第406話 虚より虚を突く者

「――グレイスウィル騎士団、只今到着しましたっ!!」






 白銀の鎧に赤薔薇を模した紋章。




 数百人規模の集団が、リネス会館の中庭に到着。魔法陣による瞬間移動だ。







「……ジョンソン殿。この度は我々の救援申請にお応えしてもらって、誠に感謝する」

「感謝するならお上に、国王陛下や王太子殿下に申し上げてください。我々は命令に従っただけです……」

「……その通りにしましょうか」




「うう……立ち眩みが……」

「ダグラス、魔力剤だ。飲めば安定するだろう」

「悪ぃ……」




 カイルから受け取った錠剤をごくりと飲み干すダグラス。横にユンネが並んできた。




「いいことを教えてあげるわ。瞬間移動を用いる事案ってね、世界が揺らぐ程の重大且つ壮絶な事案なの。つまり、死を齎されても可笑しくない」

「……大寒波の時もそうでしたね」


「……もしかしたら、ウェンディとレベッカは幸運だったかも。こんな危険な任務に身を投じる必要がないんですもの」

「植物状態なのに何を……」

「皮と肉が綿密に重なり合った言の葉だと理解して頂戴、カイル」


「イズヤはカイルに落ち着くことを提案するぜ。普段だったらユンネの冗談だと聞き流して、突っかからないことをイズヤは知っているぜ」

「っ……そう、だな……」






 そこに数人の騎士がやってくる。全員長い火縄銃を背負っていた。






「ユンネさん! 火薬と弾の準備、完了しました!」

「ご苦労。では私もそろそろ向かおうかしらね……」


「……銃部隊が動員されるのか」

「ええ。遠距離からの殲滅と、見かけたらアラクネの牽制。役割は重大よ、私の銃で黙らせてあげる……」




 宣戦布告のように腕を鳴らし、騎士達と共にユンネは去って行く。






「……ダグラス。俺達も行くぞ」

「……」


「どうした?」

「……先行部隊の方々。デューイ先輩とかブルーノさんとか、大丈夫かなって……」

「……今は信じるしかできないだろう。とにかく行くぞ」











 ど        どど

     ど   ど     どど

ど    ど        ど   ど


     どど     どドド


  ドドッド    ドド



    ドド  ド   ドド




ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ








「……くそっ、くそっ!!」

「すみませんクラヴィル様、もうちょっと安定して走れればよかったんですけども……!!」

「いや、走ってもらえるだけありがたい! とにかく進むことだけを考えてくれ……!」






 御者と何度かやり取りを交わすクラヴィル。




 後ろには十人の生徒が乗っている。荷物を置く場所にリーシャ、ヴィクトール、サラ、ハンス、カタリナの五人が入り、中には残った五人とクラヴィルが身を隠している。






「……来るぞ!!」

「了解っ!」

祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード!!」






 脇からそれらが飛び出してくる。



 橙色、或いはそれに類似した色の、狂気に満ちた魔物達。



 一目散に馬車に向かってくる――






「シルフィ!! てめえも援護しろ!!」

「――!!」


「これ、ナイトメアは出して援護してもらった方が早いわね!? サリア!」

「やや魔力を込めて風魔法を放てば、それだけで屈するからな! シャドウ!」

「セバスン、今の聞いてたね!?」

「スノウちゃーん仕事の時間だぁー!!」






 魔術戦にも出場した、魔法が得意な彼らが、襲ってくる魔物達を跳ね除けてくれているのだ。






 その様を、中からじっと眺めつつ、周囲を警戒する六人。アーサー、イザーク、ルシュド、クラリア、クラヴィル、そしてエリス。






「……ボクも魔法がもうちょい上手かったらなあ」

「おれも……」

「この状況で仮定の話をしても無駄だぞ」

「わーってるけどさぁ……」

「……」




 深く息をするクラヴィルに、心配そうに寄り添うクラリア。




「うっ……」

「ヴィル兄!」

「……心配するな。ちょっと突き上げられて、胃が揺らいだだけだ」

「兄貴……うう……」




 腕をぎゅっと抱き締め、死んじゃ嫌だと泣いている。




 エリスはそんな彼女の姿を見ていた。








 同情を遥かに通り越した、虚無の様に、乾いた目で








「……エリス」

「……」


「おい、エリス? 気分悪くしたか?」

「……」


「エリス? エリスー?」

「……」






「……え?」






 何度も呼びかけられて、やっと気が付いた。全員が自分を見ている。






「エリス……ホントオマエどうしちまったんだよ。そりゃあ気持ちはわからなくもないけど……」

「……何なんだろうね。自分でもよくわからないんだ。考えようとしても、ぼーっとしちゃって……」





「何も、わから……




「な……





  どどどどどどどどどんんん





         んどんどんんどどんんどおん






ドゴオオオオオオオオ

      オオオオオォォォォォォォォォ!!!!











