第969話 齎す者の覚悟

<午後三時半 第零森林区画>




「それっ! ……トリスタン、そっち行ったわ!」

「あいさー! よっと!」



 第零区画は、前回マッチョだったりマッチョじゃなかったりする男子生徒一同が、肉を狩って堪能した課題用の区画である。総合戦には課題が存在していないのだが、森林における移動訓練に需要があるので、魔術戦からそのまま続投されている。



 現在はある人物達が貸し切っていた。ストラム、グリモワール、ケビンの三人である。事情を知っている者は『円卓の騎士が訓練をしている』とすぐに結び付くだろう。






「ふふん、急所を狙ってやれば力が貧弱でもこの通り!」

「モ゛オォー……!!」




 ストラムことトリスタンは素早い身のこなしで移動し、『シュヴァルツバイソン』の息の根を止めた。伝説の食牛『グスコー牛』の原種であり、肉が美味いがその分強さも規格外。


 このようないかに上手く立ち回るかという訓練においても、いい相手になってくれるのだ。今日もトリスタンは、どれだけ敵から注意を向けられるようなやかましい動きができるか必死に研究していた。




「ケイ先生肉の回収シクヨロ~~~!!!」

「言っておくが食えないぞ。数人で独占するなんて不平等だからな。これは貸し切りの謝礼として引き渡すんだ」

「嘘でしょ!?!?」

「何でただの訓練なのに見返り求めてんのよこのバカ!!」

「だってそういうのあった方がモチベ上がるじゃん~~~!?」



 こういう些細な点において、グリモワールことベディウェアとはソリが合わない。居候生活を始めて一年が経とうとしているが、未だに目玉焼きにつけるドレッシングについてケンカすることがある。



「はあ~……貴方魔法音楽やってんでしょ? それで演奏してお金稼いできたら?」

「それで上手くいくもんなら苦労はしねーぜ!!」

「大分成功している方だとは思うけどね……」




「……よっと!」

\\ンモ゛オーーー!!!//




 ベディウェアは魔法糸を絡ませ、背後に迫ってきていた『シュヴァルツバイソン』の肉体を切断する。


 背中を振り向くことなく、それでいて見えているように動かす。魔法糸の扱いなら彼女の右に出る者はいない。




「キレが上がってきたわね……仕上がってきているわ」

「研ぎ澄まされた糸は実質刃物じゃん。やっば~」

「二人共素晴らしいな。ま、私は教師業忙しいから、まともに訓練できていないというのもあるが――」



「それは言い訳にすらならない……ほぅら!」

     \モッ、モ゛オー!!!/




 ケビンことケイの得意分野は強化魔法。たった今は拳に瞬間的な強化を付与し、それ一つで『シュヴァルツバイソン』の脳天をぶち抜いた。




「さっすが強化魔法のスペシャリストは違いますなあ~」

「君だって妨害魔法の専門家だろう」

「魔法っつーか妨害の専門? みたいな!」

「そう考えると始祖って本当にこじつけみたいな考え方よね。どうやったら私のイメージ防御魔法になんのよ」



 攻撃や支援といった魔法系統は、円卓の騎士八人にそれぞれちなんでいる。とはいえそういう定義というのは、ほんの少ししか合致せずあとは適当なこじつけで済まされることが、往々にして多いものだ。



