

「……」



 カルタゴは振り向きざまに、後ろ足で思いっ切りサイリに砂をかけていった。サイリは怒り散らかしそうになったが、主君イザークの静止もあり落ち着いた。






 奴は恐ろしい力を持っている――その真実がイザークを緊張させていたのだが。



 突然聞こえた大音量の拍手が、それを破壊させる。




「なっ、わっ、えっ!?」

「イザークゥー!! お前すげーなー!! ハンニバル相手にビビらないなんて!!」



 気が付けば魔法音楽の知り合いが続々やってきて、野次馬からイザークを褒める仕事に次々と取りかかっている。



「魔法音楽は圧力や偏見を恐れないってのが暗黙の常識だが、それでも怖いものはある……あのハンニバルやカルタゴのようにな。でもイザークはそうじゃなかったァー!!」

「本当に魔法音楽界のスーパースターだぜ!! まさにボルテックス!! 魔法音楽部を設立し、世界に羽ばたいてるだけあるぜーっ!!」



 言葉は気分の高揚を促し、魔法音楽に関係ない本当の一般人も、とにかくイザークを褒めちぎっている。



「そ、そうかなあ……そんな実感ねえや、正直」

「何ぃ!? あのハンニバルを退けたことすらも、鼻にかけないだとぉ!?」

「これが今話題の『ナニ・カヤッチャ・イマシタカ症候群シンドローム』!?」

「いや!! 人からすればとてつもない偉業を、自慢にしないって言うのは、精神的強者にしか為し得ないこと……!! やっぱりイザークは根っからの天才だぁー!!」

「オマエら一々ボクを褒めないと気が済まないのかぁー!!!」




 こんな時に理由がなかったら恥をかく所だっただろう。しかし今のイザークは待ち合わせがあるので、それを理由に抜け出すことができた。




「じゃあなー! オマエらボクを尊敬するのは勝手にしていいけど、まあ頑張れやー!」


「おうよー! イザークに応援されたら元気出るぜーっ!」

「お前も俺達の希望として活躍しろよなー!」






 背中に受けた言葉が心に染み込んでくる。自分を実現する為にやっていた魔法音楽。ひたすらに自己を追及していた様が、誰かの心に響いたのだ。




「……ああ、なんかわかったよサイリ。インタビューとかに慣れないの、まだ自分のことしか考えられていないって証拠だ」

「……」


「だったら誰かのことを考えて……誰かが抱えているであろう感情も抱いてさ。そんなつもりで行けば、次は上手くいくかな?」

「♪」

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