「――!!!」






 丁度真下。丁度真下の地面が、突き上がった。






「ヒヒーン!!」

「なあっ、これっ、どうなって――!!!」






 馬車が宙に舞う。中の人間達も揃って空中に放り出された。








「――ちっ!! 




 ぼくに余計な、手間をかけさせやが、って……!!」








 ハンスが急ぎ風を操り、生物達を安全に着地させる。




 これで重力という脅威からは逃れられたわけだ。








「うっわっ、酷い地割れ……」


                 ぐっぎぎぎぎ


「何、何なの……周り皆こうじゃん。マジで何なのあれ……?」


             ごごごおがががががが


「う……あ……」

「クラリア?」

「あ、頭、痛い……」


ぐあうぐあぐがうぐあぐあががががががががががががぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎおおおおおおおおおおおおおお








「……あ……」



「ああ……」






 先程見たよりも、更に体液を撒き散らして、




 再び、眼前に現れた。




 重力から逃れた先には土蜘蛛というわけだ。











「ブルーノぉ! 南西だぁ! アラクネ!」

「何だと!?」




 探索器は壊れてしまったので、身体強化を行い目視で確認する。今の強化状況なら、百キロメートル先まではギリギリ見える。




「……こっち来てやがる!?」

「ど、どうなってるんだよぉ! さっき数十分で村を一つ潰したと思ったら、今度は違う方向に向かってるぅ!?」

「……あいつ自身も不完全なのか? 何かより強い力に動かされて――






    がああああああああっ……!!






「――っ!! カベルネ!! ティナ!!」








 木に打ち付けられた二人に駆け寄るブルーノ。


 現在は宮廷魔術師と騎士の先行部隊が、敵と交戦している最中だった。そして敵と言っても、今となっては多彩な種類が上り詰めていた。






「あ、ああ……ブルーノさん……」

「この傷、ナイフか……!?」

「タキトス……背後にいたの、気付かなくて……魔物共に便乗して、攻撃を……」



 ティナが隣で吐いた。真っ赤な吐瀉物を。



「う、うう……げほっ」

「二人はもう後方に下がれ。後は俺達でもいける!!」

「で、でも……あたしも、宮廷、魔術師の、はし……」

「お前達には待っている人がいるだろう!! それらを捨ててまで戦う必要はないんだ!!」

「そ、そんなこと……ブルーノさん、だって……」

「こいつはいいんだよぉ。生涯独身、周囲を鼓舞して生きる身だ」






「所帯持ちを所帯の所に返してやる!




