第968話 商人の覚悟

<午前二時 中央広場特設ステージ>




「ヒュー!! 皆盛り上がってるかーいチェケラッチョォ!!」


「さて、ご紹介に預かりました我々は『ビートフル連合』!! リネスで活動中の魔法音楽グループだ!」


「今回は魔法音楽部部長イザークとコラボレーション! 皆様にシビれる旋律お届けるすぜぇー!! 早速ヒアウィーゴォー!!!」




 演劇部を始めとした他の課外活動が使用を申し出ているので、今回の魔法音楽部は出番が減少している。しかしその代わり一回を濃くする方針に移行した。



 部長イザークはリネスにいる知り合いに声をかけ、ステージに参戦するように誘った。多くの団体や演奏家達が乗り、加えてグレイスウィルとは言わず様々な魔法学園のステージで演奏を披露している。



 そんな規模の大きい話になったのも、後ろ盾になっている商会の影響力があったからで――





「~♪」

「どわあああああっ!!!」




 ここに特設ステージから離れた茂みから、双眼鏡を使って覗き見していた男性が一人。グロスティ商会長イアンである。



 神経質な程に周囲を気にしていた彼だったが、背後まで迫ってきていた宝石で飾られたウンディーネには気付けなかった。そちらの方が気配の遮断が一枚上手だったということだ。




「だ、誰かと思えばサファイア殿……ん? トパーズ殿と一緒ではないのか?」

「一緒に決まってるじゃない!」

「♪」



 サファイアと呼ばれた彼女は、目の前にいる黄色いドレスの女性トパーズのナイトメア。笑ってご機嫌な顔が本当によく似ている。



「いやしかしイアンちゃんも照れ隠しねぇ~!! 素直に観客に混ざって、イザークちゃんのステージ観ればいいじゃない!!」

「そんなことをしたらあいつにバレてしまうだろう……今回の対抗戦で演奏している魔法音楽の集団、半数以上はグロスティ商会が金を出していること……」




 他にも様々な商会が協賛しているが、一番大きいのはイアンが率いる『リネス三大商家』の一つグロスティであった。魔法音楽は最近広がりを見せているムーブメント、ここで一気に拡大させれば利益に繋がるという名目である。



 ちなみにイアンは協賛を行う際、グロスティ商会が金を出していることを決して口外するなと、わざわざ契約条件にまで入れた程である。余程実子イザークにバレたくないらしい。




「そういうところよ! イザークちゃんは忙しいんだし、そもそもは貴方から全て始まったこと! 貴方の方から積極的に歩み寄らないと、関係改善できないわよぉ!?」

「わかっている、わかっているのだがそれは今ではない。ハンニバルがどう動くかわからない現状、私に弱点にもなり得る要素を作りたくないのだ……」

「もう……世界一の商会長ってのも、大変ねぇ……」






 かくしてステージが終わると同時に、息子を甘やかしたいのかよくわからない父親は森から出る。これまた神経質になって周囲を気にしていたのだが、トパーズやサファイアが積極的に声をかけていく為、無意味だと気付いた。




「あらぁ~リアンさん!! お久しぶりねぇ~!!」

「おおこれはこれはトパーズ殿! いやはや最近は忙しくて、めっきり会う機会が減りましたからな~!」

「~!」



 トパーズが声をかけたのは、中堅商会『フェリス』の会長。娘のアザーリアは才色兼備ということで魔法学園でも知名度がある。



 イアンはそのようなことを頭の中で振り返っていると、今度は正面に見つけてしまった。



「ああっ! イザーク!」

「おや、貴方様のご子息殿が?」

「あらまあ向こう側にいるわねぇ~! ちょっと私挨拶してこようかしら!」

「待て、しかもどうして奴も一緒なのだ……!?」







 一方のイザークはと言うと、ステージが終わった後に猛ダッシュして演習区にやってきていた。




「ぜー……ぜー……内部強化してもこれはきちぃぜ……」

「ステージ終わってすぐに来たの? ギリギリでスケジュール組んでんじゃないわよ馬鹿野郎」

「だってぇー!! ラールスがどうしてもって言うんだからよぉー!!」

「大人はいつだって忙しいんですヨォ!! 今回は時間を取ってくれて感謝申し上げますねぇ、サラ殿!!」

「ちょっと待ちやがれボクにも感謝しろよ!!」




 演習区に来た理由は、サラが魔術研究をしている所に訪問する為。というのも隣で偉そうにしている商人ラールスが、魔術研究の視察を行いたいと言い出したのだ。あろうことにイザークのツテを利用するべく、彼に声をかけて。



 ラールス率いるネルチ家は、薬草や医術に関する商品を豊富に取り揃えているが、姑息でゲスくてずる賢いともっぱら評判。そんなのに友人が誑かされたら大変なので、イザークは間に入ることを進んで申し出たのだった。




