第407話 纏わり付く幕引き

「……え」

「……え?」



「あ、ああ……アーサー、エリス、無事で……」

「……何が」

「……」






 イザークは無言で指を差す。




 その先にあったのはアラクネの肉体。今は死体となって動かなくなり、おどろおどろしい臭いを辺りに撒き散らしている。ぎろりと見開いた目は一瞬威圧感を感じてしまうが、段々と濁っていき、何も映してはいない。




 そして、それを前にして、二人組が立っていた。






「あ、あの二人がさ……いきなり、やってきて、ボコボコにして……」




 リーシャが状況説明を行おうとした時、二人組が同時にこちらを向いた。






 白髪で目は赤く肌が白い。男と思われる方が白いチュニック、女と思われる方が足元がすっぽり覆われるほどのロングスカート。



 まるで、歴史の彼方からやってきたような、時代錯誤な姿形。






「我々の役目はこれで終わりました」

「我々の役目は帰ることです」






 そう息を揃えて言ってから一礼。



 加えてアーサーに一瞥をした後、何処かへと歩き出してしまった。








「……終わった?」

「終わった……よな?」

「何だ……何だよ、こんなにもあっさりと……」




 脅威は去った。付近に蔓延る臭いも、身に染みて感じた恐怖に比べればどうでもいいものだ――











「……おーい? クソ兄弟? 返事しろや?」

「姐者ー、骨が何本か折れましたー」

「骨程度ならいいだろ。私の目の前で、命を折られた奴だっているんだぞ」

「でっすよねー。ところで弟者ー、この間の魔法銃とどっちがきついですかー?」

「断然こっちですね兄者ー。全身的に辛いですよ」



 軽口を叩きながら、荒れた平原を進む三人組。



 軽口でも叩かないとやっていれらなかったのだ。



「おー……おおー……!!」

「姉さん……」

「アビー……!! よかったよおおおおおおおお!!」






 飛びつくエマを抱き締めるアビゲイル。その瞬間魔法が切れて、元の女性らしい肉体に戻った。故に後ろに倒れ込む。


 後に続いてジョシュとシルヴァもやってきた。






「あーれま感動の再会っ」

「ん? 誰ですか貴方は?」

「シルヴァ・ロイス・スコーティオとナイトメアのカルファだよーん」

「げひゃひゃひゃひゃ! 突っ込みたいことはありますが今はそんな元気もございませんぜ!!!」

「一応説明しておくと俺が知り合いなんだ」

「ああ前にそんな話をしていた気がしますねえ……」




 改めて周囲を見遣るイーサン。緑芽吹く平原はその殆どが裂け果て、抉られ続けて地層が露わになっていた。


 道と野原の区別がなくなり、当分は碌に移動はできないだろう。そもそもの移動が困難というのもあるが――




「……耳が痛え。ゴブリンの叫び声なんて幻聴が聞こえてきやがった」

「姐者、自分も聞こえますので多分幻聴ではないです」

「……行くかあ」


「何でお前が一番めんどーくさそーにしてるんだよ! それでも貴族かよ!」

「逆に聞くけど何でお前が一番元気なのカルファぁ。ゾンディもゴウもへろへろで身体入ってるじゃん」

「ふん、散々お前にこき使われてなれちまったからな。さっさと行くぞ!」


「……というわけで、私は行くけど?」

「全員で移動しないと危なくないか……?」

「アビーの言う通りだ! 戦うのが無理そうならすっこんでればいい! 行くぞ!」















「ぐっ……ウーッ、ウーッ……」

「ああ……くそっ……」




 腹を抑えながら、逃げるように動くカベルネとティナ。前方ではブルーノが魔法で応戦している。


 相手はすっかり暴走してしまったハイゴブリン。地震が収まっても、影響を受けた魔物達は収まっていないのだ。




「ま、マキノ……中に入れ……消滅圏内だ……」

「い、やだよ……消えても、あんただけはぁ……まも、って……」


「せん、ぱ……」

「お前ら下がってろ……ここは俺がやるんだ……」




 アラクネの死亡を遠目で確認し、油断し切っていた所を襲われた。部隊は離れ離れになり、何処にいるのか確認が取れない。






「ギャッ――!!」




               「しまっ――!!」






「たああああっ!」








 不意打ちを喰らわそうとしたハイゴブリンは、



 丁度シルヴァの剣戟が間に合ったことにより、血を噴いて倒れた。






「……!! シルヴァ、さ……」

「生死の境にそういうのなしだ。にしても、間に合ってよかった……」






 すぐにエマ達が続いて、カベルネとティナの手当を行う。






「うっ、ううっ……ありがとう、ございま……」

「情けない声出すんじゃねえ。まだここは危険な状況だ……他に誰かいるか?」