「それが――




      独身の定めってもんさ――!!」








   不意を突いて襲って来た黒い化物。



   マキノと、同時にやってきたアルベルトが、



   それを払って塵に返した。








「アルベルト、さ……」

「ようてめえら。後ろがお留守になったと思ったんで来てやったぜ」

「……礼を言うぞ」


「はぁ……しかし全然嬉しくないフェスティバルだよなあ。奈落に魔物に盗賊に、どれがどれだか区別つかんぞ」

「な、何だって、いいですよもう……」




 杖を支えに立ち上がろうとするティナ。



 目の前にはまた魔物が迫っているのが目に入った。




「……やるとしますか」

「前線は大丈夫なのか……?」

「まあ……問題ないだろ……」

「ああ、そうだ……マキノ。前線の連中に、奴の位置教えに行ってこいや」

「わかったよぉ」











「フン――」




「これで百体目かしら?」






 赤薔薇の鞍を着けた、グレイスウィル騎士団特注の戦車。数百年前から保管されているこれは、聞けば新時代に入ってからは初めて動員したという話。




 銃部隊はそれに乗って、小さく開けた窓から敵の狙撃を狙う。






「さ、流石ですユンネさん……」

「軽口叩く暇あったら引き金を引きなさい?」

「は、はいっ!」


「貴方にも悪いことしたわねえデューイ。この状況で馬を走らせるのは苦難を極めし行為でしょう?」




 馬を操る位置から、親指を上げてみせるデューイ。




「……オイラは斥候。周囲を認識することには優れているのサ」

「馬の扱いにも慣れるもんなんですか!?」

「ソレはシュミ~」

「ええっ!?」

「待って!! 伝声器が揺れてる!!」




 急ぎ手に取り大声で叫ぶユンネ。






「……ユンネ!! そう叫ばなくても聞こえるわよ!!」

「ああレーラ!! 何せ地面が雄叫びを上げ続けているもの!!」

「それは一理あるわね!! ところで、貴女の銃の腕を見込んで頼みがあるのだけど!?」

「何かしら!?」


「今貴女がいる場所は索敵できているわ! その位置から狙えるある方角を言うから、そこに煙幕をぶち込んで頂戴!!」

「了解した!! さっさとその口を開け!!」




 レーラからの通信片手に、煙幕弾を詰め込むユンネ。






「……さらっととんでもないこと了承しましたね!?」

「そんぐらい余裕でやってのけるのがコイツサ」




 騎士達が軽く話している間に――






「さあ、何が待ち受けているのかわからないけど!!」




「その視界をくすんだ白で覆ってあげるっ!!」






 彼女は指示された場所に、煙幕弾を撃ち込んだ。











『グッ……』




ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!








「――っ!!」




 突然視界が白く覆われる。



 それによって、アラクネは振りかぶった脚を外した。






 そう、震えて動けなくなっていた、



 エリスに対して振り下ろしたものだ――








「あ、あああ……!!」






 泣き叫ぶ直前のエリスの腕を掴み、引っ張って白い視界の中をひた走る。




 ある程度離れた、と思った所で、近くで打ち上げられていた木を壁にして隠れる。






「助かった……この煙幕がなければ……」





 何が助かったと言うのだ?



 煙幕だって、いつかは晴れるじゃないか。



                  ……クククッ



 それに友人達ともはぐれてしまった。



                ……ハッハッハッ



 ここがログレスの何処なのかもわからない。



              全く、貴様という奴は



 地面は割れて魔物が這いつくばる。脅威はそこまで迫って――



      これ程の魔物に対して逃げ回るだけか?








「――くそっ!!」






 叫んだ。思いのままに叫んだ。



 虚空に吸い込まれるはずのその声。



 今ならそれに返事が来る。








    --まだ本領を発揮していないのに、

      何故そこまで絶望しているのか




「ほざけ……!」






      ああ、伝わってくるぞ……




      この感情は恐怖か?






「……何だと?」






     そうかそうか、貴様は恐怖しているのか。

     その力を解き放つことを






「恐れてなど……!」






     ならば何故剣を抜かない?


     今は絶好の時だと思うのだが?






「……」






   クックック……ああそうだ




   総合戦と呼ばれていた戦いから、

   貴様はどうにも変わった




   自分の内に眠る真実から逃げているのだ






「……!!」



    それがあまりにも酷過ぎて、

    自分が何者であるのか

    見失っているのだろう




    でなければ剣を抜かないなんて

    決断をするわけがない






    まあ今の貴様では――




    剣を抜いても勝てるか怪しい所ではあるが







「……何だと?」






   さて……先にも言った通りだ


   我は楽しみたいのだよ




   そして一番楽しませてくれるであろう存在は、


   我の知る限りでは貴様しかいない






        他の人間共はどうだがな、



       に見定めさせてはいるが、



        これといった者がいない



        つくづく零落した者共よ






       そういうわけだ、

       貴様には生きてもらわないと困る




       故に終わらせてやるとしよう




       感謝するがいい、

       中途半端に力を背負ったその肉体でな











「……っ!!」






 其れの高笑いが消えた瞬間、



 彼方から地面が揺れるのを感じた。



 エリスはこれにて我に返る。






「あ……あっちから……した」

「……」

「行こう……」




 ふらふらと立ち上がるエリス。



 アーサーは引き留めようとしなかった。何故なら、自分も行こうと思っていたから。



 エリスを支えるようについていく。心の中で覚悟を決めながら。











 少し歩いていくと、地震が発生した場所に辿り着いた。



 地面が割れて幾つかの層が見えた。間違って落ちてしまえば二度と戻れないだろう。



 そのような場で、血を流して肉体を引き裂かれていたのは、






 紛れもなく、




 アラクネであった。

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