「感謝ならもうしているではないですかぁ~!? 謝礼はたんまりと渡しております!!」

「僕ちゃんの一ヶ月分の平均収入より高かったなぁ!!」

「ジャネットその件根に持ちすぎじゃないですかネェ!?」

「うるせえペーペーにとってちゃあ金は死活問題じゃーッ!!」



 ラールスの隣には、最近あまりにも彼と仲がいいのでもう再就職してしまえと言われているフリーランス魔術師ジャネットが。彼は魔術研究の内容を見て納得したように頷いている。



「ほぉ~ん砂漠があまりにも水を吸収しないのを物理支援ストラテジスト系でどうにかすると。考えるねぇ!」

「でも砂漠の土って、系統を弄っても難しいレベルで強靭よ。元々植物は育ちにくいと定められているようだわ。まあ昨日成功したのだけど」

「成功したのかよ!!」

「したんですかェ!?」

「いともたやすく自然な流れで報告される成功ゥ!!!」




 そしてサラは一旦研究の手を止め、スムーズに砂漠の砂が入った瓶を持っていく。




「ま、成功したはしたんだけど……これに使った内容が極秘でねぇ~。ネルチ商会にそれを流していいものかどうか……」

「サイリ、サリアにそれが何だか聞いてこい」

「!」




 イザークの中から出てきたナイトメア・サイリは、近くで蒸留水を作っていたナイトメア・サリアに声をかけぱっぱと戻ってきた。そしてイザークに伝言を行う。




「……へー! ああこれは確かに言うか迷うな~!」

「イザーク坊っちゃんですらもそう言うのです?」

「ふーむ、では天才の僕ちゃんが推測してみせよう。強靭とまで言われた砂漠の砂を改造するには、きっと未知の成分が必要。未知とはまだ我々が踏み込んだことのない領域、研究がそんなに進んでない地域……」




「わかったッ! この魔術研究には『紫の森』の植物を使っているナァーッ!!!」

「あらまーっ!?!?」



 ジャネットは豪快にポーズを決めたのだが、その際に後ろまで迫ってきていたトパーズと衝突。お互いにどがしゃーんと吹き飛んでいった。



「と、トパーズ様ぁ~! ウチの部下が申し訳ありませんッ!!!」

「ま゛っま゛っで頭がいだい゛っ!!!」


「うう~んいいのよラールスちゃぁ~ん!! ちょっと腰が地面にひっついたように重いけど、全然平気よぉ~!!」

「腰抜けてるやつじゃないですかァーッ!! どうするんですかぇジャネット!!」

「何とかしますッ何とかしますから解放してでえ゛ッ!!!」






「♪」

「おう……久々に会うな、サファイア。ボクは元気だぜ?」


「うちの主君がやかましくて申し訳ないのう。それで、『紫の森』について聞きたいのじゃが?」

「そうね……自分で言うのは憚られるけど、見抜かれたのなら仕方ない」




 サラは『紫の森』の植物が持つ、強力な解毒作用と生命力に目を付けていることを、ジャネットのナイトメア・ドリーに教えた。




「『紫の森』とは……あそこの沼連中が協力してくれたと言うのか」

「百パー協力してくれるツテがあるのよ。そして多分、今後は積極的に開かれていくんじゃないかしら。沼は方針を変えたがってるし。現状は革命軍が目の上のタンコブだけど」

「ほう、それは面白い話じゃのう。うちの主君は新素材が大好物だから、目の色変えそうじゃ」



 そこに謝罪を終えたジャネットが合流。首を強引に下げられたので露骨に痛そうな表情をしている。



「新素材が何だってぇ!? つーか僕ちゃんの推測で合ってたりするぅ!?」

「事もあろうに大正解じゃ。全く、喧しいのにこういう点の洞察力は素晴らしいのう」

「ドリーが褒めるとか今にも雷が落ちてきそうだ。あ~怖い怖い!」


「お望みとあらば落としてやろう。ほれ」

「ぬべあーッ!!!」

「コイツがやかましい原因、ドリーにも半分非があるんじゃねーのか」




 さらにラールスとトパーズも会話に混ざり、先程サラが見せてきた瓶を興味深く覗いている。




「ちらっとワードが聞こえてきましたけど、紫の森ですってェ?」

「最近話題になってるわよね~! 私のシスバルド商会は管轄外だから、あまり商品について深くは調べていないのだけど……」

「食材関連なら耳寄りな情報があるわ。『沼の者』達はね、特別な方法で食べ物から毒抜いてんのよ」

「ええ~!? そんなことがあるの!? それは革命的なあれこれじゃない!?」


「ワテクシのネルチ商会も一応目は付けてんですけどネェ~。手を出すにはまだリスクが大きい現状……」

「何ならワタシは既に、そこの植物作った薬試作してるわ。臨床実験も出て後はコストを抑えるだけ。見てみる?」

「いいーンのですかッ!? いやいやいやいや、グレイスウィルはなんて逸材を抱えているんですかネェ!? 学生やってるの馬鹿らしくなってきませンッ!?」




 学生から齎された有益な情報に、一喜一憂して今後を考える商人二人。




「決めたわっ! シスバルド商会は『紫の森』と取引をするチームを設立するわっ! 話を聞いて興味が沸いてきたわ……理由をこじつけずに、彼らの生活について知らなくては!」