「魔法糸って元々は結界を作るのが主目的なんだろ? それじゃね」

「ふーん、まあどうでもいいけどね。系統がどうした、私は私! 円卓の騎士にしてトップデザイナー!」

「僕はギタリストにしてヴァイオリニスト!」


「私はしがない魔法学教師。さて、そろそろ貸し切りの時間が終わってしまうが」

「ならば帰るしか選択肢はねーべ!?」






 ということで森林区画から三人は撤収するのだが。




「……ん」

「あ、グリモワールさんだ! 出てきた!」

「この森に向かっていったという噂は本当だったんだ……!」




 出てきて早々人が集まる。どうやらミセス・グリモワールのファンらしい。


 バレないように私服姿で出てきたのが幸いだった。鎧を着ている所を見られたら、なんと噂をされるかわからない。


 私服姿であればいくらでもサービスをしてやれる。グリモワールは嬉しそうに声をかけていった。




「あら、アタシに用事があるの? サインかしら?」

「そ、そうなんです! この服にお願いしたいんですけど……!」

「ん、じゃあ遠慮なく行かせてもらうわ! それーっ!」




 瞬く間にグリモワールとファンの世界が形成されていく。それに関係ないストラムは口笛を吹いて退散しようとしたが。




「あ、あのすみません! 『フライハルト』ですよね!?」

「ンッン~その名前で呼ぶってことは! サインかな!?」

「お願いします!」



 ストラムは魔法音楽部の顧問ということで通しているが、実は『トゥルー・リバティ・キング』という伝説的魔法音楽グループのギタリストでもある。


 長らく行方不明ということになっていたが、最近は魔法音楽部の熱気に影響されて活躍をぼちぼち再開している。その影響が遂に現れたといった具合か。



「えっと、僕もサイン欲しいんですけど! 魔法音楽部顧問の『ストラム』さんとして!」

「フグッ、それまたニッチな! 予想外だが僕は応えるとしよう!」

「ありがとうございますー!」



 流石に一年も活動をしていたら、様々な情報が広まるのも必然であるのかもしれない。





 仕立て屋でもなければ音楽家でもない、ただの教師ケビンは本当に浮いてしまったので、先に行こうとするが。


 なんと彼にも客人が来ていたとは、誰が予想できたか。




「ケビン先生ですよね? お久しぶりです、覚えておいでですか」

「ん……? 君は、昔の教え子とかそのような感じかな?」


「アリシア魔術協会と言えば思い出すでしょうか」

「アリシア……ああ! ブルックの町のか!」




 かれこれ一年以上も前のこと。ケビンと生徒達が魔法学の合同授業で訪れたのは、ブルックという地方都市。当時そこは熱波に見舞われており、しかもそれを防いでいた結界が壊れてしまうという事態に。


 そこでケビンが持ち前の知識――長命たる円卓の騎士だからこそ為せた、特別な術式を構築し、町を守り被害を最小限に抑えたのである。


 アリシア魔術協会は、当時その結界を構築していた。つまりケビンには計り知れない恩義があるということである。




「この度我々も、対抗戦の観戦ができるまでに復興いたしまして。それでケビン先生にお会いできるかな……と」

「わざわざ私の訓練上がりを狙ってくるとは、余程会いたかったようだね」

「それはもう! あの時助けられたことで、私達もまた成長できたと感じています」



 声をかけてきた魔術師の後ろには、別の魔術師も並んでいる。皆揃っていい笑顔だ。



「私の知識でお役に立てたのなら、それは光栄だ」

「滅相もないです! それではこの『ほうじ茶パイ』、味わってくださいね!」

「ありがとう……そうだ、君達がいいのなら、そちらを訪問させてもらうよ。あとグレイスウィルの試合は観戦なさるのか?」


「はい、勿論観戦しますよ! あの時やってきた生徒達の中にも、出場する生徒がいるんでしょう? 楽しみで仕方ありません!」

「そうだな……当時より皆成長している。せいぜい驚くがいいさ」







 こうして突然の来客はあったものの、三人は天幕までひとまず戻るのであった。




「んひょーこのパイうめー!」

「感謝するならブルックの町にどうぞ。観光協会も滞在しているようだ」

「ほうじ茶ねえ~。ちょっと紅茶の気分転換に買ってこようかしら」



 疲れた身体には甘味が染み渡る。落ちていく破片も気にせず、後で手を拭く負担を度外視してどんどん食べていく。



「しっかし僕らの名も売れてきたよね~。正体がバレなければどれだけ有名になってもいいんだけどさあ」

「仮に円卓の騎士って知られたら大変じゃない? 捕えられてまた改造されるかも……」

「あーそういう危険は考えてなかったぬぁー。ベディったらめっちゃ頭回るぅー。そんでもこの僕を改造できるんならしてみろって感じだけどね!!」

「君だったら御免葬るといった所だろうな……」

「ふふふ……うざったいのも時にはプラスになるんだぜ? いっだあ!!」



 ストラム渾身の決め顔がムカついたので、とりあえず頬をはたくグリモワール。



「それにしても不思議なものね。元々はただの兵器だった私達が、こうして誰かの心を揺さぶっているなんて」

「いい服作ったり、音楽聞かせたり、術式構築したりな。『誰かに何かをしてやる』という優しさは、心がなければ発生しないのだろう」

「そういう優しさが世の中回してんだよな~! くぅ~感動するぜぇ~!」



 感動が極まったストラム、どこからともなくバイオリンを出して弾き鳴らす。



「うるさっ!! ……アナタがバイオリン演奏してるの、久々に見たわ」

「最近ギターばっかだったからねぇ。たまにはこういうのもいいっしょ!?」

「やかましくなければ何でもいい。とにかく……今回の一件で、私は自分の役割というものが固まった気がするよ」




 ケビンはパイを食べ終えた後、授業に使う教材の準備をしながら続ける。




「円卓の騎士及び教師という仕事を通して、誰かに何かを齎し、その結末を見届けること……それが私の役割だ」

「アタシもそうだわ。服を通して誰かに輝きを齎し、継続して世界を照らす。きっと円卓の騎士という、長命だからできたこと」

「僕は主役になりたい性分だけど、結局そこに収まる気がするんだよなぁ~。まあでも……世界の脇役になるぐらいなら、少人数の主役になった方が、気分はいいかも!?」



 ストラムの物言いは世界の真理を突いていたかもしれない。その場にいた一同、妙に納得するのだった。

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