「いえ、我々だけ……はぐれて、しまい……」



 すると、遠くでまた魔物の叫声が聞こえた。


 恐らくこれはラミアのものだろうが、そんなことはどうでもいい。



「……助けながら行こう。やっぱり見捨てて行くなんて……できない」

「ああ……貴族サマの言う通りだ。助けられる奴は助けた方がいい……」

「私も……」

「魔術師のあんちゃん達、でいいんだよな。お前らは下がっていろ。絶対に無理をせずに、町に到着するまで体力を保つんだ……いいな?」

「……」











「……今は平原のどの辺りにいるのかしら」

「丁度真ん中って所カナァ。多分」

「そう……結構走ってきたわね」

「暫くコイツらも労わってやんねえトナア……」



 馬達を見遣りながら溜息をつくデューイ、座席に乗って周囲を隈なく見回すユンネ。


 荷物置き場には薬草やポーションの他、負傷した騎士や魔術師、傭兵や一般人が寝かせられている。後方に続く馬車にも全て、同様の物が詰め込まれていた。



「……ユンネ……」

「起き上がって任務に参加しようだなんて愚鈍の極みな思考に至らないで頂戴、アルベルト?」

「う……」

「それとも私の隣へ移動したいかしら? 幼子のように寝息を立てるレーラと一緒でもいいって言うなら構わないわよ」

「……いや、いい……寝てる……」

「その尻尾が迷惑を被るなんてことは一切考えずに穏やかに……ッ!!」






 すぐ御者台に登り、指示を出す。






「北北西五メートル先。恐らく一般人、十人程度! まだ動いていたわ!」

「オシッ!!」








 急ぎ馬車を走らせた先で、出会ったのは。








「ッ!? 貴女達……」

「魔法学園のガキンチョ共じゃネーカッ!?」

「デューイさん、ユンネさん……」






 エリスら十二人の生存者。彼女達の容態を確認し、馬車へと誘導する。






「何でこんな……いや何でもクソもねえか……」

「アラクネの影響はログレス全体に及んでいル。騎士団も大半が駆り出されて、そして暫くは駐屯任務サ……」

「駐屯?」



 銃の引き金が引かれ、弾が空を駆ける音が聞こえた。



「……近付いてきた魔物を撃ったわ。今の通りよ。アラクネの顕現によって魔力のバランスが乱れ、その影響を受けた魔物が暴走しているの。温厚な性格の魔物も狂って襲いかかる。そのうちブルニアみたいな異常繁殖も起こるかもしれないわね」

「異常繁殖……」



 二年前に遭遇したウルフェンの群れを思い出して、戦慄するエリス。



「そうした魔物の討伐も勿論だけど。目に映る世界は一面の荒れ模様。道も破壊されてしまって、街間の移動すらも困難な状況。護衛任務は幾ら人手があっても足りないでしょうね」

「アトハー、色んな町が損害受けちまったかラー、それの復興の手伝いトー、雑務トー、諸々の調査トー……タスク並べただけで気が重いヨォ……」




「あ……!!」






 イザークが寝かせられていた彼に気付き、アーサーやルシュドも遅れて駆け寄る。






「よう……お前らか……何でこんな所で……」

「アルベルトさん……!!」

「いやあ……魔物の暴走が想像以上の規模だったな。警戒はしっかりしてたつもりだったんだけどなあ……」


「ビークワイエットフォックス。怪我人は安静にしてらして?」

「……つーわけだ。俺はもう一度ネムネムの時間だぁ……」






 一方でエリス達も、座席にもたれかかるように目を閉じていたレーラを見つめていた。






「……彼女は安泰よ。それでも怪我は酷い方だけどね……」

「……」


「アルベルトとレーラが負傷している時点で、今回の事件はタンザナイアを超えた。もしかしたら新時代入って以降最悪の事案じゃないかしら」

「最悪……」






 不安が募り、それが涙腺を叩きのめす。






「ユンネさん……」

「ん? 何かあるのかしら、赤髪の少女エリスよ」

「もしも、もしも……」

「仮定の話ね。いいわ、話して頂戴」

「……もしも……」






「もしも、アラクネを引き寄せてしまった人物がいたとしたら……」



「その人物は、不幸を招いたということになるのでしょうか……?」






「……」



「随分と難しく、そして否定的な思考をするのね」



「確かに世間一般ではそう。何か大きな厄災があって、それがある人間の手によって引き起こされたものであるなら――」



「被害を被った人間は、皆揃ってその人物を恨むでしょうね」








 そこまで聞いてエリスは耳を塞ぐ。目も閉じて現実から逃げた。






 故に後に続いた――



 『仮に他に要因があって、それに影響を受けていたとしても』という言葉は、耳に入ることはなかった。

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