「私達はそれができるもの! 金を使えばいくらだって! 寧ろその為にお金を使うのが商人の使命よぉ~~~!」

「~!!!」



「その通りだトパーズ様、サファイア嬢! 我々のしている行為は、舞台そのものの土台だったり劇場の建物を造っているようなこと! それこそが商人の本懐! ワテクシ達が決めねばならぬ覚悟ですねネェ~~~!」




 イザークはその言葉を聞いて、どうして自分が父親に反発的だったのか理解できた。




 元から商人という仕事に気質が合わなかったのだ。ラールスの言葉を借りるなら、自分がやりたいことは土台作りではなく――


 作られた舞台の上で物語を演じる、主役になることなのだから。





「……めっちゃいいこと考えてんのに、本性はゲスいんだよなあ」

「ゲスって言い方がよろしくないのですヨォ!! 今の情勢のように未来に何があるかわからないのですからァ、貯金をしているのだとおっしゃい!!!」


「今に投資する方が有益なのでは???」

「ジャネーット!! やはり貴様、意地でも再就職は認めんッ!!」

「あだだだだだ!!」



 背中に関節技を決められたジャネットだったが、数秒後には魔法で強引に痛みを抜き取り、けばけばしい色のローブのまま決めポーズをする。



「ふんっ!! ま、ラールス様方がそう仰られるなら、僕ちゃんも今まで以上に頑張りますかねぇ~。商人の皆様が造り出す土台、それに最適な材質は何なのか! それを研究するのが僕ちゃんの役割ってことで覚悟を一つッ!」

「お主が覚悟決めると大惨事にしかならんわ」

「ドリーッ!! 今世紀最大の悪口だよそれは!!」




「盛り上がってる所失礼。ラールスさん、薬の取引条件はマギアロイド魔術人形三つでどう?」

「んなあっ、予想の斜め上の提案! でも魂胆は見えていますよ、どうせ解体するんでしょ!!!」

「おーほほほまあ魔術研究やってんならそうなるよなぁーッ!!」

「サラ先生がこの上なく楽しそうだ」


「~」

「そうだなサイリ、この二人はいいビジネスパートナーになるわ。利用されてしまうと心配したボクが愚かだった」








「……我々がしているのは土台作り」


「ラールスの癖にいいことを言う……」




 イアンはあの後リアンとも別れ、またしても気配を遮断し適当な茂みに入り込んでいた。そして双眼鏡手にイザークの様子を眺めていた。




「ラールスが何ですって?」

「アリアか。お前の気配はいつでもわかりやすいな」

「ちょっとそれどういう意味ぃ~!? アタシは貴方のナイトメアなんだから、すぐにわかって当然でしょ!」



 女性的な見た目から発せられる野太い声にも、数十年一緒なら慣れてしまうものだ。ナイトメア・アリアと共に、再び双眼鏡を覗き込むイアン。



「もう完全に不審者のそれね!」

「咎められたら白状するから安心しろ」

「それでラールスは一体何を言っていたのかしら?」

「商人の仕事とは、舞台や劇場を造ることであると言うのだ」



 一理ある、とイアンは頷く。ともすれば自分が今行っている行為は、まさにそういうことなのだ。



「私は今、あいつが輝けるような土台作りに奔走している。でもあいつのように、主役になるという行為は実はそこまで好みではない。誰かが活躍しているのを見るのが喜びなんだ」

「あらまあ……親から受け継いだ仕事だからって、道具的に考えていたもんだと思っていたけど。とても素敵な考え方してるんじゃない!」

「ナイトメアは主君の考えが読めるのではないのか?」

「同僚の考えを読むなんてプライバシーの侵害でしょう?」

「ふふふ……そうか」




 イアンは双眼鏡をしまい立ち上がる。今日の監視はここまでで満足したようだ。




「帰るぞアリア。私はあいつのお陰で、改めて覚悟を決めることができた。この仕事に奮闘せねばな」

「んふふ……それこそアタシが誇りに思うイアンよ! 貴方がやろうとしている分だけ、アタシは全力で応えるわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る